【第2話】ジャガーの魔の手が迫る!
FILE007:浦和家へのごあいさつ
ここは東京都内のとある住宅地に点在する、とある一家が住む立派な家。
今はリビングに勉強の合間にくつろいでいる長女と、家事の合間にテレビを見ている母が2人だけで、少しさびしさがあった。
「【リュウ】、帰ってこないね。あのバカ何やってるんだろ。心配させんなってのよ」
前髪がワンレングスとなっている赤い長髪に、紫の瞳の彼女は、気だるげでくだけた口調とは裏腹に知性や品性を感じさせる。
家にいるので服装はゆったりとしたものだ。
彼女が、この家の長女である
今、机の上には筆記用具とノート、参考書を置かせてもらっており、夕飯が出来次第もちろんきちんと片付けるつもりだ。
「あの子が寄り道してくるのはいつものことだけど、それにしたって遅いわよねー。大丈夫かしら」
その綾女と一緒に、なかなか帰ってこない長男のことを気にかけている、この妙齢の女性は姉弟の母である
黒い髪が艶やかで美しい。
年齢を重ねたからこその色香も、彼女自身の知らぬところで漂っていた。
エプロンも割烹着も両方着用するが、今はエプロン姿だし髪も結んでまとめている。
不安を吐露した後、「消しカスは机の下に落とさないでよ」、と、綾女に忠告。
「わかったわかった」と言いたげな顔をして綾女が笑う。
≪ぴんぽーん≫
そこで玄関のブザーが鳴った。
客人だろうか?
いったん手を止め、インターホンの画面を見た2人は、大急ぎで玄関へ――。
「リュウ!」
「竜ちゃん!」
ドアを開ければ、そこにはようやく帰ってきた弟または息子の姿が。
色白で金髪碧眼、超ナイスバディの外国人美女も同伴というおまけつきだ。
「……た、ただいまー」
事情を知らない母と姉にリュウや竜ちゃんこと、竜平は歯切れが悪そうにそうあいさつする。
そう、この家こそ浦和家だったのだ。
表札にも【浦和】と、そう記されている。
「あんたボロボロじゃない。大丈夫?」
「て、手当てしてもらったから」
「ふぅん……」と、漏らしながらも小百合はひとまず納得する。
「ところで、このステキなお姉さんは?」
「……えーと……俺のカノジョ」
常人離れしたビジュアルとプロポーションを誇るアデリーンに心惹かれたのか、弟に近付く悪い虫と見なして警戒したかはわからないが、綾女はウキウキした様子で竜平に彼女が何者かを訊ねた。
が、彼からの返答はトンチキなもの。
「……はー??」
今、怒ったのは綾女ではない。
誤解を招きかねない説明をされたアデリーンのほうだ。
「こら。リュウヘイ、ごまかしたり嘘をついたりしないって約束したでしょ!!」
「ご、ごめん」
小百合と綾女を前に、竜平に対して母親でもないのに母親っぽく叱るアデリーン。
傷口が開かない程度に軽く叩いたし、締め上げて罰したりもした。
「ですよねー」、「どうせそんなことだろうと思ったわ」と、それを見ていた綾女も小百合も笑みをこぼす。
「申し遅れました! 私はアデリーン。コウイチロウ・ウラワ博士……この家のお父さんの友人であり、義理の娘みたいな者です」
そして、気を取り直し、アデリーンは簡単に自己紹介とあいさつを行う。
「あなた方に会いたかった」というニュアンスを込めて。
「え……夫の、
「お二方にとっても重要なことなので、詳しくお話しさせてほしいのです……」
最初は戸惑ったが、父または夫のことを知っているのであれば、聞かないという選択肢はない。
これも何かの運命なのだ。
そう悟った綾女と小百合はアイコンタクトを交わしてから、アデリーンを快く家の中へと上げた。
◆◆アデリーン、浦和家に事情を説明し始める……◆◆
「人造人間? あなたが、本当に?」
「はい。見た目はふつうの人間と同じに見えますが、骨格はチタン合金を特殊加工した生体金属でできていて、臓器も一部のみですけど機械化されており……体も柔軟で強いのでチタン骨格の重みにも衝撃に耐えられます」
玄関で靴を脱いで上がり、手洗いうがいをきっちり済ませてからリビングに招いてもらったアデリーンはソファーに腰かけてから、知る限りのことを洗いざらい打ち明けることにした。
最初からそのつもりで来たのだ。
小百合からの問いに答える形で肉体構造の話に入った時は、腕に力を入れて力こぶを作るジェスチャーも加えて説明を行った。
「う、宇宙人から提供された特殊な細胞と人間の××から生まれたってホント?」
「そうやって生まれましたよ、私は。地球外の知的生命体との長い交信の末に、友好の証として提供されて私に生命を与えたその細胞は、【ゼロ・リジェネレーション細胞】と――そう呼ばれていました。強い再生・治癒能力を発揮するため、それで生み出された私は老いることも死ぬこともありません。なので、真っ当な医療目的で使われて欲しかったと、ウラワ博士は……コウイチロウ父さんは言っていました」
綾女に対してアデリーンは包み隠すことなく、自分の体を構成する特別な細胞についても話した。
だから彼女は死なないし、死ねない。
不死身の兵器などと言われた所以だ。
「最近騒ぎを起こしてる怪人たちについて、何か知らないかしら?」
「あの恐ろしい怪人たちは【ディスガイスト】……と、そう呼ばれています。邪悪な心を持った人間たちがスフィアと呼ばれる、遺伝子や物質・現象などのパワーを宿したカプセル状のものを使って変身したもので、それを私が退治して……」
綾女からの続けての質問にももちろん答えた。
今度は怪人・ディスガイストに関する内容であり、竜平もこの説明会がはじまってからずっと聞き入っていた。
もう、部外者などではないのだ。彼女と関わったからには。
「確認させて。そのディスコスターやスフィアを作ったのは誰?」
「……ヘリックスという秘密犯罪結社、です。幹部たちの指示のもと、研究者やバイヤーを含むたくさんの構成員がスフィアを世界各国に売りさばいて、あちこちで心に闇を抱えた人たちにつけ込んで、ディスガイストを発生させている……。そのために多くの命が犠牲になりました」
小百合からの問いに答える中で、アデリーンは一旦言葉を切って深呼吸。
お茶も優雅に一口飲ませてもらう。
訂正はくどいので、あえてやらなかった。
「その目的は、生物兵器でもあるディスガイストを利用した兵器ビジネスによる世界征服」
「それってつまり、死の商人ってことかな……?」
「そうなりますね。私もかつてはコウイチロウ父さんと共にヘリックスにいましたが、兵器ビジネスの
アデリーンの口を通じて、ヘリックスの恐るべき野望を知った綾女は絶句する。
その組織のドス黒い野望と欲望のために、父・紅一郎は死ななければならなかったのか?
そう考えてしまうと胸が苦しい――。
小百合も何やら、複雑そうな顔をして次にこう洩らした。
「…………紅一郎さんからある程度事情は聞かされてたけど」
「こうしてアデリーンさんが目の前にいるんじゃ疑いようがないよね」
竜平が姉と母のその言葉を聞いて眉を動かした。
「母さん、まさか……知ってて黙ってたって言うのかよ?」
気が立った彼をアデリーンがなだめようとしたところ、綾女が「落ち着いて」と竜平を静止した。
「ごめん」と、竜平が恥ずかしげにつぶやき、頭を下げる。
「母さんも全部知ってたわけじゃないわよ。ただ、アデリーンちゃんがあの人の【最高傑作】だって言うのは納得しかない」
「だよね。ちょっとお話聞いただけでも、こんなに優しくて感じがいいんだもん。なんだか、お姉ちゃんか妹ができたみたいな不思議な感じだし」
「お姉さんとお母さんは私が怖くないんですか? 元々私は造られた命であり、人ならざる者でもあって……」
つい一抹の不安に駆られてしまったアデリーンは悲しげな顔をして、既に自分を受け入れつつある小百合と綾女に訊ねる。
「ま、確かに【
「そこは伸ばして欲しかったなー……」
咳払いをする綾女。
今のは呼び間違えではなく、アデリーンが自分たちに親しみやすいように気遣ってつけたあだ名である。
もうほとんど新たな家族として受け入れたも同然だったということだ。
「でも……。弟のリュウのこと、守ってくれた上に助けてくれたじゃないですか。それに父の遺志をしっかりと受け継いでくださったこともわかりましたから」
「アヤメお姉さん」
綾女は嬉しかったのだ。
父の愛したもうひとりの子どもであり、血のつながりこそなけれど家族であり、自身の姉であり妹にもあたる彼女と出会えたことが。
紅一郎を死なせてしまったことに対して負い目を感じていたアデリーンが、綾女のその優しさに救われたことは想像にかたくない。
「そうよ。アデリーンちゃんは何も気に病まなくていいんだから、ね。わたしらが許せないのはヘリックスよ。紅一郎さんが亡くなったのも、人造人間だからってアデリーンちゃんを兵器として利用しようとしてたのも、何も悪いことなんかしてない人たちを殺したり、苦しめたりするのも……」
小百合が長い間、どれほどの哀しみを背負って来たか察したアデリーンは、彼女のもとに寄り添い優しく肩を撫でた。
在りし日の紅一郎からもらったぬくもりや愛情が今にもあふれそうだ。
「お母さん。私は皆さんをお守りして、そのヘリックスの野望を阻止するために活動を続けてます。二度と悲しませたりなんかさせませんから」
「ありがとね、アデリーンちゃん」
アデリーンと小百合は熱く抱擁を交わす。
それを見守る綾女と竜平。
落ち着いたところで、お互い元の位置へ戻る。
「ねえアデリーンちゃん、ウチに住んでみない?」
「周りにはリュウの家庭教師とか、ホームステイ中の留学生ってことにしてみますから。お願いします」
笑顔でたっての願いをする小百合と綾女。
ずっと戦い続けてきたアデリーンにとってはこれ以上ない誘い。
だが、彼女の答えは――。
「ありがとうございます。けど、みんなとは一緒にはいられません…………」
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