第三章 朧 月夜

第14話 中二の兄嫁

 父は三人の女性と結婚した。一人目が先妻の弘徽殿こきでんさん、二人目が俺の母で、三人目が桐壺きりつぼだ。

 朱雀すざくは先妻の子で、俺の腹違いの兄となる。兄の年齢は現在26歳。俺より10歳も年上だ。

 その兄の妻が現在24歳のおぼろ 月夜つきよだ。

 俺が父から聞いた限りでは、彼女らは、小学生だったときに、将来をちかい合った。

 しかし、運命は残酷だった。

 月夜が12歳になると、不治の病におかされた。当時は治療薬がないので、余命数か月と医者から宣告された彼女は、あるベンチャー企業の実験を聞いた。

 その実験はコールドスリープだった。人間の肉体を冷凍保存しておき、未来の世界でよみがえらせる。月夜と両親たちはその実験に飛びついた。未来の世界ならば、治療薬が発明されているかもしれないからだ。


 月夜がコールドスリープ装置で冬眠する前に、14歳の朱雀は「もし、君が目覚めたら、俺は君にプロポーズする」と彼女に約束した。

 そうして、月日が流れて、10年後、病気を治せる画期的な薬が開発されて、彼女は長い眠りから目覚めた。目覚めた彼女の前に、24歳の大人となった朱雀が結婚指輪を持って、現れた。

 彼は約束通りプロポーズをした。

 月夜と朱雀は結婚した。ロマンチックで幸せな物語はこれで終わり……とはならない。


 コールドスリープは人間の成長を止めるものだった。ということはだ、つまり、プロポーズを受けたとき、月夜の肉体は12歳だったということになる。そう、彼女の心と体は、子供のままだったのだ。

 戸籍上の年齢は、22歳だが、当時の彼女は見た目も頭も、12歳だった。大人の朱雀と未熟な彼女との結婚生活は、ほぼ破たんしていた。

 離婚したくても、彼女が頼れるのは朱雀しかいない状況だった。10年もの時は残酷で、彼女の両親はともに亡くなっていた。かつての小学校の友達も就職したり、進学したりして、忙しそうにしていた。


 それから二年後、近くに住む義理の弟の所へ来ては、結婚生活の愚痴ぐちを聞いてもらうのが、月夜の習慣となっていた。

「あいつったら、ひどいのよ!」と中学校の制服を着た月夜は怒る。「ちょっと、門限を破ったくらいで、がみがみと私をしかるの!私はスーちゃんの妻であって、娘じゃない!」

 彼女が言う「スーちゃん」とは夫の朱雀のことだ。

 リビングルームで、食事を終えた俺は、月夜の愚痴に付き合っていた。俺としては、嵐が過ぎ去るのをずっと待つしかなかった。


「ねえ、聞いてんの!ヒカルお兄ちゃん!」

 月夜がテーブルへドンと手を振り下ろした。

「あ、はい。聞いてるよ。月夜義姉ねえさん」と俺は首をすくめて答えた。

「じゃあ、門限について、どう思うわけ?」

「義姉さんは中学2年生なんだから、門限は当然のことだと思う」

 俺は正直に答えた。

 だが、正直者はバカを見るのだ。彼女は眉をつり上げ、「はあ?」と語尾を上げながら怒り狂った。彼女の投げたエアコンのリモコンが俺の方向へ飛んできた。


 桐壺は台所で片づけをしていた。ムラサキは自分の部屋へ逃げたままだ。ミヤスコは引っ越しの片づけがあるからと新しい部屋にこもっている。

 つまり、誰も俺を助けに来てくれないわけだ。

 俺は目の前の地雷をうまく処理しなければならない。地雷を踏んで爆発させたら、また、リモコンを投げつけられる。

「まあ、俺も門限が嫌だった時期があるから、子ども扱いされた月夜義姉さんの気持ちはわかるよ。うん」と俺は同情するふりをした。

「本当に?」と月夜の顔が輝く。

「本当だとも。朱雀兄さんも細かいことでうるさすぎなんだよ。義姉さんが怒っても当然だ」

 彼女は俺へ「ありがとう」とほほ笑んで感謝した。


 よし、機嫌が直ったぞ。

 世界では、紛争地域で地雷の爆弾を処理する専門家がいるらしく、ノーベル平和賞を与えてもよいという声がある。

 地雷を見事に処理した俺にも、平和賞をプレゼントしてもよいだろう。

 機嫌の直った月夜は、顔をニコニコさせながら、俺にこう言った。

「あなたって、本当にスーちゃんの若いころに似てるのね。あなたと結婚すればよかったな。私と年が二歳しか違わないもの」

 おいおい、地雷がむっくりと立ち上がって、こっちへ向かってきたぞ。

「冗談はよしてくれよ。義姉さん」と俺は向かってくる地雷の回避を試みた。


 彼女は何も言わず、じっと俺の顔を見つめていた。

 俺は背中から冷や汗を流していた。最善を尽くしたはずだ。俺の方法に間違いはなかったはずなのだ。

「ばかね」と彼女は一言言うと、俺へ自分の顔を近づけた。そして、きゃはは、と笑った。「ああ、面白い。ヒカルお兄ちゃん。そうよ――さっきのは冗談よ」

 それを聞いて、俺は胸をなでおろした。

 しかし、月夜は急にまじめな調子でこう告げた。

「でも、ヒカルお兄ちゃんがスーちゃんに似ているのは事実よ。異母兄弟であっても、あの人の面影おもかげがあるもの。だから、好き」

「え?それって――」と俺は聞き返したが、彼女は何もなかったかのように、別の話題に切り替えた。


 それから、ひたすら夫の文句を言い続けて一時間ほどして、桐壺にうながされた月夜はシャワーを浴びた。彼女は自分が寝る所となった桐壺の寝室へ入っていく。

 そのあと、俺は熱い風呂に入って、自分のベッドへもぐりこんだ。疲れていたので、すぐに眠りに入る。

 さて、夜ふけすぎのことだ。

 俺は急に目が覚めた。というのは、俺の部屋で、人の気配がしたからだ。

 暗いので、侵入者がだれなのかはわからなかった。俺は侵入者の目的が知りたくて、目をつむり眠ったふりをした。

 何をやっているんだろう?

 そいつは俺の所へ一直線にやってくる。

 強盗ではなさそうだ。シャンプーのよい香りがするので、女ではないかと俺は考えた。


 侵入してきた謎の女は、俺の顔へ自分の顔を近づけたようだった。

 謎の女の鼻息が、俺の顔面に当たる。

 すると、その謎の女が俺へ唇を押し当ててきた。唇の感触に俺はびっくりした。驚いたが、俺の目は恐怖で開かない。

 キスをし終えると、謎の女は急いで俺から離れていった。ドアの開く音がした。

 俺は片目を開けて、だれもいなくなったのを確認した。

 いったい何者だったんだ?

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