8
二日後の朝、私は扉が勢いよく開く音で強制的に眠りから引き剥がされた。
慌てて飛び起きて扉のほうを見遣る。大きなシルエットが視界に飛び込んできた。ひっと声を上げると、その影はずかずかと部屋に入り込んできて私の目の前に立ちふさがった。
「お前が新しく目覚めたってやつか」
低い声で凄み、その男はぐっと私に顔を近づけてくる。髪も髭も手入れをしていないのか、伸び放題でぼさぼさだった。顔の彫りは深い。がっしりとした体格だった。
「返事くらいしろよ」
凄まれたので、はい、と小さく返事をする。
「ああ、そんな怖がんなって。よお、初めましてだな。俺は関(せき)孝太郎(こうたろう)ってんだ。唯二の覚醒者のもう一人と考えてくれりゃあいい」
――覚醒者のもう一人?
「ああ。ん? 話に聞いてないか?」
――いや、たぶん、昨日雪さんと話しているときにちらっと……。
「おう、そうか。その生き残りだぜ。まあ、積もる話も……あるか? ないか? まあいいや。そろそろ昼だぜ。食堂で話そう、昼飯でも食べながらな」
関孝太郎は私の手を掴むと、ぐいっと引っ張って立たせ、そのまま私の手を取って食堂まで連れて行った。不知火雪と比べてかなり強引な人間だと感じた。
食堂にはすでに食事が用意されていた。テーブルの上に並べられた食事には昨日一昨日のものと大きな違いがあった。
肉料理だ。今まで野菜を使った料理しか出てこなかったのに。
唖然として眺めていると、関孝太郎がふふんと鼻を鳴らした。
「俺が獲ってきた。人間はいないが、動物はそこら中にいるからな」
――狩りに出ていたってことですか?
「ん、ま、そうだな。雪が野菜を作って、俺が外で肉を調達してくる。自給自足だ。何とかなるうちはなるべく地下に保存されている食料に手は付けたくないからな。パンだとか米だとかはどうしてもそれを頼らざるを得ないけど」
不知火雪が奥から出てくる。
「あ、起きたんだ。おはよう」
おはようございます、と挨拶を返した。
「孝太郎さんは六日ぶりに帰ってきたからね。久しぶりじゃない? 四日以上もここを離れていたのは」
「そうだな。ここ数か月はこの周辺でぶらぶらしていたからな。ちょっと今回は遠出して街の南の端のほうまで行ってきた」
まあ、座れよ、と関孝太郎が勧めてくる。勧めに従って私は彼が引き出した椅子に座った。
皿の一つを指差し、これは何の肉か、と問いかける。
「鹿……じゃあないかな。俺はあの動物は鹿だと認識してる。もしかしたら俺たちが寝ている間に進化したり退化したりして別の種になってしまっているかもしれないが。数百年じゃあ生き物ってそんなに進化しないだろ、たぶん」
――美味しいんですか?
「そりゃあ人それぞれじゃねえか? 俺は好きだぜ、筋張っちゃあいるけど」
「僕はそんなに好きじゃないね。孝太郎さんの獲ってくるあのぷりぷりに太った鳥のほうがよっぽど美味い」
「あれと比べんなよ。あれはめったに獲れない貴重品だぜ? 鹿は群れで行動していて数が多いから仕留めやすいんだよ。大体、俺が狩ってきてんだ。文句言うなら食べるな」
「やだね。食べる。僕だって動物性蛋白質を欲しているんだ」
彼女は私の向かい側の席に腰かける。関孝太郎は私の二つ隣りに座った。
いただきます、と言って不知火雪はサラダから手をつける。関孝太郎は何も言わず、皿に盛られた肉を頬張る。私も小さくいただきますと言って箸を手に取り、肉をつまむ。ただ焼いただけのものらしかった。最低限の塩胡椒で味付けされている。硬い。肉の臭みが残っている。お世辞にも美味しいとは言えない。苦い顔をしていると、関孝太郎が「口に合わなかったか。無理して食べなくていいぞ」と言ってくれた。だが、これは彼がわざわざ外に出て獲ってきたものだ。そして調理をしてくれた不知火雪にも申し訳ない。大丈夫です、と言ってもう一つ肉の欠片を口に放り込む。
――関さんも凍刑囚なんですか?
味の薄いスープで口直しをしながら関孝太郎に問いかけてみた。
「孝太郎でいい」
彼は早々に食べ終わったらしく、箸で空になった皿をコンコンと叩いている。
「そうだ、俺も凍刑囚だ」
どうして凍刑囚になったのかを訊こうとしたところで不知火雪に遮られた。
「ここは凍刑囚の施設だ。データ上もそうなっている。一般人向けのコールドスリープを行っている施設はもっと別の場所にある。ここで目覚めた限り、僕も孝太郎さんも、そして君も紛うことなき凍刑囚だ」
「一般の施設はここから南方三キロくらいのところで見つけた。だが、そこのコールドスリープ装置はどれも起動していなかった。そして、中に人がいるものも一切なかった。そもそも電力が通っていなかった」
この施設だけ街のシステムから乖離してんだよ、と関孝太郎は言う。
――孝太郎さんはいつから目覚めてるんですか?
「俺か? 俺はだいたい五年くらい前かなあ。雪ともう一人別の人間がいて、そいつらの誘導で記憶を取り戻した」
「一年に一人ぐらい、目を覚ます人間がいるんだ。システムの不備か、それともそういうシステムなのか……機械に詳しくないから調べられないんだけど」
――じゃああなたたち以外にも凍刑から目覚めた人間がいるんですか?
「いるよ。あと五人いた」
――過去形なんですね。
「そうだよ。何度も言うようにこの建物……いや、この街には僕たち二人以外は覚醒している人間はいない。あ、君もいるから三人か。そうだろ? 孝太郎さん」
「ん? ああ、この五年、おそらく街の隅々まで見て回ったが、どこにも人の気配なんてありゃあしねえ。動物王国さ、ここは」
――その五人ってのはどうしたんですか?
「…………」
なぜか二人とも口を噤んでしまった。
「逃げ出したんだよ、あいつらは」
――逃げ出した?
「そう。まあ、その話は今度しよう」
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