第9話 前世は未亡人

 俺はミヤスコの真の姿を明かすことを決めた。そうしなければ、俺の名誉が落ちるだろうし、俺への誤解も解けないままだろう。

「みんな……俺の話を聞いてくれ。ここにいる六条ミヤスコはだな、前世ぜんせが47歳の未亡人なんだ。彼女はすでに死んだ未亡人47歳の記憶を持っているんだ。

それで、こんな性格になったんだよ。『遠くのイケメンより近くにいる手ごろな男』が彼女の信条モットーなんだ。すきあらば口説くどいてくるから、男子は気を付けたほうがいいぞ」

 俺はミヤスコにとって、手ごろな男だろうな。


「おいおい、本当なのか?」とあわてて教師がミヤスコへ聞いた。

 ミヤスコがけらけらと笑う。

「やだなあ、もう。ヒカル君。人の年齢を明かさないでよ。47歳なんて、年齢を明かすと、男が寄り付かなくなっちゃって、ミヤスコ、困るわ。37歳で旦那だんなが死んでから、ずっと男日照おとこひでりだったのよ?」

 その言葉に、教師がぽかんと口を開けた。


 クラス全員から、血の気が引いていくのが俺には分かる。

 その気持ちは、俺にはよく理解できるつもりだ。

 ミヤスコの見た目は16歳の女子高生だが、中身は47歳の未亡人なのだ。これから老いていく身だった女が、容色ようしょくの充実した若い女に転生したのである。この事実に、ショックを受けてもおかしくない。

 俺だって、この事実を彼女から初めて聞かされた時は、困惑したものだ。


 彼女は恋愛の甘いもいも知っている。

 俺は父の実家へ帰省きせいするたびに、彼女の恋愛の談義や夫婦間のことをうんざりするほど聞かされてきた。夫に死なれたという記憶を持つ彼女は、つねにさみしさを抱えているような人間だった。その寂しさを俺にぶつけて、俺が彼女をなぐさめることもあった。

 彼女の一人で生きてきた人生には同情してやってもいい。


「――だからさあ、いとしのヒカル君。ガールフレンドとして遊んで欲しいわけよ」とミヤスコは甘えるような声で俺に言った。

 だからと言って、俺へれることはないだろ。俺の健全な高校生活はどうなるんだ。

 俺ははっきりと言ってやった。

「ミヤスコ、俺はそんな遊びにはもう興味がないんだ」

 そう言われたミヤスコは、さっそく、大人ながらの割り切りの早さで、隣の席に座っていた男子高生に声をかけた。

「へい!そこの彼氏。私と遊ばない?」

「喜んで。なら、今夜、俺と一緒にドライブに行きませんか?」と男子は、即座そくざに答えた。

 だが、彼は運転免許も車も持っていない。

「あはは」とミヤスコは笑った。「やっぱり、生の男子高校生はいいわあ。がいいもの。転生した甲斐かいがあったわ」

「生と言うな。生と」と俺は苦言をていした。


 すっかり、彼女はご機嫌が良い。

 気を取り直した教師がコホンとせきばらいをして、何事もなかったように授業を始めた。ただし、授業の終わりになって、

「氏原……お前、六条に使ったほれ薬は、合法なんだろうな?」と真顔で俺に向かって聞いてきた。


 大人が転生の話を信じてくれないのはわかっていた。

 それはそれでいい。

 問題なのは、アオイだ。

 仮に、アオイがこの超常現象を信じてくれたとしても、それで俺の浮気が帳消しになると言うわけでもないのだ。今度また、ミヤスコが俺のことを好きだと言ってみろ。

 俺が転生するはめになる。

 助けが必要だ。そう考えた俺は、昼休憩の時間になると、急いで、友人の遠野の所へ走っていった。

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