第22話 ワープ

 昼休憩になると、弁当を食べた俺は、学校の図書室に向かった。

 いつも遠野は図書室で本を読んでいる。彼は読書が好きだ。俺の知らないことでも、よく知っている。だから、今朝の不思議な現象も、難なく説明してくれるだろう。

「な、遠野。おまえの頭脳で、今朝の怪奇現象を解いてくれよ。期待してるぜ」と俺は彼の肩に手をかけた。

 我らが友人は、校舎の窓から外の景色を眺めてつぶやくように言った。

「不思議だ。実に、不思議だ。氏原君。なぜ、君のような人間が告白されるのか?君にモテる要素はこれっぽちもないのだ。不可思議この上ないよ」

 俺は「友人」という定義を、この世の辞書という辞書から消し去りたかった。

 遠野は首をひねっていた。

「さらに、何よりも奇妙なことは、体が消えてしまったということだ。人体が消失するなんて、まるで手品みたいだ。君の目の前で、明石君子は消失したと言うのだね?そんな現象がありえるかしら?」

「ありえるも何も、俺はこの目で見たんだよ。遠野」


「ひょっとして、君が寝ぼけて、見間違えたのではないか?氏原君」と遠野は聞いてきた。

 俺はそんなことはないと断言した。

「女性の腕をつかんでいたんだ。なのに、消えていなくなってしまった。あれは手品じゃないぜ。遠野」

「ふむ、手品でないとすると、考えられるのは、人体が別次元へワープしたんだ」

「ワープ?」と俺は聞き返した。

 SF小説で聞いたことはある。別の場所へ瞬間移動するやつだ。

 遠野は説明してくれた。

「そうだ。ワームホールというのを知っているかい。かいつまんで言えば、入り口が何でも吸い込むブラックホールで、出口が何でも吐き出すホワイトホールになっている時空間のゆがんだ通路だ。その入り口から入った物体がワームホールを通って、別次元への出口と出るのだ。君が見た女性の消失もそのワームホールに取り込まれたのだよ。氏原君」

「ありがとう。大変わかりやすい説明だったよ」

 俺はホールという言葉だけ聞き取るのでやっとだった。


 遠野は腕組みをした。彼が集中して考えているときにやる癖だ。

 図書室には、彼と俺の二人だけだった。他の人間はいない。

 彼は辺りをうかがって、二人きりだけだと確認すると、ムラサキの話題を出した。

「ところで、上野ムラサキは元気で小学校に通っているのかい?氏原君」

「ああ、もちろん。それがどうした?遠野」

「その明石君子という謎の女は、上野ムラサキが君の娘であることを知っていたのだ。知っていたとすれば、通っている小学校の関係者かもしれないよ」と遠野が言った。

 しかし、俺はかぶりを振った。

「いや、小学校は関係ないかもな。学校には、俺の父親がムラサキの保護者だということにしてあるからな。家庭訪問も授業参観も父に出てもらったんだ」

「そうか。だとすれば、無関係だね」と遠野はがっかりしたように言う。


 遠野は立ち上がった。

「この際、ワープについては脇に置いておこう。他に考えられるのは、ストーカーだ」

「ストーカー?」

「君のことを好きになってしまったストーカーが、君に愛の告白をして、どこかへ去ったとも考えられる。上野ムラサキのことは君を尾行して、君の家を調べたから知っていたのだ。喜べ。氏原君」

「喜べないんだが。遠野」と俺はとっさに返した。

「ストーカーだったら、また、やってくるぞ。そのときに、真相を聞けばいい。これで事件解決だ」


 人ごとだと思って、遠野はのんきなことを言う。

 俺は友人(仮)を当てにしたおのれを呪った。

 こういう非常事態に役に立つのが、アオイの並外れた腕力だ。

 ところが、今朝からアオイの姿を見ていない。

「なあ、遠野。妹のアオイは?あいつがいたら心強いんだが」と俺は遠野に聞いてみた。

 遠野はスマホを取り出した。

「妹は、目下のところ、学校を欠席して、山ごもりだ。精神鍛錬の修行だそうだよ。氏原君、アオイちゃんは当分帰ってこないな。それに……」

 遠野が言いよどんでいたので、俺は彼へ促した。

「それに――何だよ?なにか、アオイがいたら、まずいことでもあるのか?」

「氏原君。もし、君が見知らぬ女性から告白されたら、真っ先に、アオイが鉄拳制裁をくらわすのは、君のほうだよ」

 遠野の言うとおりだった。あのアオイならば、ストーカーを取り押さえるよりも、婚約者の浮気をまず疑うだろう。疑ったあげく、俺を殺すに決まってる。

 むしろ、アオイがいないほうがいい。

 俺は遠野にボディーガードを頼もうとしたが、彼は部活で忙しいからと断った。

 つくづく、冷淡な奴だ。

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