14
何か周期的なものがあるのかはわからないが、不知火雪が目覚めた後、大体一年に一人の割合で凍刑の冷凍睡眠装置から凍刑囚は目覚めた。彼女が目覚めてから七年間ずっとそうだった。関孝太郎は不知火雪の目覚めの二年後、三人目の覚醒者として凍刑から解放された。
目覚めた人間は大抵、最初は混乱したりするものの、最終的には現実を受け入れ、この世界で生きていくことを受容した。
一昨年の覚醒者まではそうだった。
昨年覚醒した男は、他の覚醒者たちとどこか違った。ずっと名前を名乗らなかったので、番号の頭文字からPと呼んでいた。覚醒して記憶を取り戻してから、しばらくは無口で誰の相手もしようとしない人間だった。他の六人は、まだ現実を受け入れることができていないのだろう、我々に気を許し共に生きていく決意ができるまで気長に待とう、と特に気にしていなかった。
状況が一変したのは彼が目覚めてから一か月ほど経ったときだった。Pは、食事のときに、隠し持っていたナイフで隣にいた人間を刺殺してしまった。死んでいなければ彼にも治療の余地があったが、Pの刺した場所は急所で、ほぼ即死だった。Pは関孝太郎ともう一人の男によってすぐに取り押さえられ、第一種凍刑囚を収監する監房に全身を拘束して幽閉された。
Pはしばらく暴れ、わけのわからない言葉を叫んでいたが、二、三日して急におとなしくなり、ぽつりぽつりと予想だにしなかったことを話し始めた。
「ここは未来じゃない、俺たちは眠ってなんかいない」と。
彼が言うには、ここははるか未来ではない、現代のとある施設で、創られた世界。ありとあらゆるところにカメラが仕込まれていて、自分たちを観察している。一種の心理学実験が行われているのだ、と。自分はそこの元研究員で、ヘマをやらかしてこの施設内に入れられることになったが、詳しい記憶は消されていてわからない、と。じゃあなぜ仲間を殺したのか、と尋ねると、わからない、身体が勝手に動いた、もしかしたら何か外から遠隔操作をされたのではないか、と。外の人間が我々に殺し合いをさせようとしているのではないか、と。
誰も彼の言うことを信じようとはしなかった。耳を貸そうとはしなかった。
「脱出方法を知っている」
突然Pが言い始めた。
「街の南方から砂漠へ。砂漠を進むと壁に突き当たる。そこの壁のどこかに外へ出られる扉がある」
関孝太郎はこれも戯言だと切り捨てた。だが、一人の人間がこれに興味を示した。
Pは俺だけでもこの世界から出ていく、と言い、独房から出すように要求してきた。その興味を持った男も他の人間に頼み込んだ。
早急にこの建物から出ていくこと、街の端までは拘束して関孝太郎の監視の下にあること、二度とこの街へ戻ってこないことを条件に、最終的に外へ出ることを認めた。
関孝太郎とP、そしてもう一人の男は即日出発した。街の端まで丸二日かかった。その間、関孝太郎はPに銃を突きつけ、Pは両手を後ろで縛られた状態だった。
街の端でPの拘束を解く。「振り向きもするな」と念を押し、関孝太郎はその二人を見送った。見えなくなるまで街の端で佇んだ。見えなくなっても、もしかしたら帰ってくるかもしれないと警戒し、次の次の朝日が昇るまでその場で待機していた。彼らは帰ってこなかった。
建物に戻り、一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎる。いつまで経ってもその二人は戻ってこなかった。
そこで今度は、関孝太郎と不知火雪以外の二人がPの話は本当だったのではないか、と思い始めた。
その二人の行動は早かった。いくら止めても行くと言って聞かない。関孝太郎にその考えを打ち明けた三日後には南へと旅立って行ってしまった。
以来、関孝太郎と不知火雪は二人で暮らしている。Pの話が本当だったのか虚言だったのか、今でも二人にはわからない。
「あいつの仮説が正しいのなら、この砂漠の先に終わりがある。どこかに出口がある。現にあの四人は帰ってこなかった」
――あなたはその話を信じるのですか。
「まさか。信じてたらこんな場所にいねえよ。あいつらはどこまでも続く砂漠の世界でのたれ死んだか、それともここ以外に別の安住の地を見つけたか、どっちかだろうよ。まあ、現実はそんなに甘くないだろうけどな」
何かが起こって、世界が滅んだ。人間がいなくなった。ただそれだけのことさ、と。怪しげな研究室も怪しげな研究者も怪しげな実験も俺たちにとってはリアルじゃない。俺たちのリアルは今こうしてこの場にいるという事実だけだ。
背後に現れた太陽のほうへ視線を向けながら関孝太郎は言った。
その日以来、私は昔の話を聞くのをやめた。関孝太郎も自分から話そうとすることはなかった。
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