FILE009:ワタシはミヅキ、フリーのジャーナリストだよ
それから数日後、どこかのビルの屋上でのこと。
「うぇへへへははははは~~~~……! いいね。【百合ちゃん】のマンガに出てくる女の子たちって! ワタシも尊みが深いよ……!」
危険な笑い声を上げて、黒ずくめの女・ホーネットこと蜂須賀がいわゆる百合マンガばかりを載せたコミック雑誌――【コミック百合ちゃん】を読んでいる。
最新刊でありお気に入りの連載マンガも多いし、どのマンガもベクトルこそ違えど展開が盛り上がっていたため、いやがおうにもテンションが上がってしまうというもの。
黒マスクも今に限っては外しており、鼻の下まで伸ばしていた。
――と、そこに長躯でやせっぽちの黒服の男・ヨコダと、その付き添いでシマウマのような怪人が現れた。
「なあ! あんた、組織に雇われてる暗殺者のホーネットだろ! No.0を生け捕りにしたいから手を貸してくれないか」
ヨコダから声をかけられた蜂須賀は我に返り、マンガの雑誌を大急ぎでしまった。
黒マスクもつけると立ち上がって伸びをする。
「そうだァ。ヘリックスに入ったばかりの俺様とヨコダパイセンだけじゃあ不安なんでさ。協力しちくり」
装甲などで武装したこのシマウマ怪人――こと、ゼブラガイストはガラの悪そうな口調でそう頼み込む。
もちろん2足歩行で、四股が機械化されてスプリング上になっており、脚力と跳躍力がとくに強そうに見えた。
また筋骨隆々で強そうにも見える。
白黒のストライプ模様に映えている、赤く光る眼も実に不気味だ。
「――だが断る」
金色で縁取られた黒い銃型のツールを黒服のヨコダとゼブラガイストに向け、蜂須賀はハッキリNOと答える。
それで相手が驚いてもまったく動じず、引き金を引くそぶりを見せたまま話を続ける。
「ワタシが裏社会で【黄金のスズメバチ】と謳われた暗殺者だから、協力を要請しに来たんだろう。2つ返事で了承すると期待して、ここに来たんだろう」
「そのとーり」
蜂須賀からの質問にヨコダが隠す気もなく答える。
銃口を向けたまま、ホーネットこと蜂須賀はマスクは付けた状態で口を大きく吊り上げて笑った。
「悪いが、ワタシにも暗殺者としての【信条】と【意地】がある。ターゲット以外を殺すのは主義に反するんだよね。関根かデリンジャーくんにでも助けてもらえば?」
彼女はこうは言っていたが、その関根――ライノセラスガイストに変身していた男は、短期集中療養のため出撃できない。
ドリュー・デリンジャーは現在セールス業に回されていて忙しい。
この2人に救援を頼むことは無理だ。
つまり、ヨコダとゼブラに対して、「お前らだけでやれ」と、蜂須賀はそう告げたわけだ。
芝居がかった、おどけた身振り手振りとともに痛いところを突いたのだ。
「けっ!! お前なんかに頼るんじゃなかった」
「おい行こうぜ!」
舌打ちして去るヨコダとシマウマ。
黒いサングラスの下で、嗤う蜂須賀の瞳は狂気を孕む輝きに満ちていた。
◆◆◆◆
ところ変わり都内某所――。
天候は快晴だ。
海沿いの公園で景色を眺めながら、アデリーンはスマートフォンで誰かと通話していた。
「……ええ。まだ東京にいるわ。そっちはお加減いかが? あなた用のスーツが
話している相手は彼女の仲間と思われる。
スーツとは、アデリーンが戦闘時に【氷晶】してまとうメタルコンバットスーツのことと思われる。
それと同様のものを通話相手は開発中、ということになる。
口調も親しげで、アデリーン自身笑顔で話しているということは、単なる協力関係以上の仲なのであろう。
「じゃ、ヒメちゃんも頑張って。大企業たる【テイラー】のトップなんだから、私よりももっとしっかりしなきゃダメよ?」
【ヒメちゃん】と呼んだ仲間との通話はそこで終了。
海にスマートフォンを落とさないようにカバンのポケットへとしまい込み、柵に腰かけて何となく空を見上げる。
空も海も、こうして世界のどこにいてもつながっている。
今日は格別に晴れていて、太陽の光もまぶしいほど満ち溢れている。
見ているだけで心が洗われるようだ。まだ敵も出ていないし、平和そのものだ。
街をぶらぶらしながら、「今日はどの店に寄ろうか……」――と、迷ったその時。
向かい側からやってきた以前会ったことのあるバンギャル風なファッションの女と鉢合わせる。
一度しか会っていないし、しかも落とし物を拾ってあげただけだというのに、視線が合うなり彼女は手を挙げて笑顔であいさつしてきたのだから、ずいぶんとフレンドリーだ。
「あれ。あなたはこの前の」
「その度はお世話になりました。ねえ、ワタシと飲まない?」
「知らない人の誘いには乗りませんよ!」
「あははは、冗談キツイなー。あなたみたいな大きな子どもがいるかっての!」
「じゃあ1件だけなら……」
「サンキュー!」
ちょっとアヤシイのだが、飲みに誘われる。
アデリーンの返事を、相手は腕を組んで待っている。
あまり待たせるわけにもいかないのでOKを出した。
こうして飲みに行ったのだが――と言っても、不健全な感じの店ではなく、おしゃれな雰囲気のオープンカフェだ。
着いて早速、思い思いに注文を取ると、それを合図にお約束のガールズトークがはじまった。
「そうそう、ワタシは【ミヅキ】。フリーのジャーナリストだよ」
「へぇ、ジャーナリストやってたんですか? そのイケてるルックスで!」
「あんまり調子よくないんだけどね」
服装はバンギャル風の黒コートで下のシャツは紺青、ズボンも同色でブーツは黒。
髪色は紫がかった艶のある黒。
瞳の色はグラデーションが美しい蜂蜜色。
ちなみにその瞳は切れ長で、まつ毛もセクシーだ。
そんな風に容姿に恵まれた彼女は、ミヅキと名乗ってから一房だけ垂れた前髪をヘアピンで留める。
――花柄でかわいらしい。
「私はアデリーンです」
「いい名前だね~! あだ名で呼ばせてもらってもいい?」
「アデルなり、アデュリンなり、アデリナなり、リーンなり、アデレードなり。何でもいいですよ」
あれこれ提案されたが、「うーん」、と、腕組みして首をかしげるミヅキ。
自分の座った位置には記者らしく(?)、使い込まれたメモ帳とタブレットを置いていた。
「じゃ、アデレードで。これからもよろしくね」
無邪気に笑い合う2人。
なんだか楽しそうで、なんなら、そのまま打ち解けて竹馬の友になりそうであった。
「早速で悪いけど、アデレードってお仕事は何やってるのかな?」
「……フリーターです……」
「えーっもったいない! 読モとかやってみなよー! 君みたいな美人でかわいい子、絶対人気出るって!」
オーバーリアクションで驚くミヅキ。
そのミヅキへ対して、「いやいや買いかぶりすぎですって」、と、アデリーンは照れ笑いしながら手を振る。
「……おほん、失礼。やりたいことはこれから見つけていけばいいからね。ところで」
咳払いしてから、ブラックコーヒーを一口飲むと、ミヅキはタブレットとは別個で持っていたスマートフォンを起動して動画を見せる。
そこには青と白のメタリックなスーツに身を包んだヒーロー・アブソリュートゼロがディスガイスト相手に活躍する姿が流れていた。
危険を顧みず、勇気ある誰かがいつの間にか撮影していたようだ。
「このヒーローのことはご存知? アブソリュートゼロって言うらしいんだけど」
かーっと、沸騰したやかんのようにアデリーンが顔を真っ赤にする。
内心、「コッテコテだなー……」とミヅキは驚いていた。
「ちょ、急にどしたの?」
「い……いえ。知りません。その人のことは」
「そっか。最近話題のヒーローなんだよ。あちこちでわるーい怪人たちと戦ってるんだって。かっこいいー!」
若干子どもっぽく喜ぶミヅキ。
そのミヅキの笑顔を、アデリーンが興味深そうに見つめる。
ジロジロ見すぎたら失礼ゆえ、すぐにアメリカンコーヒーを飲んでから、ほうじ茶ケーキを一口ほおばった。
「ワタシ、アブソリュートゼロのファンなの。最初に一目見た時からもう魅了されちゃってさ」
「相当お好きなんですね。そのゼロさんのこと」
「えへへへ」、と、ミヅキは左手で後頭部をかく。
老若男女問わず誰の心にだってヒーローはいるのだから、別に何もおかしくはない。
むしろ胸を張って誇るべきだろう。と、アデリーンは思った。
「今日とっても楽しかったよ。またねアデレード」
「ええ!」
そうしてオープンカフェを出て別れる。
鼻歌まじりに去っていくミヅキ。アデリーンは彼女とは反対方向に歩いていく。
まさかミヅキも、アデリーンが尊敬しているヒーローの正体だとは思うまい。
(見てて面白いし、話してるだけでも楽しい人だったなー。けど……。ついしゃべりすぎなくてよかった)
しかしミヅキは、おどけて飄々とした性格と言動ではあったがジャーナリストとしては間違いなく敏腕そうだった。
もっとも本当にジャーナリストだったらの話だ。
どちらにしてもあれ以上長居していたらつい、余計なことまでしゃべってしまっていたかもしれない。
親しき仲にも礼儀ありと言うし、今後会う時はお互いに気を付けよう。
アデリーンはそう決めた。
「……ふぇへへへへへ」
日陰に入っていたミヅキが、黒いサングラスをかけてから不敵に笑う。
――アデリーンも、まさかミヅキもまた秘密を抱えているとは思うまい。
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