第18話 男女交際の契約

 俺は午後5時以降も働いてくれるよう、頭を下げて、末摘花に頼みこんだ。

 とにかく、夕食を作ってくれるだけでもいいのだ。

 それを聞いた末摘花は、しぶい顔を作った。どうやら、返答に迷っているようだった。彼女は、うーんとうなって、次のように言った。

「ご主人様のお願い事は何でも聞きますが……、申しわけないのですけど、こればかりは、どうにもなりません」

「そこをなんとか……頼むよ。末摘花。俺が夕食当番の時だけでいいんだ」と俺は手を合わせた。

 しばらく、末摘花は考えていた。

 ある一つの名案が、彼女の頭に浮かんだのだろう。彼女は俺の顔をまっすぐ見つめ、こう言った。

「そこまで、おっしゃられるのであれば、仕方がありません。午後5時まで働くというのが、私とご主人様の契約だったはずですわ。その契約を見直すと言うのであれば、一つ、条件があります」


 俺は頭を上げた。

「条件?」

「そうですわ。残業の条件として、私とお付き合いしていただきます。ご主人様」

「は?」と俺は聞き返した。

 俺が戸惑っていると、末摘花はくすくすと笑った。「ご主人様がこの私と男女交際するのでございます。それが5時以降、夜間に働くための条件です」

 彼女は、うぶな俺をからかっているのだ。俺は顔の表面がカッと熱くなるのを感じた。

「……どうやら、条件が折り合わないようですね。残念です。うふふ」ともう一度、彼女はいたずらっぽく笑った。


 そのとき、二階から「ダーリン、帰ってきたの?」と問いかけるアオイの声が聞こえてきた。

 俺は、心臓が胸から飛び出そうなくらい、驚いた。

「末摘花、お前、アオイがいるなら、いるって言えよ」

「ご主人様が帰ってくる前に、アオイ様がお見えになりましたので、お部屋へお通ししました。何か、まずい事でも、おありでしたか?」ときょとんとした顔で、末摘花は聞いてきた。

「もちろんだ。まずい事が、おありだ」


 アオイに今の会話を聞かれていたら、それこそ、浮気だと疑われるに違いないだろ。交際しろだなんて。

 俺は末摘花に、今の話をアオイにしないよう頼んだ。

 末摘花が了解してくれると同時に、アオイが階段を走って降りてきた。

「ダーリン!会いたかった」とアオイは俺に飛びついてくる。

 俺の体がふっとんだ。着地地点がソファでなければ、固い床に激突していたところだ。

 俺とアオイの体がふわふわとしたソファへ沈み込む。彼女のきたえ上げたはがねの肉体を感じながら、「おい、やめろよ。アオイ」と俺は彼女を押しのけた。


 アオイはあははと笑った。「ダーリンと放課後に会えなくて、寂しかったんだよ。ずっと、あたし、部屋で待っていたんだから」

 もし、彼女の言うとおりだとすると、俺と末摘花の話は聞かれずに済んだらしい。そう考えると、俺はほっとした。

 だが、次の瞬間、アオイの言葉によって、俺は天国から地獄へと突き落とされた。

「ダーリン、このかわいいメイドさんは、ダーリンのことが好きなの?ひょっとして、浮気してない?」

 そう言いながら、アオイは俺の顔をまじまじと見た。

 動揺どうようした俺は、「な、何を言ってる!そ、そんなわけがないだろ!」とうろたえながらも、彼女の言葉を必死になって打ち消した。

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