第16話 地獄の饗宴

 今日の食事当番は俺だった。

 それを思い出して、俺は冷蔵庫の中身を見る。幸いにも、食材は家政フがそろえてくれていた。なにしろ、急に家族が増えたからな。

 俺が料理の下ごしらえをしていると、台所へ月夜が入ってきた。

「手伝おうか?私、こう見えても、料理は得意なんだよ?」

 俺は手伝ってもらうことにした。

「サンキュー。義姉さん。ジャガイモの皮むきを頼むね。ところで、今日は泊まらずに家へ帰るんだろ?」

 彼女はうつむいた。そして、意を決し、俺に向かって、こう宣言した。

「私、家出してきたの。だから、当分は家に帰らないつもり。おじさんとおばさんには話を通したの。荷物も持ってきたし。スーちゃんには頭を冷やしてもらわなきゃね」


 こうして、俺の家に、新しい同居人が増えた。

 義理の母、義理の姉、義理の娘という義理づくしに、同い年のいとこもいて、家はにぎやかになった。

 うらやましいか?うらやましいだろ。

 だけど、そうじゃない。考えてみれば、わかることだ。

 実際には、20歳の社会人の母、実年齢24歳ながら見た目も頭も14歳の中学生の兄嫁、11歳の天才小学生、その上、前世が47歳の未亡人というような16歳の高校生だぞ。

 世代も違えば、考え方も違う。そんな一同がそろって、家で夕食会をやってみろ。

 まさに地獄の饗宴きょうえんとはこのことだ。


 会話のテンポが速すぎる。一分ごとに一回、話題が変わるのだ。それなのに、話題が尽きることなく、女たちは食卓で話し続ける。

 俺の頭がその会話についていくことはできない。何か、意見でも言わなければと思ったら、もう次の話題に移っているのだ。

 とりわけ問題なのは、俺が話題にのぼったときだ。

「今朝見た美人が、あなたと婚約した遠野アオイって子でしょ?」と月夜が俺に聞いてきた。

「確かに、あの子がアオイだけど、婚約はまだしてないぜ。義姉さん」

 そう俺が答えると、全員がざわつき始めた。


「――まだ?まだってどういうこと?ヒカルお兄ちゃん。いずれ、婚約するってこと?」と月夜がするどく切り込んできた。

「いや、それは――」と俺は言いよどむ。

 それを聞いていたミヤスコがにやにやと笑う。

「もうアオイとキスまで行ったもんね。ヒカル君」

 ミヤスコが放り投げた手りゅう弾は、食卓で炸裂さくれつした。

 突如とつじょとして、ムラサキが伏して泣いた。「いやあ!お父さま!あんなメカキングコング女と結婚なんてなさらないで!お願い」

 娘の頭の中では、ついにアオイが生物ですらなくなったらしい。もちろん、俺はそのメカキングコング女と結婚するつもりはないのだ。


「おい、まて。ムラサキ。早とちりをするな。結婚するとは――」と俺が言うと、今度は月夜がさえぎった。

「彼女とキスしたって、本当に?」

「それは事実だ。事実だけど、結婚の意思はないし、アオイと婚約もしていない」

「じゃあ、体だけが目当てってこと?ヒカルお兄ちゃん」と月夜の怒りの導火線に火が付いた。

 中学生らしくない発想だが、断じて、彼女の体が目当てなのではない。

「まさか!違うぞ。月夜義姉さん。俺とアオイはきよい関係なんだ。それはもう、富士山からわき出る天然水と同じくらいの清さなんだ」


「ふうん、確かなの?」と月夜は疑わしい目つきで俺を見る。俺のことをまったく信用していない。

 しかし、捨てる神あれば拾う神ありだ。

「私はヒカルちゃんを信じてます」と桐壺が言った。

 俺は感動した。初恋の人が俺を信じてくれているだけで、勇気が心の底からいてきた。

「義母さん……ありがと――」と俺が言い切らないうちに、横からムラサキが俺に抱きついてきた。

「お父様の花嫁になるのは、この私の他をおいてありえません。もう、接吻せっぷんですら済ませてしまいましたのよ。有象無象うぞうむぞうが何人いようと、この氏原ムラサキに対して、勝ち目はありませんわ」


 女子たち全員の食事の手が止まった。

 食卓に沈黙が流れる。

 最初に口を開いたのは、ミヤスコだった。

「――うわ、ヒカル君。養子の娘にまで手を出してたか」

「美少女の小学生に手を出すなんて、これはもう立派な犯罪よ」と月夜がため息をつく。

 月夜の夫も小学生の月夜と結婚したので犯罪者ではないかと、俺はふと思ったが、すでに成人した彼女は合法だったな。


 なんとか、俺はムラサキとの関係が男女のそれではないことを示したかった。ただの親子関係にすぎないのだ。

 その点を力説したい俺だったが、目の前に月夜がいては説得力に欠ける。

 例えば、俺が次のように反論したとしよう。

「小学生と結婚するわけないだろ!」

 すると、当然、次のような反論が月夜から返ってくるはずだ。

「あら、スーちゃんは小学生の私と結婚したじゃん」

 こんなふうにだ。

 俺は腹違いの兄貴をうらめしく思った。


 俺が反論できないでいるのを見かねて、桐壺が助け舟を出してくれた。

「私が見たところ、ムラサキちゃんとヒカルちゃんは仲の良い親子のように見えましたわ。キスぐらいで騒ぐなんて、みっともありません。……さて、このバカげた話はやめにしましょう」

 このツルの一言で、その場はおさまった。

 そのとき、俺の背中から、どっと冷や汗が流れた。

 まるで、桐壺が昨日の晩のキスについて、口止めを求めているかのように聞こえたからだった。

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