16

 気がついたら私はコンピュータールームのモニターの前に座っていた。

 握りしめた手の中にはわたしの番号、そして彼女の番号が書かれた紙がある。

 私は自分の記憶を奪った人間を探していた。それが、どうして彼女に行き着くのか。

 そんなの、答えは決まっている。

 彼女が犯人なのだ。私の身体の記憶をインストールしたのは不知火雪――いや、彼女なのだ。

 つまり、不知火雪とは本当は私のことで、決して彼女のことではないのだ。

 クラスメイトに罪を着せられたのは彼女ではない、私なのだ。

 ああ、何ということだろう。彼女はこのことに気づいているのだろうか。この事実を知っているのだろうか。

 もしかして不知火雪は記憶をインストールした段階で、自分の身体ではないことに気づいていたのではないか。身体そのものが変わってしまっているのだ、違和感はあるだろう。その七年後、記憶を奪われた私が突然現れた。そこでもしかしたら気づいたのではないか。記憶を取り違えたことに。

 想像はいくらでもできる。だが、真相はわからなかった。彼女に直接聞かなければわかるはずもない。

『Z08921003』で検索して彼女の記憶を呼び起こす。これが彼女の記憶。彼女の脳にインストールされるべき記憶。

 目覚めたばかりの彼女に何が起きたのか。誰もいない世界で、彼女は何をしたのか。棺桶に刻まれた自分の番号を逆さに見てしまったのか。とにかく自分の記憶を、このコンピュータールームで記憶をインストールした。ほとんど考えるだけの知識もない脳を、知恵を絞って、誰の助けもなく、彼女は一人で生き抜こうとした。

 誰が彼女を責めることができるだろうか。私にはできない。彼女は私の記憶を奪ったが、決してわざとではない。わざとできるはずがない。誰かの記憶を適当に、という理由でここまで偶然が重なるとも思えない。ただ単純に、見間違えたのだ。

 彼女にどう言えばいいだろうか。そもそも伝えるべきなのか。彼女は私の記憶で七年間も過ごしてきたのだ。今更、それは私の記憶です、と言ったところで何が解決するというのだろう。

 カーソルを『Z08921003』の上に持ってくる。

 腹は決まっていた。

 彼女が私になったのなら、私は彼女になればいい。名前の無いまま、私は誰ともわからぬまま、この荒廃した誰もいない世界を生きていくぐらいなら、誰かになれたほうがいい。自分が欲しい。名前が欲しい。それが本音だ。

 彼女の記憶をインストールしたとして、私が過ごしてきたこの数か月の記憶は消えるのだろうか。上書きされ、私はまた目覚めたところからやり直すことになるのだろうか。

 そのときは彼女に頼ればいい。彼女――不知火雪に頼ればいい。私は私を見つけたと言い、もう一度最初からやり直せばいい。

 記憶を自分にインストールする装置を確認する。黒い一人掛けソファに、重々しい装置が取り付けてある。

『Z08921003』でエンターキーを一回押す。

『インストールしますか?』とその下に『YES/NO』と表示される。

 深呼吸をした。これから、私は、彼女になる。

『YES』を選択する。

『180秒後にインストールを開始します……規定場所に対象者が現れなかった場合、自動的にインストールを中止します……』

 規定場所とはあの椅子のことだろう。

『180』と数字が表示され、一秒毎に数字が一ずつ減っていく。

 急がねば。いや、急ぐ必要はない。失敗したら何度でもやり直せばいい。時間はたっぷりある。

 椅子に座る。ヘッドギアを手に取る。これを頭に装着すればいいのか。外部に針のような棘のような突起物が大量についている。まさかこれが突き刺さってくるのか、痛みを感じるのか。もう少しこの装置について経験者に話を聞いておけばよかった。だが今更誰かを頼るつもりはなかった。

 覚悟を決めて頭に嵌める。ずしりと頭が重くなる。ウィンと機械音がしてヘッドギアが自動で動き始める。顎にひんやりと冷たい感触があり、がっしりと固定された。視界は完全に遮られ、目の前は真っ暗になった。口元も固定されて呼吸ができない。腕と足も固定された。

 あと何秒だろう。一分? 二分? それともあと数秒か。

 ヴヴヴとヘッドギアが振動しているのがわかる。記憶のインストールはいつ始まるのか――と思ったところでプシュ、と空気が抜けるような音がして。

 そして――

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