第4話 手をつないで帰ろうよ

 放課後になると、俺は校門でアオイを待った。

 夕日が沈みかけ、1時間が過ぎたころ、アオイが同級生たちと校舎から出てきた。彼女は校門で待っていた俺を見るなり、「ダーリン、一緒に帰ろうよ!」と手をふってきた。

 アオイは同級生たちに「ごめん、今日は付き合えない」と手をつき謝ると、俺のところへ走りけてきた。

 俺はできるだけ彼女の顔を見ないようにしながら、こう忠告した。

「別に俺はお前と一緒に帰りたくて、お前を待っていたわけじゃないからな。ただ、昼間の放送の文句を言ってやりたかっただけだ」

「そうなんだ」とアオイはウフフと笑った。

 俺とアオイは一緒に並んで、家に帰ることにした。

 俺は彼女の横顔を見ていたが、やはり、兄である遠野の影がちらつくのだ。とても彼女と恋人同士にはなれそうにない。そんな雰囲気ふんいきにはなれない。


 俺はアオイが重そうなバッグを手にさげているのを見ると、「そのバッグを持ってやろうか?」と聞いた。

「えっ、いいよ。ダーリン。これ重いもん」

「遠慮するなよ、遠野さん」と俺は彼女のバッグをつかもうとした。つかもうとした拍子ひょうしに、ふと、彼女の右手を触った。

 彼女は恐ろしい速さで手をひっこめた。

「ああ、そうか。お前はき手を握られるのがダメだったんだな。兄貴から聞いたぜ。悪いことをしたな。ごめん」

 俺が謝ると、不意に彼女はうつむいた。

 俺の頭の中で、警報が鳴り響いた。――まずいぞ。これは、たぶん、女の子を怒らせたに違いないぞ。何がまずかった?手を触ったことだろうか?汗だくの俺の手が気持ち悪いと思われたのかもしれない。


 だが、違っていた。

 うつむいたアオイは、か細い声で、俺にこう告げた。

「……左手だったらいいよ」

 アオイの左手が突き出されると、俺はこれから難しい心臓手術を行う外科医のような細心の注意と精密さをもって、その左手をゆっくりとにぎった。

「ダーリンの手、あったかいよ」

 そう言われたら、おれも顔をうつむくしかなかった。

 そんな俺たちを見た通りすがりの女子学生が、「あら、初々ういういしいカップルですこと」とからかった。


 天国に上るような心地ここちで、俺たち二人は帰路についた。その途中でアオイは俺の家が見たいと言い出した。

 そこで、俺は自分の家へ案内した。

 自宅である一軒家の前まで案内すると、ふと、俺は玄関前で待っているおかっぱ頭の美少女を発見した。俺は親しげに彼女へ声をかけた。

「おや、ムラサキじゃないか。学校はどうだった?」

「お父さま!楽しかったの!」

 アオイの顔がおびえた表情に変わった。そして、手をつないだまま、彼女は俺に聞いた。「お父さま?」

 俺はおかっぱ頭の美少女を呼んできて、アオイへ紹介した。「氏原 むらさき、11歳。俺の子供だ」

「ダーリンの浮気者!」

 アオイはそう叫ぶと、俺の手首をひねった。その刹那せつな、俺の体は宙を舞い、一回転すると、背中から落ちた。

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