Ⅱ
「いつまで寝てんだ起きろ!」
大きな声で目が覚める。うるさい誰だよ。あたしは誰の指図も受けない、起こされて起きるものか。
そのまま目を開けず二度目の就寝を迎えようとしているところで手首を掴まれて引っ張られる。
「もう昼前だぞ、雪が飯を作って待ってる」
仕方なく目を開けると、大柄な男があたしを立たせようとしていた。
関孝太郎だ。
命令された挙句、無理矢理起こされたのだからぶん殴ってやろうかと思ったがやめた。あたしの記憶を入れる前のこの身体はそんな狂暴キャラじゃない。我慢我慢。今は疑いを持たせてはいけない。記憶のないあたしを演じなくてはいけない。
「えっ、もう昼前なんですか。ずいぶん寝ちゃってましたね」
欠伸をしてちらりと彼の様子を窺う。
「そうだな。さっさと起きて飯食べに行くぞ。雪の機嫌が悪くなる前に、さあ」
関孝太郎がそう言って出ていく。
しばらくはこの身体のふりをするのか、つらそうだな。だが、我慢だ、もうすぐ終わる。速攻で終わらす。
部屋を出ようとしたときになぜか突然関孝太郎が戻ってきた。思わず悲鳴を上げてしまう。
「おっと悪い、いや、気になって。何かお前、雰囲気変わったな」
「へ?」
「なんつーかこう、成長したっつーか、経験積んだっつーか、肝が据わったっつーか」
「そうですか?」
「んーわからん。気のせいかもしれん」
「気のせいですよ」
やはり関孝太郎は侮れない。さっさと始末をつけないといつかはばれてしまいそうだ。
決戦は食事後。不知火雪が外に出たときだ。さりげなく次はいつ街に繰り出すのかを関孝太郎に訊いてみたら、ここ最近出ては戻って出ては戻っての繰り返しだったからしばらくはここでのんびりと過ごそうと思っている、と返事をされた。
だが、短期決戦で挑む。今すぐに身体を取り戻したいというのももちろんあるが、それ以上にこの男は危険だとあたしの本能が告げている。彼の視線に気づくたびに悪寒を感じる。気にしすぎかもしれないが、あたしがこういったことで気になって気のせいだった試しはない。
食事は滞りなく終わり、不知火雪は外で庭の整備をすると言っている。関孝太郎は屋上で日光浴をするそうだ。
まずあたしは関孝太郎を倒す場所へ行き、準備をする。奴を襲撃する場所は食料庫と決めていた。そこなら不知火雪がこの時間帯に突然来るということもあるまい。エレベーターから少し離れた場所にセッティングをする。といっても、物を一つ、薄い膜の奥へと設置するだけだ。
そのままエレベーターで屋上へと足を運ぶ。関孝太郎はどこからか安楽椅子を持ち出してきて、そこで揺られながら鼻歌を歌っていた。何の歌だ。聴いていて不快になる。
「ちょっといいですか」
あたしが話しかけるとゆっくりと振り返ってくる関孝太郎。よし、耳障りな鼻歌をやめてくれてあたしは嬉しいぞ。
不知火雪ならともかく、この機械音痴をコンピュータールームに呼び出すのはどうしても違和感を与えてしまう。食料庫ならほいほいついてきてくれるはずだ。
「どうした?」
「食料庫でなんか変なのを見つけたんですけど……ちょっと一緒に来てもらっていいですか?」
「変なの?」
「はい。食べ物なのかどうかわからない、何かうねうねしていてとても口に入れるものとは思えないものがあって、それが気になって」
「何でまた食料庫に?」
「ちょっと暇つぶしに見て回ってたんです。ここで昔生活していた人がどんなものを食べていたのか気になって」
「ふん、うねうねしてる食べ物、ねえ。ちょっと気になるな。俺が見たときはそんなもの見なかったが」
「いえ、とにかくなんだか気持ち悪いんです。生き物みたい。孝太郎さんなら何か知ってるのかな、と思ったんですが」
「よし、ちょっと見てみるか。何ならこのあと食べてみるか?」
関孝太郎が椅子から立ち上がる。よし、いいぞ。
エレベーターで食料庫へ。上手くいっている。少し歩いて目的の場所へ。いいぞ、順調すぎて思わず笑ってしまいそうだ。
「どこだ?」
「えっと、確かこのあたりですね……」
膜の中に手を突っ込む。
「ん、そのあたりは確かキノコ類の棚だった気がするがな……どれ……」
関孝太郎が近づいてくる。射程距離まであと数十センチ――
今だ!
膜の中で握りしめたバールを関孝太郎の側頭部目がけて思い切り振った。こめかみは狙わず、耳よりも少し下を狙う。ガギンと嫌な音がして、よろめいた関孝太郎は反対側の棚へ倒れ込む。肩から先が半透明の膜の中へ消える。
まだだ。すぐに距離を詰めて追撃を加える。足を払い、全身を地面に叩きつけさせる。「おうっ」と声が漏れる。
ゆっくり起き上がろうとする関孝太郎の背中を足で踏みつける。
「あーあ、このバール、あんたがあたしに渡したんだよねえ。覚えてる?」
ぐりぐりと体重をかける。
「あ……」
洩れる声。どうやら初撃が相当効いているようだ。手を伸ばしてあたしの足を捕らえようとしてくる。咄嗟に右手に持つバールをその手の甲に突き刺した。
「………っ」
もはや声も出ないようだ。すぐに引き抜いて構え直す。
「どう? 気を失う前に聞かせてよ、キャハッ、あたしに襲われた感想。どう? どう? まさかあたしが襲いかかってくるとは思わなかった?」
「……お、」
「お?」
背中から足を離し、髪の毛を掴んで顔を引き上げる。苦痛に歪んだ顔。いいね。いいね!
「お前、誰だ?」
「あー? あたしはあたしに決まってんだろーが!」
パッと手を離してそのまま顔面を蹴り上げてみた。「ぐふう」と声のような音がして身体が一瞬跳ね上がる。そろそろいいかな。
「もしもーし」
これで反応したらまだ意識があるってことだから、もう一回、気絶するまで殴ればいい。
だが、反応はなかった。今の一撃で気絶したらしい。鼻が折れているようだ。鼻からも口からも血がだらしなく垂れていた。
「よし。連れていくか」
バールを投げ捨てる。
近くにあった台車を気絶した関孝太郎の許へ持ってくる。その台車の上に身体を載せようと腕を掴んだ。思っていたよりも重そうだな……。
だが、急に視界が揺らいだ。何が起きたのかわからなかった。気がついたら床に背中が叩きつけられていた。
「あ?」
星が飛んだ。時間差で右頬が熱くなる。
あー、殴られたな……。
視界が暗くなる。左頬に鈍い痛み。熱い。
「クソックソッこのクソ野郎!」
右に。左に。右に左に。何も見えない。かろうじて野太い声の悪態が聞こえる。
意識が飛びそうだ。ああ、ああ……。
右手に冷たい感触。これは。
何も考えずに握りしめ、振り上げた。
不意に殴打の雨が止んだ。ぼやけた視界の先で、大きな影が揺らぎゆっくりと横に倒れていくのがわかった。
身体が軽くなる。頭が痛い。ジンジンする。
「あー……」
ふっと意識が途切れた。
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