FILE053:手出し無用!


「オイッ! 蜂須賀はどこだ! 来てないのか!?」


 翌朝のこと。

 悪の総本山である改造実験都市・ヘリックスシティには蜂須賀蜜月は顔を出しておらず、幹部メンバーの青年男性・デリンジャーがオロオロしていた。

 それを見て、クスクスとキュイジーネが笑う。


「彼女はここにはいないわ。決闘に備えて余計なことはしないって、あたくし宛に連絡が入ってたの。……ふふふふ、噂をすれば」


 タブレットに通信が入った。

 どこか嬉しそうなキュイジーネはテレビ電話アプリを起動する。

 すると、楽しそうに自撮りをしている蜜月の姿が映った。

 彼女の背後にはお披露目パーティーの日に連れて帰ったフェイの姿もある。


『悪いなあ、あんたら。今日はそっちに行く気にゃあなれない。ワタシは4日後にアデレード……あんたたちが【No.0】と呼ぶあの子と決闘する。手出しは一切無用だ。もし邪魔をしたら、誰であろうと容赦はしない。……ワタシからは以上だ』


 つい先ほどまでとは違い、スクリーンに映る蜂須賀蜜月は笑っておらず、終始暗殺者らしい陰のある表情をしてメッセージを送っていた。

 そこまで言うのだから本気の度合いが違う。

 断じて戯れなどではないものがその言葉の中にあった。

 なお、通信はまだ切っていない。


「……だそうだぞ? あの女に遊んでもらえなくて残念だったな」


「何をーう!?」


 ゆらりと突然現れた、長髪で外見年齢は30代ほどのこの男性は【タキプレウス】と――コードネームや怪人の姿ではそう名乗っている、兜円次かぶと えんじだ。

 Hの文字が遺伝子のように螺旋を描くヘリックスのエンブレムや、同じデザインの腕章がついたジャケットを着ており、全体的に伊達男風だった。


「だだだ、誰があんなのと……」


「邪魔なんだよ!!」


 その時、後ろから来た何者かにどつかれてデリンジャーは無理矢理どかされた。

 レース入りの小じゃれたタキシードを着ている、癖のある短髪の男性だ。

 唇が紫色でまつ毛は枝分かれしており、見るからに冷血そうな印象を与える。


「た、タランチュラ……、雲脚くもあし! 個展の準備はいいのか!?」


「なぜ君がそれを気にする必要がある? 今はそんなことよりも……」


 不気味に笑う雲脚という男――【タランチュラ男】の正体である彼はデリンジャーを嘲笑い、足蹴にしてキュイジーネや円次の前に出る。

 テレビ電話に映った蜜月に何か言うつもりだろう。


「クックックックッ……! 蜂須賀、身勝手を繰り返す君にばかり、いい思いはさせん。手柄も立てさせんよ」


 命令に従わず、組織の理念にも興味を持たず、独自に行動する蜜月を快く思わない雲脚は、言葉と表情で煽っていく。

 だが蜜月は動じず、逆に煽る顔をしたので雲脚は唇を噛みしめた。


『言ってくれるね。あまりワタシを怒らせないほうがいいぞ? 自分の命が大切ならな……』


「ちっ、これだから外様とざまの人間は……」


 そこで通信は切れた。

 雲脚はあきれた顔で悪態をつき、キュイジーネは笑う。


「ぎゃははははッ! 同じ虫ケラ同士馴れ合えばいいものを!」


「おしゃべりコウモリが……」


「ホゲッ」


 踵を返した雲脚はデリンジャーを踏みつけてその腹を蹴る。

 悶え苦しんでいる彼を放っておき、次に振り向いて円次とキュイジーネの方を向いた。


「蜂須賀蜜月は日本一金のかかる最高級の殺し屋であり、プロフェッショナルとして仕事には決して手を抜かない。ここは彼女に任せるべきよ」


「右に同じだ。俺もあの女のことは気に入らないが、ヤツの腕前には関しては一目置いている。ここはヤツのプライドに懸けてみるのも悪くないだろう」


 キュイジーネならまだしも、不まじめな蜜月を煙たがっていたはずの円次が、蜜月のことを高く買っているのは雲脚としては納得がいかない。

 ましてや勝手に決闘など執り行って――。


「裏社会の虫ケラを信用するのか!?」


「今回くらいは彼女に任せなさいな」


 納得がいかず言い返したその時、キュイジーネから笑顔でなだめられて雲脚は眉をひそめて顔を引きつらせた。

 深紅の瞳でにらんでいるように見えたのは、恐らく彼の気のせいだろう。



 ◆◆◆◆



「フェイたん」


「なんですか?」


 その頃、テレビ電話アプリによる通話を終えた蜜月は、自身がヘリックスから保護したダンサー見習いのフェイと自宅で過ごしていた。

 彼女ともいつかは別れなければならない時が来る。

 それまでの付き合いだが、そこに至るまでの時間を蔑ろにするつもりはない。


「ちょっと早いが、言えるうちに言っときたい。もし、ワタシの身に何かあったらアデリーン・クラリティアナを頼ってくれ」


「決闘相手の人を?」


「あの子のことはアデレードって呼ばせてもらってるけどな。ワタシとは敵同士だが、悪い人なんかじゃない。その逆……。クールだけどとってもキュートで、パッションもあって人間らしい。何より優しい。素敵な子なんだ」


 アデリーンについてフェイに語る蜜月みづきの姿は、完全にファン目線のものであるし、友人目線だ。

 彼女の命を狙う暗殺者には程遠い。


「あの子にならフェイたんを任せられる。割り切れないこともあるかもしれないが、もしもの時は彼女を信じてやってほしい」


「心得ましたっ」


 フェイは、蜜月からの願いを聞き入れてにっこり笑った。

 蜜月もまた、通話の際にヘリックス幹部たちにも見せなかった、心からの穏やかな笑顔をフェイに見せたのである。

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