第二章 花里 散舞

第12話 委員長は地味である

 委員長は地味である。

 クラスをまとめられるかどうか不安視する生徒もいたくらいだ。俺だって、彼女が学級委員長になったときには、本当につとまるのか疑ったのだ。

 性格はおとなしめで、まじめ。丸メガネと黒髪のおさげが、それを引き立てる。

 取りえが勉強の成績が良いくらい。

 俺との接点は、朝のあいさつだけ。

 俺が教室に入ると、彼女は「お、おはよう。ヒカル……さん」と消え入りそうな声であいさつしてくるのだ。


 その彼女が、いま、放課後の教室で、顔を赤らめながら、

「好きなんです。ヒカルさんのことが。ずっと前から、この思いを伝えたかった」と涙目で訴えてきた。

 よほどの勇気が必要だったのだろう。

「はっはっは、いやあ、照れるなあ」と俺は気恥ずかしくなって笑った。

 でも、俺はこの告白をちゃんと受け止める勇気はなかった。

「ごめん。委員長、お前とは付き合えないんだ。今、俺にはアオイが――」と俺はアオイのほうを向いた。

 今まさに、そのアオイは、俺の左腕を曲げてはいけない方向へ折る体勢に入っていた。

「俺にはアオイが――浮気を許さないあまりに、俺を殺してしまう狂犬に見えるんだ」

 俺は事実をありのまま伝えた。ちゃんと伝えたのに、委員長には理解できなかったようだ。


「ヒカルさんには、婚約者のアオイさんがいるのはわかってます……。でも……あきらめきれない。好きなんです」と彼女はぼそぼそと言う。

 痛っ、いま、左腕に激痛が走ったぞ。

 俺をあきらめてくれるよう委員長を説得しなければならない。そうしなければ、この危機から脱することはできないのだ。

「委員長。お前の気持は嬉しいよ。痛っ。――でも、俺は、浮気は絶対にしない主義なんだ」

「別に、私はあなたの愛人でも構わないんです!」と委員長が力をふりしぼって、俺の死刑宣告をした。


「まじめな子ほど、恋愛のドロ沼にはまりやすいのよねえ」とミヤスコが俺の右腕をつかんだまま、納得するかのように言う。

「ミヤスコちゃん、冷静に分析していないで、俺を助けてくれ。俺の左腕は限界なんだ!」

 俺の悲鳴に近い懇願こんがんに、彼女は「じゃあ、助けてあげる」と笑みを浮かべて答えた。

「ヒカル君、私に任せて。いい考えがあるの」


 ミヤスコは彼女たちへ提案した。

「ヒカル君をけて、勝負をしましょう」

 ようやく、アオイが俺の腕を放した。そして、手の関節を鳴らした。「勝負?――師匠、こぶしで語り合えと言うこと?」

「違う」

「では、テストの成績で競うんですね?六条さん」と委員長がメガネを光らせた。

「違う」

 では、勝負は何なんだと二人に聞かれたミヤスコは、自信ありげに、こう答えた。

「勝負は王様ゲームの改良版(注1)よ。全員でくじを引いて、当たりを引いた人が王様になるの。番号札は配るのが本来のルールだけど、それはやらないわ。王様になった人は、一人だけに、どんな命令でもできるの。もちろん、ヒカル君にもどんな命令もできるわ。ただし、命令は一回きりね」


 俺は苦痛から解放されて、ほっとした。だが、別の問題が持ち上がったようで、俺は恐怖した。

 委員長やアオイが王様に当選したら、俺はどうなるんだろう。

「恋愛に必要なのは、腕力でも知力でもないわ。運よ。運がなければ、どんな恋も成就せいじゅしないの。さあ、くじを用意したわ!」とミヤスコは、三本の鉛筆えんぴつを手に握ったまま、俺たちの前にそれを突き出した。

 ……ん?三本?

 俺はミヤスコに疑問をぶつけてみた。

「おい、おかしいじゃないか。俺たち4人いるはずなのに、くじが3本ということは、一本足らないぜ。ミヤスコちゃん」


「大丈夫よ。ヒカル君は王様になれないから。これは3人の女の運試しよ」とミヤスコは言った。

「俺の運は試さないのか?ミヤスコちゃん」

「今のあなたは、景品よ。ヒカル君」

 つまり、俺に自身の生殺与奪せいさつよだつの権利は与えられていないらしい。

 いったい、誰からどんな命令が下されるのかと、俺は冷や冷やしながら、彼女たちがくじを引くのを見守るしかできなかった。


 三人が、いっせいにくじを引いた。

 ミヤスコが片手を上げる。その手には当たりくじの鉛筆がにぎられていた。

「ミヤスコの当たりね!私が王様よ」と彼女は勝ち誇った。

 彼女は俺に命令した。

「ヒカル君、王様として、命令するわ。私と腕を組んで、いっしょに帰りなさい。さあ、帰りましょう」

「――ああ、わかったよ」と俺は急いで帰る準備をした。

 あぜんとするアオイと委員長を教室に残して、俺とミヤスコは逃げるように外へ出た。

 俺は安心した。ひとまず、危機から脱出できたようだ。そのはずだ。


 下校した俺たちは通学路を歩いた。夕日が沈み、辺りが暗くなる。

「うまくいったわね」とミヤスコは俺に言う。

「ああ、そうだな」

 帰り道で二人は笑いあった。

 ミヤスコが俺と腕を組んだ。

「もう、レッスンは終わったんだろ?やめろよ」と俺は腕を振りほどこうとした。顔が赤くなるのが自分でもわかる。

 しかし、ミヤスコはほくそ笑んで、腕を離そうとしない。

「うふふ。王様の命令は絶対なのよ。ヒカル君」

 そう言うと、彼女は頭を俺の腕へすりよせた。さらさらとした彼女のもみあげが俺の腕をでた。


 恥ずかしい。

 誰もいない教室と違って、この通学路は学生たちがよく通る。たぶん、この姿を見ている奴らがいるはずだ。

 そう思うと、顔から火が出そうだ。

「おい、ミヤスコちゃん、絶対に見つかるよ。やめようぜ」と俺は彼女から離れようとした。

 だが、彼女の手に力が入る。

「いいえ。このまま、腕を組んで、家に帰りましょう」と彼女は言った。


 そのとき、俺は不思議に思った。

 ミヤスコの家はどこなのだろうか。歩いて帰るところを見ると、学校の近くらしい。

「――なあ、お前の家はどこなんだ?ミヤスコちゃん。聞いてなかったけど、この近くへ引っ越してきたのか?」

 俺の問いに、ミヤスコの目が大きく開いた。

「ヒカル君。あなた、何も聞いていないの?私、今日からあなたの家で寝泊まりするの」

「は?」と思わず俺は聞き返した。

「だから、あなたと同棲どうせいするんだってば!」

 そう言い放った彼女が赤面せきめんした。





注釈


(注1)王様ゲームとは、「王様遊戯」と呼ばれる古代エジプトの遊びが発祥とされる。紀元前7世紀ごろの古代エジプトで、時の王アムトホテップ3世は、三人の息子から自身の後継者を選ぼうとしていた。しかし、三人ともいずれも劣らず王の器になれる人間。また、大臣や神官など実力者たちも、それぞれ三人を推しており、後継者選びは難航なんこうしていた。夜眠ると、アムトホテップは、不思議な夢を見た。三人の子供が日輪を奪い合っていたのだが、それぞれ、一本の草を持っていた。一人だけ、その子が持っていた草の根元に、エジプトでは珍しい赤い土がついており、ついに、その赤い土の子供が日輪を得た。王は、王宮の知恵者シャンゼリオンに不思議な夢の解釈を問いただすと、彼はこう答えた。「その夢は、後継者選びの方法を示したものでしょう。日輪とは、まさしく王座の事です。くじでお決めなさいませ」そこで、王は、パピルスに赤い汁で印をつけて、その印が見えないよう手で隠し、三人の息子たちに引かせた。やがて、当たりを引いた子供が王となると、国は傾き、内乱が起き、他国の侵略を許した。こうした経緯から、くじ引きを子供がマネをするようになり、やがて、王様遊戯と呼ばれるようになった。

書籍「闇のゲーム大全集」(民明書房刊、1999年7月)より引用

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