第13話 一つ屋根の下で

 ミヤスコの話を聞いてみると、前の高校でちょっとしたトラブルを起こし、退学同然で、今の高校へ移ってきたと言う。だが、急に親が仕事の都合でこちらへ来られなくなり、彼女は俺の家へ下宿することとなった。

「――というわけで、今晩から、あなたの家にお世話になるから。よろしくね。おじさんや更沙さらさおばさんも、この事は知っているのよ」

 その話を聞いた俺は、頭を抱えた。

 おいおい、委員長の告白どころではないぞ。


 俺たちが家に帰ると、ムラサキが出迎えてくれた。

「お帰りなさい。お父さま。更沙さらさお母さまが夕餉ゆうげ支度したくをして、待ってらっしゃるわ。ところで、こちらの女性は?」

 俺はムラサキへミヤスコを自分のいとこだと紹介した。

「まあ、このかたが六条ミヤスコさまでしたの。たいへん失礼いたしました。お初にお目にかかります。私は氏原ムラサキと申します。ヒカルお父さまの養子にして、お父さまの真の婚約者ですわ」とムラサキは、ウソをおり混ぜながら自己紹介をした。


 ミヤスコが目を点にした。

「ヒカル君。この子、何者なの?」

「俺の娘だよ。ちょっと事情があって俺が引き取ったんだ」と俺は彼女に答えてやった。

「小学5年生ぐらいに見えるんだけど」

「11歳だから、そうだよ。ミヤスコちゃん」と俺は肯定こうていしてやった。

 ミヤスコは俺の答えに満足していない様子だった。

「ウソだわ。絶対、見た目は子供だけど、頭脳は大人のはずよ」

 信じられないといった口調で彼女が言うので、俺はあきれた。

「おいおい、ミヤスコちゃん。俺の娘はIQ180の天才児なんだぜ。大人びて見えるのは、頭がいいからだよ」と俺は教えてやった。


 ムラサキは恥ずかしがって、こう言った。

「まあ、お父さまったら。私の頭が良いのは、お父さまの教育のおかげでしてよ」

 俺はただ、真実を述べただけだ。我が娘ながら、頭の回転は俺よりも早い。俺が読めなさそうな難しい本も、すらすらと読むことができる。

「――そう言われると、お父さんも鼻が高いな」と俺は喜んだ。

 その会話を聞いていたミヤスコは、悪夢を追い払うかのように「この家はいかれてるわね」と頭を横に振った。


 やがて、俺たちはリビングルームで桐壺の作った料理を食べ始めた。

 大きなテーブルを囲むようにして、桐壺とミヤスコ、それに俺とムラサキが座る。

 パエリアとクラムチャウダーをほおばりながら、スマホをいじっていたミヤスコは、そばにいた桐壺へ親しげに声をかけた。

更沙さらさおばさん、お料理、ウマいわね」

「あら、ありがとう」と桐壺は喜ぶ。

「……ところで、おばさんは、なんで、氏原のおじさんと結婚したの?まだ、20歳なんでしょ。どこで、どうやって、知り合ったか、ミヤスコに教えてほしいな」

 その問いかけに、俺はあわてた。胸がどきどきと高鳴る。


 桐壺は食事の手を休めて、ミヤスコに対する答えを考えていた。

「うーんとね――共通の知人の紹介よ。何度もお会いしているうちに、結婚してもいいかなって思うようになったの。……まあ、深く考えないでノリで結婚しちゃったけどね。ときどき、なんで、この人を好きになっちゃったんだろうって考えることはあるけど」

 そう言いながら、桐壺はパエリアを一口食べた。

 その答えに、「あー、それ分かる」とミヤスコは同感した。

「あらあら。ミヤスコちゃん。まるで、結婚したかのような言い草ね」と桐壺は驚くような声を出した。

「おばさん。本当のことを言うとね、私も結婚していたわ――かつてね」

「え?」

 桐壺が聞き返すと、ミヤスコはスマホをテーブルにおいて、自分の前世について語った。


 ミヤスコは自分が結婚して、37歳で夫と死別したことや、47歳で病死したことなどを説明した。

 そして、話題の中心は、結婚話から、彼女の前世の記憶へと移った。

 俺は桐壺のノロケ話を聞かされないで済んだと思い、ほっとした。初恋の人と父とのノロケ話なんて、聞いてて腹が立つだけだからな。

 ムラサキは前世の話を信じようとしなかった。

荒唐無稽こうとうむけいですわ」と彼女は決めつけた。

 一方で、桐壺は前世の話を興味深そうに聞いていた。「そんなことがあるなんて、まあ、面白い」と感想を言う。


 こうしてミヤスコの昔話(?)に花が咲いていた時、玄関のチャイムが鳴った。

「おや、誰でしょう?」と桐壺が不思議がる。この時間帯にお客が来る予定はない。宅配も同じだ。

「俺が出るよ」と俺はドアホンへと向かった。ドアホンの液晶画面に、背の低い少女の姿が映っていた。長い髪の14歳っぽい子供だ。

「はあい」と俺が返事をすると、ドアホンの少女が聞いてきた。

「あ、ヒカルお兄ちゃん。今晩だけでもいいから、こっちで泊めてくれない?」

 顔を確認した俺は「ひい!」と悲鳴を上げた。


「まずいぞ!奴だ。奴が来た!」と俺はムラサキと桐壺に向かって叫んだ。

 ムラサキは「まあ!おぼろおばさまが来たのね!」と恐怖におびえがら、自分の部屋へと逃げた。

 ミヤスコが誰なのかと尋ねた。

 俺は答えた。

「そうか、お前は知らなかったな。俺の義理の姉だよ。おぼろ 月夜つきよという名前なんだ。――まだ中学二年生の兄嫁だ」

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