FILE026:北関東へ!ヤンキー王国・突針(つっぱり)町へようこそ
その頃の東京・クラリティアナ邸の玄関。
「父さん、母さん、私ドライブしてきます」
両親にそう言い残したアデリーンは、専用バイク――ブリザーディアに旅行カバンを積んで趣味のツーリングに出かけていた。
これは、ヘリックス撲滅のために日本全国、時には外国を回っているうちに身についた、彼女のお楽しみである。
高速道路を走り、途中にあるパーキングエリアにて、ベーカリーで買ったパンとコーヒーを味わいながら休憩する。
その最中、スマートフォンに電話がかかってきた。
「……はい。クラリティアナですが」
『わたしだ。【虎姫・セオレム・テイラー】だ。大至急、君に頼みたいことがあるんだけど』
勇ましい女性の声――。
アデリーンはその声の主に聞き覚えがあった。
というか、結構付き合いの長い知人のものだ。
「ヒメちゃん? いったい、どしたの?」
『北関東の
――事件だ。
それもヘリックスが絡んでいるとあれば、我関せずというわけには行かない。
友人である【ヒメちゃん】こと、虎姫からの依頼を前に、意を決したアデリーンは意気込んで、顔つきを凛々しく整えた。
「……承りました!」
そうとなったらすぐ行動に移す。
「父さん、母さん、ヒメちゃんから連絡がありまして。ディスガイストが発生したかもしれないとのことでしたので、北関東まで出かけてきます。それじゃ……」
両親には電話でちゃんとその旨を伝えたし、北関東までは移動時間の関係もあり、ブリザーディアに搭載された【ワープ走行システム】を使って移動することに決めた。
ライダースーツを着て銀のヘルメットを被っても、その美貌は変わらない。
◆◆移動中――……◆◆
「ついに来た
そしてここが、北関東に点在する問題の
アデリーンがバイクを停めたのはビルやマンションが立ち並ぶ駅の周辺地域。
ほかには穀倉地帯と隣接した住宅街からなっており、見た感じ何も変わったところは無い、のどかな街。
そう見えるが、ここには他の街にはない大きな特徴があった。
それは――。
「お客さん、
髪を茶髪に染めた派手なオバサンから手渡されたパンフレットを見たアデリーンは、「フフッ」とにやける。
なぜなら周りは、このオバタリアンをはじめとして派手な髪型や服装の人々でごった返していたから。
何を隠そう、この街はパンフレットやインターネットの公式ホームページにも記されている通り――ヤンキーが多いとされる北関東の中でも、有数の【ヤンキー王国】として知られていたところなのだ!
「なんだか面白いところね。普通おっかないって考えるべきなんでしょうけど、ふっしぎ~」
さて、アデリーンが驚きながらもつい笑ってしまっているように、ここ
「おっとキレイな姉ちゃん発見伝」
「な、何ですか? あなたたち。言っとくけどナンパはお断りよ」
道を曲がろうとしたところでいきなり囲まれてしまった。
スカジャンや特攻服などに身を包み、頭はパーマやリーゼント、それからアフロなど、いかにもなムードを漂わせる集団だ。
拒否反応を示したところ、逆上――するどころか、彼らは逆に腰を低くしてきた。
不審に思い、その中の1人で黄土色のアフロヘアーの男に視線を向けると、彼は大慌てで何か持ち出す。
「そ、そうじゃなくて……これ! これ着てくれ! お願いしやーす!」
「えー!? 昭和も平成ももう終わってるのよ!?」
「昭和や平成は終わらねえ! 人の夢が終わらねェのとおんなじさ! 騙されたと思って、さあ着てみてくれッ! この【
なんとそれは時代錯誤なスケバン特攻服。
アデリーンは驚きを隠しきれず、信じられぬものを見たような顔をする。
無理もなかろう。
押しが強すぎて断りきれなかったので、チラチラとヤンキー集団のほうを見ながら、アデリーンはしぶしぶ付近の女子トイレまで着替えに行く。
出入りは速やかに、さっきまで着ていた上着は旅行カバンの中に、律儀にも畳んで片付けた。
「……どう?」
「うおー! あ、姐さん、カッコイイっす!」
今の時代だからこそ光る、古き良き昭和のスケバンをリスペクトしたコスチューム。
アデリーンが着るには胸の辺りが少しキツかったが、とはいえ全体的にはぴったり似合っている。
なので彼女に意匠を渡したヤンキー集団も大喝采だ。
「ヘヘッ。そうかい、あんがとな! こんな感じかしら?」
彼女自身口では戸惑いながら、体は正直なようで結局ノリノリでスケバンに扮するのであった。
それからというもの、彼らにいわゆるヤンキーのお姫様として担がれて、あちこち連れ回されることになってしまった。
「す、スケバンだー! バリバリ美人のスケバンが現れたぞ!」
「実は今日来たばっかのお客さんらしいんだぜ……」
「マジかよ信じらんねー!? おめーらも隅に置けないな!」
「アハハ、目立っちゃうなーこれは……」
早速好評のようだ。アデリーンとしてはちょっと照れくさいが、そこは適応力の高さを見せてノリにノってみせる。
突然組体操をはじめさせて一番上に乗っかったし、【謎の美人観客スケバンX】として一緒に撮影会もやらせてもらったし、ブリザーディアだって持ち出してその場で乗った。
ただしドライブまではしていない。
何やかんやあって、盛りだくさんだったようだ。
「……で、変身願望ならぬ変身させたい願望は満たせた? そろそろ着替えたいんだけど」
「えー! そんな! その衣装あげますからお見逃しを! す、すんませんしたー!」
疲れてきたところでヤンキー集団のアフロ男に文句を言うが、意図せずビビらせてしまったようで全員退散してしまった。
少ししょんぼりした顔をして、アデリーンは気だるくため息を吐く。
「もう、何だったのかしら……ん?」
結局スケバン衣装はもらったままだし着たまま、ヤンキーの団体と別れたアデリーンだったが、この街で発生したディスガイストの手掛かりを捜そうとした矢先のことだ。
珍走団めいた連中からカツアゲされかかっている学生の姿を見かけたのだ。
黒髪で真面目そうな少年だった。
既にもう不憫すぎる。
「赤楚くんよお! 最近ファッションヤンキーばっかで、つまんなくねーか? 俺らはそんなフヌケどもとは違うから!」
「ち、違うからなんだって言うんだ」
殴られて、そこから更に何をされてしまうのかと思えば、その暴力モヒカン男はニタニタと気持ち悪く笑う。
「ちょっくらコンビニで焼きそばパンと肉まん買って来てくれや。オメーの金でなあ!」
「それくらい自分で買えば……あげッ」
たったそれだけで赤楚はまた理不尽な暴力を振るわれた。
ヤンキーだらけということは、こういうことも頻発するという側面もあるということだ。
「なーに口答えしてんだぁ? このクソガキィャアアア!! あ゛ん!? ちゃっちゃと行って買って来いや!!」
いよいよ見ていられなくなったアデリーンが止めに入り、赤楚を殴ろうとしたモヒカン頭のヤンキーを成敗。
更に反撃して来たハゲ頭にピアスのヤンキーのパンチを受け止めた。
「え……」
「カッコわるッ。弱い者いじめはしてはいけないって、親御さんや先生から教わらなかったの……!? ケツから手ぇ突っ込んで、あなたの心臓ぶっこ抜いて、奥歯ガタガタ言わせてやろうか。あ゛ぁん!?」
「ひええええええええ〜〜〜〜〜〜ッ!」
上目遣い。
それも、
彼女の服装もあって――いや、それは関係なしにアデリーンに威圧されたヤンキーたちは尻尾を巻いて逃げ出した。
赤楚が驚いている中、アデリーンは表情を涼しげなものに戻す。
この時だけ完全にスケバンになりきっていたので、アデリーンは後から恥ずかしくなった。
「
「あ……ありがとうございます」
「いいのよ、単に見過ごせなかっただけだから。ところであなたは?」
「赤楚、
「ふうん、ショーゴくんって言うのね。よろしくお願いします」
アデリーンがあまりに美しかったためか、赤楚はちょっと見とれながら、首を横に振ってごまかす。
そんな彼の愛嬌のある姿を見て、アデリーンはにこやかに微笑んだ。
「スケバンじゃないんですか?」
「違うの。さっき通りすがりのアフロくんから衣装もらっちゃってね……」
それを聞いてびっくりしたのか少しマヌケな顔をする、赤楚。それほどショックだったらしい。
「【カネツグ】のやつ、またか! あいつめー! こんな美人さん引っかけて……」
「あの子よね? あの鳥の巣みたいなアフロの。また会えたら、スケバン衣装はお返ししないと」
「気をつけてくださいよー。あいつ、美人には誰でも色目使っちゃうんですから。お姉さんみたいな……その……綺麗な人にはとくに」
「うふふ。そんなに綺麗だったかな。お世辞でも嬉しいわ」
助けたばかりの赤楚と雑談でもしながら、アデリーンはしばらく街を探検する。
途中でホットスナックでも買っておごってやろうとするが、彼が遠慮したため自分のものだけにする。
買ったのは焼き鳥だ。
「……半分こしてもいいのよ?」
「い、いえ、僕なら大丈夫ですから!」
「ふーん」
アデリーンがわざとおいしそうに赤楚に見せつけて、「欲しい」、「食べたい」と思わせるような形で焼き鳥を味わう。
その辺のコンビニで売っていたものとはいえ、このタレが乗った焼き鳥の味は本当に魅力的だ。
「あ! あの……助けてもらったお詫びと言ってはなんですが、良ければ僕んちに泊まって行かれませんか?」
「いいわよ、この後ホテルに行くから」
とは言ったアデリーンだが、ノープランだ。
どこで寝泊まりするかは決めていなかった。
ちゃっちゃと解決してすぐに東京へ帰るつもりだったからである。
彼女も案外、瞬間瞬間を必死で生きている人なのかもしれない。
「なんでもしますから! 助けられっぱなしじゃ男として示しがつきませんし、どうかお願いします!」
赤楚祥吾としては恩を返したかったためか、恩人であるアデリーンへと頭を下げてでも頼み込む。
少し考えてから、彼女はこう答えた。
「……なんでも……?」
ちょっと意地悪に笑ってみせる。
「言いすぎた!」と思った赤楚であったが、アデリーンはすぐ優しい顔になって口元を緩めた。
「ではお言葉に甘えて」
満面の笑みだ。
彼女からのその言葉を待っていた赤楚は思わず、ガッツポーズを決める。
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