第一章 六条 御息子

第8話 転校生は同い年のいとこ

 キスして以来、学校でアオイと会う回数が増えた。

 休憩時間中は、アオイが俺の所へやってきては、一方的に教師や授業の内容を話して終わる。

 俺から話を切り出すこともあるが、兄の遠野の話題だけ。俺のコミュニケーション能力では、これがせいいっぱいだからだ。

 遠野と言えば、彼とはしばらく会っていない。スマホで連絡を取り合って、これまで起きたことを知らせるだけだ。

 養子のムラサキの事も彼へ伝えた。だが、娘のことを知った彼は「へえ」と反応が薄かった。

 友人なんてそんなものか。俺は寂しく思った。


 ある昼どきの校庭のベンチで、アオイとご飯を食べている最中だった。いっしょに俺と弁当を食べていたアオイが、ふと思い出したように聞く。

「ねえ、転校生の話、聞いた?ダーリン」

「聞いてないな。この時期に転校してくるなんて、めずらしいぞ。どこのクラスへ入るんだろうか」と俺は答えた。

「今度来る転校生ってさ、ダーリンのクラスへ入るみたいよ。先生たちが職員室でウワサしてた」


 もし、転校生がかわいい女の子だったら、近寄らないようにしよう。

 どんな奴か知らないが、アオイに浮気疑惑を持たれたら、俺の人生はそこで終わる。

 彼女に投げ飛ばされるのごめんだ。もう二度と臨死体験なんてしたくない。

 俺が警戒していると、続けて、アオイが衝撃の情報をもたらした。


「――それで、その女の子の名前なんだけど、六条ろくじょう 御息子みやすこっていう名前なんだって。ダーリン、面白いね」

 ――六条ミヤスコ……だと!

 俺は聞き間違いではないかと耳を疑った。しかし、確かにアオイはミヤスコと言ったではないか。

 もし、アオイの言っていることが本当であれば、大変なことになる。俺だけではない。この高校全体の品位すら危うくなるだろう。ミヤスコはあまりにも危険すぎる女。アオイよりも何倍も恐ろしい。

「ははは……面白い名前だね」と俺は汗をぬぐった。


 翌日、俺のクラスにその六条ミヤスコがやってきた。

 ミヤスコは髪がショートカットの小柄こがらな女の子だった。

 朝の授業が始まる前に、担任の男教師が簡単に紹介すると、ミヤスコは「みなさん、ミヤスコちゃんをよろしくね」と笑顔をアピールした。

 ろくに彼女のことを何も知らない男子が、かわいいと称賛しょうさんする。

 俺はミヤスコと目を合わせないようにしていた。しかし、ミヤスコが席に座っている俺を見つけると、手を振ってきた。

「あ、ヒカル君!同じクラスだったの。よろしくね」

 彼女の言葉に、クラスの皆の視線が俺に集まる。俺はできるだけ他人のふりがしたいのだが、そうもいかず、「ははは、一年ぶりだね……」と作り笑いをした。


 ミヤスコは教師にうながされて、空いていた俺の隣の席へ座った。

 教師が「なんだ、お前たち、知り合いだったのか?」と聞く。

 俺は他人のふりをあきらめた。

「ミヤスコと俺は、同い年のいとこなんですよ。彼女の母親が俺の父方の姉なんです」と俺はクラスの皆へ説明した。

「うふふ、ウソつきなヒカル君」とミヤスコは手を当てて笑った。「いとこだけの関係じゃないでしょ。

じゃじゃーん!ミヤスコちゃんは、ヒカル君の彼女なのです。大好き、愛してるよ、ヒカル君。一年前みたいに、楽しく遊ぼうよ」

 俺は目を閉じた。大きくため息をつく。

 この場にアオイがいないことが幸いだった。いたら、俺は間違いなく殺されるだろう。


 クラスの全員がざわついた。

 同級生男子の一人が大きな声を張り上げる。「おい、どういうことだよ!ヒカル!お前には、遠野さんがいるんじゃなかったのか!彼女ってどういうことだよ!楽しい遊びって、どんな遊びだよ!具体的に図をえがいて説明しろよ!」

 数学の問題ではないのだから、図で示すことはできない。

 ほかの生徒たちも、俺へ冷たい視線を向けた。

「……お前、まさか、ほれ薬を使ったんじゃ……」と別の男子が口に手を当て、顔を真っ青にさせる。

「いや、使うわけがないだろ!」と俺はちゃんと否定した。

 しかし、同級生たちから「ヒカル、サイテー」と言うヤジが飛んできた。

 俺はこのまずい状況を打破だはしなければならないと考えた。なんとしても、この誤解を解かなければ、批判がやむことはない。

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