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関孝太郎は次の日まで建物内で何かしら作業をしていて、その次の日には荷物を持って街へと繰り出していった。彼が外に出る目的は、食料の調達と、街の散策らしい。基本的に一日程度で帰ってくるらしいが、長いときは一週間以上帰らないこともあるそうだ。
彼に街の地図を見せてもらった。私たちのいる建物は街の西側に佇んでいた。街を出るにはさらに西へ十数キロ行かなければならないらしい。
街の名前は『穏』という。地図で見ると縦に長い街だった。
建物周辺の地図はないのか、と尋ねてみた。すると、不知火雪がコンピューターのデータに入っていた地図を、建物周辺を拡大したものを印刷してくれた。
目覚めてから五日が経過した。私はとりあえず自分の目で色々なことを確認してみることにした。
まずはエレベーターでしか行けない睡眠室と食料庫、倉庫に行ってみた。
睡眠室のコールドスリープ装置――棺桶が整然と並んでいるのを見る。自分の入っていた装置はどれだろう、と探してみる。しばしの暇つぶしだ。探すのに骨が折れるかと思っていたが、案外そうでもなかった。自分が目覚めた大体の位置を不思議と覚えていたからだ。棺桶の横に設置されたモニターは触れるだけで勝手に起動するので手間はいらない。『E00156802』と表示されたらそれは私の装置だ。二十一個目で見つかった。
画面に映る顔は確かに私のものと同じ顔をしていた。鏡で見た私の顔とほとんど変わらない。年齢は十五歳くらい。だが、それを見ても何も思い出すことはない。ただの記憶喪失ではないからだ。
棺桶状の装置を注意深く観察する。棺桶の側面を見ると、『208951003』と刻まれていた。おや? と思わず声に出す。しばらく思案して、それが逆さから見たものだと気づく。頭側から読むと『208951003』となるが、足側から読むと『E00156802』となるのだ。
十三個隣に使用中の装置があった。棺桶の蓋は閉まっていて中は見えない。モニターを起動させる。『G00331978/2074/05/05』と表示された。その他詳細情報も下から上へ流れていくが、何が書かれているのかはほとんどわからなかった。私より少し年上くらいの少女の顔写真が映し出される。この中にこの少女が入っているのかと思い、顔を上げて棺桶を見遣る。すう、と棺桶が透明になった。一糸纏わぬ姿の、ディスプレイに映された少女と同じ顔の少女がそこで横になって眠っていた。まるで少女が宙に浮いているみたいだ。
この少女も何か罪を犯して凍刑の判決を受けたのだろうか。いつか目覚めるときが来るのだろうか、とふと考える。そうしたら、自分の記憶をインストールするのか。
自分の記憶――
あの後もう一度、不知火雪に付き添ってもらって、私のデータとしての記憶を調べ直した。そして、結局見つからなかった。
最初から記憶がなかったとは思えない。
答えはやはり一つ、誰かに盗まれたのだ。
――誰に?
それもまた確かめる術はないし、今は思いつかなかった。
「第二の人生として新たな自分を創っていけばいい」と関孝太郎は私に笑いながら言った。私を慰めているのだろうか。本当の私を喪失した私を。
棺桶が徐々に曇ってまた中が見えなくなる。一定時間操作しないと自動的にまたモニターはスリープ状態へと戻るのだ。
いつか出会うかもしれない少女に心の中で別れを告げ、その場を離れた。
食料庫は地下二階。不思議な空間だった。私の身長の二倍近い高さの棚がずらりと並んだ、一見いたって普通の倉庫のようだった。棚には薄い膜のようなものがかかっている。腕は膜をすり抜ける。膜の向こう側には様々な食料がある。この膜は何だろう。触れている感触がない。破れもしない。私の人口記憶にないということは、おそらく私が眠った後にできた食物を保存する新技術か何かなのだろう。
地下一階の消耗品の倉庫も似たよう造りだった。
建物の他の階も確認してみる。概ね不知火雪に聞いた通りの構造だった。四階から九階は全て似たような造りの部屋。私が現在就寝している部屋と同じものだった。十、十一、十二階は部屋、というより牢屋と表現したほうが正しいものだ。頑丈な鉄格子、鉄の扉、中も無機質な金属質、鉄パイプのベッド。トイレも部屋の中にあった。部屋によっては鉄枷がオプションでついているところもある。
二階に気になる部屋があった。他の部屋よりも白くて広く、落ち着いた雰囲気の部屋だ。ベッドがいくつかあり、一番奥には卵型の半透明のカプセルがあった。棺桶と同じようにごちゃごちゃと多数のコードが延びている。そのときは正体がわからず、後日不知火雪にこの装置が何なのか訊いてみた。
「治療用のカプセルだよ。その中に傷ついた人を入れて装置を起動させると、中が透明の液体で満たされて傷がたちまち治っちゃうんだ。あんまり使わないけど、たまに孝太郎さんが大けがで帰ってくることがあるからね。そのときには活躍する。医学の知識がなくてもマニュアルを読めば治せちゃうんだ、すごいよね」
不知火雪が示したマニュアルを読むと、私にも扱えそうだった。
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