FILE027:ヤンキー王国に哀しき過去……?


 赤楚家は穀倉地帯と隣り合った住宅街の一角にあり、2階建てで外見は和洋折衷と、それなりに立派な家だった。

 靴を脱いで上がり、手洗いとうがいも済ませると、アデリーンは赤楚祥吾の母に案内されるままリビングへと移動する。


「うちの祥吾を助けていただいてありがとうございました」


 彼女こそ祥吾の母・優里香ゆりか

 柔和ながらもどこか儚げな表情をしており、過去に何かあったと思われる。

 容姿的には母親としては比較的若いほうだ。

 黒い髪をおさげにして右下にまとめており、泣きぼくろもあった。


「いいえ、お礼だなんてとんでもない。私、困っている人を放って置けないって考えてるだけですから。……あら?」


 微笑んで返すアデリーンは、リビングの飾り棚の上に置かれた写真立てに気付くとそちらを見つめる。

 父親らしき人物と優里香、祥吾が一緒に笑っている。

 しかし、父親は見たところこの家にはいないようだ。

 アデリーンが何か察した時、祥吾がその訳を話そうとしたが、優里香が彼を止めて自身の口を開き、次にこう話した。


「この写真に写ってるのはウチの主人の【英輔えいすけ】です。つい3年ほど前、この子が高校に上がる前に【鬼怒越きぬごし組】と【喪綿もめん組】というヤクザの抗争に巻き込まれて……。真面目だけど気さくで、わたしたちのことを心から愛して守ってくれる人でした」


「……ご冥福をお祈りします」


 それなら、こういう時は手を合わせるのが礼儀だろう。

 そう思ってアデリーンは目を閉じて祈る。

 優里香は生き別れた夫との思い出を振り返りながらも、ケガをして帰ってきた息子の手当てを行ない、アデリーンもささやかながら力添えをした。


「ここ突針つっぱりではそうした事件もありましたから、イメージアップのためにヤンキー王国化政策がずっと進められてきたんですよ。でも、祥吾をいじめて使いパシリにするような悪い子たちもまだまだいて、祥吾はいつもボロボロになって帰ってくるんです……」


 最後に祥吾の顔につけられた傷に優里香がガーゼを貼って、手当ては終わりだ。

 消毒液がしみて痛かったが、アデリーンや母から諭されてグッと我慢する祥吾なのだった。


「でも今日はそんなに傷も……、アデリーンさんがお助けになってくれたからかしら?」


「かも、しれないな~……」


 母に対して照れ笑いする祥吾。

 しかし、

 少し引っかかったが、疑いすぎも良くない。

 とりあえず、泊まらせてもらうことを考えねば。


「ユリカさん。私にお手伝いできることがありましたら」


「いえいえ、どうぞくつろいで行ってください」


 母1人、子1人では大変だろうし、家事の手伝いくらいはしたい。

 ――と、思ったアデリーンであったが、暖かい笑みを見せる優里香の姿勢を見る限りどうやら大丈夫そうだ。

 まずはごちそうか、風呂とシャワーを貸してもらうか、それが迷いどころだ。



 ◆◆◆



「ひっでーな、こりゃ。誰がやったんだ?」


 その頃、閑散とした雰囲気の街角でのことだった。

 赤い羽根とラジコンのリモコンを彷彿させる装甲を持ったコンドルガイストが暴れていたそこでは、焼け跡や血痕が今も残っており、大勢の警官や記者、その他の野次馬が集まっていた。

 その中に混じって、「なんだなんだ」と、凄惨な殺害現場を覗き込んでいたのは――。


「どうかなされたんですか? ワタシは鼻が利くもので……」


 フリーのジャーナリストを自称するミヅキだ。

 寒かったのか、紺青色のシャツの上にファー付きのカーキ色のコートを着ていて、いつもとは雰囲気が違う。

 それよりもスクープやまだ見ぬ真実を求めて東京を離れ、ローカルなこの街にまで足を運ぶとは、仕事熱心なものである。


「アレ見たかい……」


 「やめといたほうがいいよ」と、警官のひとりから警告してもらったが、それでもと思ったミヅキは前へ出た。

 ペンとメモ帳を持ちながらも、その現場を見た彼女は肩を引きつらせてひどくおびえる。


「うわあ!? な、何これ……焦げてる? 羽根も落ちてるし、血もいっぱい!? こわっ……気持ちわるーっ」


 ジャーナリストという仕事柄、血は見慣れていそうだが――それでも嫌悪感が勝ったのかミヅキは目を背ける。

 申し訳なさそうに警官が優しく肩を持ったが、「わッ! 濃厚接触ッ!」と冗談めいて拒否反応を示した。

 次の瞬間、壮年の男性刑事が咳払いして場の空気を正した。


「うちらもなんでこうなったのか原因を探ってるんだがね、一向に犯人の足取りがつかめないんだわ。ヤンキー王国と呼ばれ謳われる突針つっぱりでどうしてこんな……うーむ」


 戸惑う県警の刑事とその部下たちと、ミヅキ。

 それを上から見下ろしてほくそ笑むのは、双眼鏡を持っている赤黒いレザーファッションの男性。

 見た目は若いが、実年齢は30代ほどだ。

 双眼鏡を下ろしたとき、ぎらついた琥珀色の瞳が露わとなった。


「ふっふっふっふっふっ……はッはッはッはッ。そうやって混乱していろ。北関東はこの禍津が粛清し、支配してやる!」


 茶髪に琥珀色の瞳、端正だが冷血な顔つき。

 この男こそがヘリックスの大幹部の1人を務める禍津まがつである。

 片手に双眼鏡を持ったまま、左手を虫の節足のようにワキワキと不気味に動かして自身の野望を語った。


「誰か見てる……?」


 ミヅキが禍津の気配に感付いたようなそぶりを見せたとき、その禍津は正体の発覚を恐れたのか慌てて行方をくらませた。

 彼女が向いたその方向には、……ダレモイナイ。


「気のせいか……」


「お嬢さん、どうしました? さっきからブツブツ……」


「やや、何でもない! ほんと何でもないんです!」


 ため息まじりにつぶやいた独り言を聞かれて、ミヅキは大慌てした。

 しかし見たくないものを見てしまったとはいえ記者の意地として、聞き込み自体はまだ続ける気らしい。


「あ~! 怖かった……。殺人鬼が近くに潜んでるようなモンなのに、こんなとこに長いこといられるか! ちゃっちゃと帰ろー……」


 独り言をブツブツとボヤキながら、人通りのない区画を歩いていたミヅキだが――その目の前に赤黒いレザーファッションで上から下までそろえた男性が現れる。

 禍津だ。

 真顔でジッと見つめられたのでミヅキは背筋が寒くなった。


「さっき現場にいただろ? お前……クサい芝居はよすんだな……」


「な、なんのことですか? ていうか、どなた!?」


「とぼけるなァ!」


 おびえているミヅキに容赦なく、禍津が首をつかんで脅しにかかる。

 その時、勢いがあまって、ミヅキのポケットからミツバチの柄が入ったかわいらしいハンカチが地面に落ちた。


「マヌケな記者のフリをしたって俺の目はごまかせないぜ。? えェ……?」


「し、知りません。ひ、人違いです!」


「フンッ! まあいい……。どちらにせよ俺の邪魔はしないでもらおう。俺が北関東をいただく計画の邪魔はな」


 禍津はミヅキのことを嘲笑い、釘を刺すとその手を離して適当に去って行く。

 ミヅキは呼吸を荒くしつつも自分のハンカチを拾ってポケットに入れ直す。彼が去ったのを確認すると、呼吸は落ち着いたし、汗もピタリと止まった。

 表情も――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る