FILE054:メロちゃん

「フェイたん、ちょっといい?」


 洗面台で白金色の髪の毛をセットし直しているフェイに、蜜月が声をかける。


「なんですか?」


「ワタシね、これから友達がやってるお店まで行こうって思ってんの。フェイたん1人にお留守番させてばかりじゃ悪いし、どう?」


 少し考えたフェイだが――首を横に振った。

 これまでも彼女を1人きりにして外出したのは何度もあったが、さすがの蜜月も心配になっていたのである。

 ただ、フェイの意思を尊重するという考えには至っていた。


「んー、わかった。その代わり、誰か来ても居留守決めとくんだよ。ヘリックスの刺客かもしれんからね」


「はい。わたくし、おっしゃられた通りにします!」


 フェイがにっこりと頷いたので、蜜月はサムズアップで返してから自宅を出る。

 専用バイクの【イエローホーネット】に乗り込んで向かう先は、先ほどフェイにも話していた件の店だ。

 そこはオシャレな外観の、いわゆる喫茶バーであり、店の前には草花がきれいに飾られて店を彩っていた。

 立て看板には【サファリ】とそう書かれており、カフェボードにはかわいらしいイラストが添えられている。

 雰囲気に癒されたか、別の感情からか、口元をほころばせた蜜月は早速、扉を開く。


「いらっしゃーい♪ あらー、蜜月じゃないの」


 モダンで大人っぽいムードを漂わせる内装が自慢のその店に蜜月が入ったその時、カウンターを拭いていた女性マスターがにこやかに声をかけて出迎えた。

 愛嬌を振りまく彼女は緑色の長髪をリボンで結んでまとめており、瞳は紫色でまつ毛がパッチリしたタレ目であり、エプロンとワイシャツの上からでもわかるほど胸がとびきり大きく、全体的にふくよかな体型の持ち主でありながら、なかなかに魅惑的な美貌も持っていた。

 ――蜜月も思わず、見とれてしまいそうになったほどである。


「相変わらず【メロちゃん】はエロいなあ! 空いてる席ある?」


「お好きな席にどうぞ。またゆっくり、お話聞かせてちょうだい」


「ふへぇぇへへへへへへ……」


 メロちゃんと呼んだ女性マスターの言葉に甘えて、蜜月は空いてたカウンター席にちゃっかり座って、荷物はカウンターの下に置く。

 そして、メロちゃんの体つきを見て鼻の下を伸ばした。

 ――同性が好き、女体が好きなのであれば、仕方のないこと。

 それに豊満な体をした女性が好きなのは、何も男だけに限らないと、そういうことだ。


「繁盛してんな~。あっ、いつものお願い」


「はいは~い」


 色ボケして浮かれたまま、蜜月はいつものメニューを注文すると頬杖をついてカウンター席からほかの席を見渡す。

 独自のゆるい空気が漂っている中で、客はいずれもそれぞれの時間を楽しく、まったりと過ごしていた。


「ワタシの親友が営んでるんだ、それもそうか。はっはっはっはっ」


「あっ、そうだ。この前【マチルダ】ちゃん来てたわよ」


「マッチが? あいつ殺し屋辞めてカタギになったんじゃなかったっけ?」


 メロちゃんが蜜月へ新たな話題を振り、同時に1枚の写真を手渡す。

 右目に眼帯をつけた銀髪ロングヘアーの女性・マチルダが友人と肩を組んで、良い笑顔をしている姿が写っていた。

 いつものブラックコーヒーに砂糖を少し入れて飲みながら、蜜月はその写真を見てにやける。


「メロちゃんほどじゃあないが、マッチのやつ、相変わらずやらしい体しちゃってさ!」


「あの子セクシーでかっこいいわよね、うらやましいわー」


「ワタシはメロちゃんの爆エロボディがうらやましいよ。おっぱいだけでももう、ワタシの肩幅よりおっきいんでないの?」


 写真をメロちゃんに返し、コーヒーカップをいったん置いてから、蜜月はたわわな胸を持ち上げるジェスチャーを行ない、メロちゃんを照れ笑いさせた。


「も~。で、蜜月は最近どうなの?」


「今雇われてる組織とずっと戦い続けてるカッコいい子がいてさ。ワタシはその子とは敵同士なんだけど、このたび、決闘……することになったんよ」


「……アデリーンちゃんと、【ヘリックス】、だったわね」


 声のトーンを下げて、メロちゃんは表情もほがらかなものから張り詰めたものに変えた。

 これから真剣な話をするからだ。

 なお、他の客には聞かれていない。


「日程は今から4日後だ。それとね……、もし、ワタシが決闘に負けて死んだとしても、そのアデリーンのことは恨まないでやってほしい。敵討ちなんてもってのほかよ」


「え?」


「彼女がヒーローにしてヒロインで、ワタシはヒーローに倒されてしかるべき立場にいるからだ。ずっとワタシなりに美学も信念ももって、長い間この業界でやってきたけど――そういうもんなのよ」


蜜月みづき……」


 まだ話している途中だったが、蜜月はいったん中断してコーヒーを飲む。

 一呼吸置いてから話すのを再開した――が、どこか切ない顔をしていた。

 

「仕事柄、誰かを恨んだり、憎んだり、妬んだりしておかしくなった連中を……イヤって言うほど見てきたからさ。メロちゃんにもマッチにも、そうなってほしくはないのよ」


「私を真っ当に生きていけるように導いてくれたのも蜜月だったものね。蜜月と【先生】には感謝しかないわ」


「メロちゃんは争いごと自体が嫌いだったからな。師匠も、その辺ちゃんとわかってくれる人で良かったよ」


「……甘い考えだってことはわかったんだけどね」


「何言ってんの、メロちゃんは甘くなんかない。自分がイヤなことをイヤと言わせてもらえない世の中が、どうかしてんのよ」


 アデリーンと決闘する件の話題だけでなく、辛かった時期のことも少し振り返ったが、最後には2人とも笑い合う。

 これもまた、親友同士の間柄だからこそである。


「でさー……決闘相手のアデリーンって子、優しいんだけど、見てて危うさを感じるっちゅーか……」


「ははーん、そのアデリーンさんのこと好きなんでしょう」


「ちがわい! 確かにマイ・ヒーローではあるけどだね……」


「蜜月も、アデリーンさんと仲良くできたらいいのにね」


 ――メロちゃんが何気なく発した一言を聞いた時、蜜月は「ハッ」とさせられた。

 そうだ、元々あったのだ。

 アデリーン・クラリティアナと友達になりたいという感情は。

 なのに素性を偽って、彼女に接触して――そこで蜜月はネガティブな考えを振り切った。


「止めないんだね。ワタシのこと」


「蜜月の人生は蜜月のものじゃない。私からとやかく言う筋合いはないから」


「決闘には勝つ前提で挑むつもりだよ。あの子もきっとそうだ」


「勝ってからは、どうするの?」


「………………やっばーい。考えてなかったわ。ただ、暗殺稼業はもうやってられない。疲れちゃったんだよ」


 軽い口調ではあったものの、殺し屋として後ろ暗い稼業を続けることに限界を感じて、辟易したことも、彼女はメロちゃんに打ち明けた。


「ジャーナリストとしてやっていけばいいのよ」


「あ、あれは表向きの顔だし……」


「マチルダちゃんだって今は何でも屋のアルバイトしてるから」


「マジかよマッチのやつ! ワタシに内緒で! 水くさ~い!!」


 蜜月を元気づけるためか、メロちゃんは彼女をどんどん自分のペースに巻き込んでこんな感じで談笑し続けたという。

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