飛行機のトイレ

マグロの鎌

第1話

 俺は今、飛行機の中にいる。座席は16のH、エコノミーだ。隣には母と父がいる。一般的な家庭なら何年かに一度ぐらいかはあるような光景だろう。もちろん、俺が生まれた家庭は極貧家庭だったり、片親だったりといった問題はなかったため、今回飛行機に乗っているのもただの旅行のためだ。人身売買とかで中国に向かっているわけではない。

 そんなことより、今俺は人生最大のピンチに直面している。飛行機でのピンチと言えば墜落やハイジャックを思い出すかもしれないが、さすがにそんな命に関わることではない。しかし、男としては命よりもピンチなのかもしれない。なんでかって⁉︎それは、俺は今最高にムラムラしているんだ、この高度1万メートルで!それもそのはず、俺は昨日まで鍼灸の掛かった期末試験期間中だったため賢者になることなく徹夜して勉学を勤しんでいたのだ。まぁ、その甲斐もあって出来栄えとしては八十点といったところだ。

 しかし、どうしたものか、このムラムラを抑えるにはやはりあれしかない。そう、自慰行為だ。このまま寝ちまえばいいだろうとも思ったが、今のこのムラムラ具合からして、一発スカッとしないで寝てしまったら間違いなく夢精コースだこれは。もし、飛行機の中で、しかも、親の隣なんかで夢精しようものなら、俺の人生は終わりだ。びしょびしょに濡れた下半身を親からはこれから蔑んだ目で見られ、周りの人たちからは軽蔑の目で見られる。ん?蔑むと軽蔑ってほとんど同じ意味だな。まずい、俺の思考力は性欲によってここまで低下しているというのか?とにかく、今すぐトイレへ!

 俺は慌てて立ち上がり、飛行機のトイレへと向かった。ありがたいことに、親は二人とも熟睡していたため、トイレに行くことはバレていないようだ。べつに、トイレ自体悪い行為ではないのだが、自慰行為をしに行くとなると、どこか後ろめたい。

 

 トイレに入るとすぐに俺は自分のズボンを下ろした。すると、大きくなった我が息子が下着から少々はみ出ているではないか。

 「まずは、自慰行為防止用に尿道にいれたピンポン球を抜いて。」

 俺は自分の尿道に指を突っ込み、器用に爪を使い、ピンポン球を外へかき出した。少々痛みを伴うが慣れたものだ。ちなみに、尿道にピンポン球を入れる行為は中学に入ってから行っている。それまでは、よくビー玉を入れていた。我ながら歪んだ性癖だと思う。まあ、それに気づいた頃は物心ついた後で、すでに歯止めは掛からなくなっていたがな。

 ピンポン球を抜いて、便器の後ろの五十センチぐらい上にある、荷物を置くために作られてであろうちょっとした段差となっているところにピンポン球をおいた。そして、置いた瞬間、俺の理性は爆発し、手を自分の息子へと持っていき、後は定石通りといったとこだ。

 一発出し終わり賢者となると、俺は飛び散ってしまった自分の精液を拭くためにトイレットペーパーを手にして便器の周りを掃除した。賢者となると、なぜか無駄に思考がさえ、自分の行為の愚かさを理解し、申し訳ないと、恥ずかしいと言った気持ちで胸がおっぱいになった。おっと、まだ少し性欲が残っているようだ。さすがに一週間は溜めすぎてしまったかな?

 「よし、拭き終わったことだし、後はトイレットペーパを流してと。」

 自分の思考をかき消すようにそう呟き、俺はトイレットペーパを便器の中に投げ入れた。そして、流そうと便器の後ろのレバーに手をかけた。すると、次の瞬間、飛行機が握ったレバーを押し込んでしまうほど大きく揺れた。その揺れの反動で俺は後ろへ倒れそうになった。しかし、後ろに倒れそうになりながら俺はピンポン球が便器へと綺麗に落ちていくところが目に入ってきた。そして、それと同時にレバーの横の「トイレットペーパ以外流すな」と書かれた貼り紙も目に入ってきた。それを見た俺は一瞬で「もし、ピンポン球がこのまま上手に流れず、途中で詰まってしまったら、俺の自慰行為はバレてしまうのでは⁉︎そしたら、今までバレずに苦労したことが無駄になる!」と言った考えに至った。そして、そんな結末だけはなんとか阻止しようと、俺はピンポン球が便器に入る前にキャッチしようと、左足で倒れそうな体を踏ん張らせ、なんとか右手を便器の方へ出した。が、すでに時遅し、ピンポン球は吸い込まれるように便器の中へと落ちていく。そして、何を思ったのか、俺は腕を便器に突っ込ませピンポン球を取ろうとしたのだ。その甲斐あってなんとかピンポン球を手にすることができた。安堵した俺だったが、その直後に絶望するのであった。

 「嘘だろ。腕が抜けない……。」

 そう、なんと腕が抜けなくなっていたのだ。慌てた俺はなんとか腕を抜こうと足を便器にかけ後ろに思い切って体重をかけたり、腕を回してネジのように抜けないかと試みたりした。しかし、こういったときに限って成功しないのである。次第に、冷静さを取り戻してくると、腕が折れていることによる痛みと、生温い人糞の感触が腕を伝って脳へやってくる。

 「ぎゃあー、痛い、痛い、痛すぎる!それになんだこの感触!最悪だー!」

 俺はその痛みと感触に耐えきれず叫んでしまった。そして、その叫びはトイレの中だけでなく、客席までにも響いたと言う。


その叫びを聞き、一人のCAがトイレに駆けつけた。

 「お客様、どうなさいましたか?」

 「い、いやなんで……」

 いやまて。この場合助けを求めることが一番の策なのではないか?自分でいくらやっても抜けなかったわけだし、もしかしたら、俺ごと引っ張って貰えば抜けるかもしれない。

 「すみません、やっぱり頼んでもいいですか?」

 「大丈夫ですよ。あの〜、もしかして中に入ったほうが良いですか?」

 くっ、背に腹は変えられぬ、覚悟を決めるか。

 「お願いします。」

 そう言って左腕で鍵を開けると、ガチャといった効果音ととも扉が開いた。そして、CAは俺の羞恥を目にしたのだ。一瞬彼女も俺の状況に理解できず固まっていたが、理解すると、叫ばないように手で口を覆った。

 「すみません、こういう状況で……。」

 俺は恥ずかしさのあまり、彼女の顔を見れず下を向いたままそう言った。

 「わかりました。そういうことですか……。」

 彼女は唾を飲み込み一呼吸置いて冷静さを取り戻した、と思ったが次の発言と行動で全く冷静ではないことがわかった。

 「では、腕を切り落としましょう。」

 「そうですね、こうなってしまえば……、腕を切り落とす⁉︎いやいや、待ってくれ、なぜいきなりその考えになるんだ⁉︎もっとほかに、方法が……」

 バリィィーン!

 俺の言葉を遮るように鏡が割れる音がした。そう、彼女はトイレの鏡を叩き割り、その鏡の破片で彼の腕を切り落とそうとしているのだ。

 「いやいや、待ってくれ!それだけはご勘弁を!」

 「一瞬で終わりますので、踏ん張ってください。」

 そう言いながら一番大きな鏡の破片を拾いあげ、俺の肩の上へ置いた。そして、狙いを定め終わると彼女は腕をゆっくりと上げ、一呼吸置いて一気に振り下ろした。振り下ろされる間俺は「こんなもので腕が切れるわけがない。」と思っていたが、その予想は外れた。

なんと、俺の体から腕はきれいに切り離されてしまった。

 「(ぎゃあー、痛い、痛い、痛すぎる!いやいや、痛いってもんじゃない、死ぬ、死ぬー。)」

 俺はさっきよりも大きなこえで叫んだ。しかし、その叫びは痛すぎた故、人間の聞き取れる高音域を超越した。そのため、客席のほとんどの人には聞こえなかったであろう。

 「ふ、ふざけるな!俺の、俺の腕を返せ!」

 痛みが和らいで、普通に喋ることが可能となってきた。

 「ああ、そうですね。腕を抜くことがあなたの願望でしたよね?」

 そう言うと、彼女は便器の中に刺さったままの腕を掴み、引っこ抜いた。引っこ抜かれた腕は、人糞まみれで今まで嗅いだことのない悪臭をその場に解き放った。ちなみに、手はピンポン球を掴んだままだった。

 「はい、どうぞ。」

 彼女はそう言って腕をこちらに差し出した。しかし、当たり前だがその腕が欲しくて「腕を返せ」と言ったわけではない。

 「い、いるかそんな腕!」

 「えっ、いりませんか……。では、捨ててよろしいと。」

 「はぁ⁉︎何を言っているんだ⁉︎捨てるってどこに?これを外へ持ってたら……。」

 俺の言葉を最後まで聞かず、彼女は腕を便器へと放り投げた。そして、レバーを押し込んだ。

 「いや、いや、待て!便器にはトイレットペーパしか流しちゃいけないんだろ?」

 「えっ⁉︎もしかして、それを守って便器に手を⁉︎大丈夫ですよ、この便器大抵のものなら流せますよ。」

 「えっ……じゃあ、俺がピンポン球のために手を突っ込んだのは、」

 「はい。無意味でございます。」

 俺はなんとも言えない後悔を味わったのだ。

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