第6話 遺産

「なんで、そんな約束をしちゃったの?ダーリンはバカなの?」と怒りの解けたアオイはふるえる声で聞いてきた。

 うなずいた俺は、もう一度、アオイの左手を両手でギュッと握りしめた。俺はアオイの目を見つめて、真実をていねいに話した。


「ムラサキの祖母はね――上野のおばあちゃんと俺は呼んでいるんだが――母方ははかたの遠い親戚すじに当たるんだ。俺が小さいころは、よく遊んでもらったものさ。その人がね、資産家だったけど、体の弱い人だったんだ。

 3年前、おばあちゃんが病気で入院したときの話だ。俺と父さんが見舞いに行くと、もう私は病で長くないと彼女が病室で言うんだ。

 そこで、彼女が心配していたのが孫のムラサキだ。身寄りのないムラサキを彼女が自分で引き取って育てていた。

 だから、自分が死んだ後、ムラサキはひとりぼっちになってしまう。

 そう案じたおばあちゃんは父さんに頼んだ。どうか、ムラサキを養子として引き取って欲しいと。だけど、父さんはすぐさま断ったんだ。赤の他人に等しい子供を引き取る理由はありません――ってね。おばあちゃんは何度も頭を下げて頼んだ。もう頼れるのはあなた以外にいません――と。

 そのとき、俺は中学一年の世間知らずだったんで、おばあちゃんに向かって、『だったら、俺が育てます』と宣言した。父さんへの反目はんもくだったんだよ。おばあちゃんは俺の宣言を聞いて、泣いて喜んだ。俺はムラサキを育てると固く約束した。そのことで、今日まで俺は後悔したことはない。

 で、彼女が去年亡くなった時に、ひと騒動があったんだよ。おばあちゃんは遺言状で、遺産の半分である3億円を俺にのこしたんだ。残りの半分は、孫のムラサキが相続すると書かれてあった。でも、俺だけには相続する際の条件二つが付けられていた。

 一、ムラサキと俺が普通養子縁組を組んで、それをムラサキが成人するまで継続すること。

 二、ムラサキが成人するまでの間、俺の相続する半分の資産は凍結すること。ただし、その間、俺が死亡するか、もしくは、ムラサキが福祉施設などに入居した場合、全財産をムラサキへ相続させること。

 アオイ。俺はバカなんだ。遺産なんて欲しくない。でも、約束は守りたい。遺産目当ての子育てだと思われたくなかったんだ。だから、秘密にしたかった。わかったか?」


「わかった」とアオイは言った。彼女は「誰にも言わない。秘密にする」と約束した。

「よかった」と俺は胸をなでおろした。

 アオイはき手の右手を使って、俺の手を優しく握った。

「でもさあ、ダーリン、ちょっと、がんばりすぎじゃないの」と彼女はにっこりと笑う。「もっとさ、子育てを一人で背負わずに、周囲の大人を頼ろうよ。親でも、あたしでもいいからさ」

「ああ、そうするよ。お前に頼ってやるよ。アオイ」

 俺が彼女の目を見つめながら、そう言うと、二人で笑いあった。

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