FILE008:巻き込むわけには……


「どうして」


 別に彼女がやりたいことを阻害しようだとか、そういう意志は無かったのに。

 一緒にいたいのに……。

 なぜ?

 信じられない様子で声を震わせながら、綾女がアデリーンに訊く。


「ヘリックスは……、どんな手段も厭わないようなコスいヤツらです。私を狙ってくるだけでなく同時にみんなのことも捕らえるか、殺そうとしてくるでしょう。なので私は、ヤツらの狙いを引きつけるために、できるだけみんなから離れようと思っていたんです」


 この家に住めない理由はなぜなのか。

 今、アデリーンがそれを語り出した。

 決して無情だから、邪魔に思ったから、というわけではない。

 大切な家族を守るため、やむを得なかったのだ。


「ヤツらのことです、私の注意を向けさせるために怪人を各地で発生させて、こっちがあちこち行き来するように仕向けてるんでしょうね……」


「……そっか、それを逆手にとって。そういうこと?」


 綾女が綾女なりに察して、思いついてから発したさりげない一言。

 かっこつけて親指を鳴らし、「ドーン!」と、アデリーンはどこぞの怖いっぽく人差し指を向ける。

 どちらかと言えばひかえめな彼女としては、やけにテンションが高い。


「さすがアヤメ姉さん! 怪人が発生したら、私がその都度現場に向かうことで敵の注意を引きつけるようにしていたんです。それもリュウヘイや、平和を愛するみんなを守るためにしてきたこと。これ以上、誰も失いたくありませんから」


 真面目な話をしすぎた。

 後腐れが無いように、こうやって雰囲気が暗くなりすぎないよう場を明るくしたというのだ。

 彼女に抜かりはない。


「けれども、みんながここにいてほしいとお望みなら……」


 使命があるから一緒には暮らせない。

 確かにアデリーンは、ああは言った。

 だがここで、家族水入らずで日常を暮らしたいという気持ちもある。

 踏ん切りはついたつもりだったが、それは自分自身の中での話。

 この家で暮らす彼らはまた違うはずだ、と、思ってのこと。


「今はそれがアデリーンちゃんのやりたいことなんでしょ。いいわよ、行っておいで」


「お母さん」


「止めやしないよ。自分の身くらい自分で守るし、お姉や母さんのことだって守ってみせる。俺たちなら大丈夫だから!」


「リュウヘイ……」


「ささやかでも応援させてください。早速ですけど、今晩お泊まりどうですか?」


「アヤメ姉さん……!」


 アデリーンと同様に共に過ごしたい気持ちもあったが。

 浦和親子は、アデリーンを引き止めることはせず。

 また戦いに向かわんとする彼女を暖かく見送ることに決めた。


「ありがとう、ございます!」


 心の底から沸き上がってきた涙とともに、アデリーンは思い切り笑って感謝の言葉を告げた。

 そうして、明日になるまでの間、思い思いの時間を過ごさせてもらうことに決まった。


「サボるんじゃない。コウイチロウ父さんは、あなたに! ずっと遊んでほしいと、そう思っていたわけじゃないでしょう!!」


「で、でも」


「あなたは甘い!」


「ひえ―――――――っ!」


 若干オーバーかつ厳しめだが、竜平に勉強のレクチャーを行ない。

 

「アデリーンちゃんは料理は得意だったかしら?」


「まあまあです。怪人から人々を助けに回る関係で、自分で作る時間がなかなか取れなくって……」


「じゃ、いい機会だ。わたしがコツを教えてあげる」


「サユリお母さん、ありがとうございます!」


「猫の手はわかる?」


「はい! そのくらいは!」


「ヨシ!」


 小百合とは世間話で盛り上がったほかにも、料理する時のイロハもあれこれ教えてもらった。

 あちこち回る関係で旅先のカフェやレストラン、適当に買ったカップ麺や弁当で食事を済ませることが多いので、アデリーンにとっては本当にありがたいことだ。

 それに料理のスキルは、いざという時にも役立つ。


「アデリンさんは好きな人とかいます?」


「いません。私はみんなのものだから~……」


「あはははは! 出た出た。それ、定番! 私も彼氏はいないかな。自分のことで精いっぱいっていうか?」


「え~? アヤメ姉さんは恋多き人って感じに見えましたけど、意外だったなあ」


「またまた~! あはははははは!」


「それでね、私、今やりたいことが終わったら、をやろうと思うんです」


「たとえばどんな?」


「そうですね。みんなと毎日楽しく過ごしたい!」


「やった! 私もそれ賛成! 大賛成です!!」


 綾女とは年齢が近いこともあり、部屋に招いてもらって他愛のないガールズトークで大いに盛り上がった。

 交友関係の多い綾女にとっても、友であり家族が増えたことは喜ばしい。



 ◆◆そして夜が明けた。◆◆



「昨晩はお世話になりました」


 浦和家の玄関にて。

 身支度を整えたアデリーンは深く一礼して、感謝の言葉を述べる。

 小百合は、一粒だけこぼした涙を拭き取ってから優しく微笑んでこう言った。


「戦いに疲れたらまたいつでもいらっしゃい」


「はい、喜んで! みんなもお元気で!」


 そうして、浦和親子はアデリーンを快く見送った。

 アデリーンは涙を見せることなく笑顔を見せてから、専用バイクに乗って浦和家から出発した。

 また、こうして旅に出ようと言うわけだ。


「また守りたいものができたわ。かけがえのない家族も――。私はウラワ博士……、いえ、コウイチロウ父さんが遺した家族を守る。守り抜いてみせる!」


 バイクでかっ飛ばす中、アデリーンは新たに誓いを立てた。

 その誓いは堅く、絶対に揺らぐことはない。

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