Ⅰ

 ――――インストール中です……



 暗い。ここはどこだ? なんであたしはこんなとこにいる? 

 ブシューと気の抜けた音がして、顎が解放された。ヘッドギアだった。クソッ、なんでこんな重いもんを被ってんだよ。外して床に投げつける。それはガシャンと派手な音を立てて床にぶつかる。

 機械機械アンド機械。視界に飛び込んできたのはそれだった。

 そこで気づいた。あたしの身に何が起こっていたのか。

「ふうん、なるほどなるほど。そういうことね」

 記憶は引き継がれていた。あたしの記憶をインストールしたところで前の記憶がなくなるわけではないのだ。ただ、すごく昔のことのように思う。そう、十五年くらい前にあたしはこの荒廃した世界で数か月過ごした、みたいな?

 ポケットを探る。番号の書かれた紙が入っている。そういえばあたしの記憶ってナンバリングされてたんだっけ。刹那で忘れちゃってたけど。

「うー、やっぱり夢じゃねえかあ」

 そうだ、最後の記憶は、あたしとしての最後の記憶は、椅子に座らされるところだった。そう、あたしを担当したやつの顔に唾と痰を吐きかけてやったっけ。傑作だぜ、あいつ、潔癖症だかなんだか知らねえが、ひどく泣き叫んだな。

 それ見て笑ったのが最後だ。最後の記憶だ。

 えっと、そうそう、あたしは殺人で凍刑を喰らった。凍刑ねえ、死刑じゃなくてよかったぜ。ほら、刑が執行されてるのに生きてる。あたしは生きてる。

 あいつらは冤罪? 人殺しじゃない? へえ、そうなんだ。でも残念でした。あたしは殺人鬼だ。正真正銘、モノホンの殺人鬼だ。


 殺しは癖になる。初めて人を殺したのは五歳のときだ。あたしのことを好いてるのか知らないけど、いっつもベタベタしてくる男の子がいた。ある日あたしが木登りをしているところを追いかけてきたので、ムカついて頭から突き落としてやった。頭がぐちょって潰れてまるでスイカみたいで美味しそうって思ったのは覚えている。

 次に殺したのは九歳のときだ。そのときあたしに勉強を教えてた大人の女が、あたしを理由もなく叱ってくるからプッチーンってきてトイレの水の中に顔を押しつけて窒息死させてやった。

 その次は――ってあれ、意外と覚えてねーな。無差別に人殺しを始めたのは十三歳の頃だ。人殺してるあたしかっこいい! みたいな感じで少し浮ついてたな。でもそのせいで足がついちゃって、結局十四歳の誕生日を迎えた直後に捕まったんだ。それで凍刑。即決だった。情状酌量の余地無しってな。


 あたしは肉体を手に入れたってわけか。なんだか今までと違う身体だから少し違和感があるな。やっぱ自分の身体が欲しいな。こんな貧相な、痩せこけた身体じゃあなく。もっとぼん、きゅっ、ぼんのナイスバディなあたしの身体のほうがいいな、うん。

 でもよ、あたしの元々の肉体って今、不知火雪ってやつが持ってるんだろ?

 ウハ! マジでフィクションの世界じゃん! 肉体の交換ができてんじゃん! あたしの生きていた時代にそんな技術ができてたとはな! もっとちゃんと歴史とか学べばよかったな。

 いかなる理由があれ、あいつはあたしの身体を奪ったわけだろ? 不知火雪はあたしの肉体を奪ったし、あの身体はこの身体の記憶を奪ったわけだろ? 悪役じゃん。悪役ジャン!

 七年だっけか? その不知火雪が目覚めてから。七年も人の身体を好き勝手使ってやがったのか。あたしの肉体的に青春真っ只中だったはずの七年間を奪っていきやがったわけか。許せない、これは許せない。絶対に許さない。

 あたしは何が何でも自分の身体を取り返す。あの不知火雪から取り返す。それで、一人で生きていくんだ。幸い、食料はたっぷりある。数十人分が数年分だろ? あたし一人が生きていくには十分だ。あんな自給自足みたいな面倒な真似やってられるか。


 この身体が元々使っていた部屋で、とりあえず休むことにする。ベッドに寝転がって今後の計画を練る。

 今後目覚めた人間は片っ端から殺っていこうかとも考えたけど、あたしの奴隷にするのも悪くない。奴隷としてこき使って、使い物にならなくなったらポイ。そうだ、ここにあたしの王国を作ればいい。あたしが女王様。あたしの命令は絶対。憧れの絶対王政。

 おっと、先のことまで考えすぎたか。まずは目先のことから考えていかないとな。

 別にあいつからあたしの身体を取り戻すことぐらいわけない気がする。要はあいつをコンピュータールームまで連れ込んで記憶をアンインストール、そしてその記憶のなくなった空っぽの身体にあたしの記憶、この不知火雪の身体にインストールされた記憶を入れ直せばいいだけの話だ。障害があるようには思えない。

 いや、片や成長したあたしの身体。片やこっちは貧弱な身体。まともに殴り合って勝てるかどうかわかんないな、正直なところ。

 そういやあの機械って意識がなきゃ作動しないのか? 別に身体は傷だらけの身体でも大丈夫だろうが、脳が覚醒状態じゃないと記憶をアンインストールできないとかあるのか? そりゃあ何も知らない人間の記憶を奪ってやるんだ、意識がないほうが楽に決まってる。でもそれができるかどうかがわからない。意識がある状態だとインストールできることはわかってる、不知火雪の身体が証明してる、インストールできるんだからアンインストールもできるだろう。

 まあ、意識がない状態で失敗したら、意識が戻るのを待ってもう一度すればいいだけの話でもあるか。

 と、そこまで考えたけど、一人邪魔な人間がいたな。いや、別に現段階で邪魔ってわけじゃないけど、あたしが身体を取り戻すだけなら何も問題はないけど、記憶を取り戻したあとに邪魔になりそうな人間が。あたしの王国を創るにあたって障害となる人間が。

 関孝太郎、あいつだけは早急に始末しておいたほうがいい。

 仮にあたしが本来の肉体を取り戻したときに、彼はそれで納得してくれるだろうか? いいや、無理だね。不知火雪とは七年間も一緒に過ごしている。たった数ヶ月過ごしただけのあたし――この身体よりもあいつを優先するに決まっている。

 あたしが身体を取り戻す前に決着をつけておいたほうがいい。もしあたしの今の身体があたしの元の身体に手を出しているところに出くわしたら、あの屈強な身体に勝てるはずがない。

 だが、それでも不知火雪と関孝太郎に手をかけるのにインターバルはおけない。もしあたしが関孝太郎を殺しても、それがあたしの身体の不知火雪にばれたら逃げるに決まってる。手間がかかる。二人に手をかけるのなら短期決戦になる。

 まずは、関孝太郎が帰ってくるのを待つ。そうだな、じゃあついでに無意識下であの機械を作動させたらどうなるのかってのを試してみるのもいい。それならコンピュータールームに呼び出したほうがいいのか? そんなにひょこひょこついてくるとも思えないな……あのPってやつの口車には乗らなかったらしいし。あれで意外と警戒心は強そうだ。いくらあたしでも、あたしが記憶のないふりをしていても、いきなりコンピュータールームへ来てくれと言って来るかはわからない。やはり別の場所で気絶させて連れて行くのがいいか。じゃあエレベーターの近くだな、どちらにしろコンピュータールームにはエレベーターでしか行けない。

 関孝太郎に対していくら力では勝ち目がなさそうだろうと、勝算がないわけではない。あたしよりもガタイのいいやつを殺したことなんて何度もある。相手を油断させてからの不意打ちが基本戦法だった。あたしの見てくれを利用して殺す。そりゃあ見た目は可憐な少女。隙を見せればロリータコンプレックスを抱えたおっさんどもが寄ってくる寄ってくる。

 そこを背後からガツン! ブスッ! 非力なあたしでも武器を使えば一撃よ。

 よし、まずは関孝太郎が帰ってくるのを待つか。昨日出て行ったから、もう帰ってくるはずだ。

 自分の身体が帰ってきたときのことを考えて、あたしは眠りに就く。

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