完) 百合後輩の夢

 後の調査により、男はとある宗教の一団だったことが明らかに。

 この宗教組織は、「ネクロノミ」コンに投稿している作家たちに対し、いやがらせなどを頻繁に行っていたそうだ。

 ひどいケースだと、腕に怪我を負わされた人もいたらしい。


 しかし、彼らは一様に「信徒なら当然のこと」と、自己の行いを正当化したという。自分たちは神に遣わされているのだから、人間ごときが口を出すなと。


 現在、その宗教はもう解散させられた。


 なんと、「人間を花火にくくりつけて打ち上げる」という、作戦を実行しようとした罪だ。


 イラ先輩が書いた内容と全く同じであることに、橙子は身震いする。


 今でこそ宗教団体はおとなしくしていた。が、再犯の危険も高いとか。


 手がつけられない。

 もう一度地面とキスさせたほうがよいのでは、と橙子は思った。

 橙子がニコニコ顔で犯人に面会へ行ったら、ベラベラと白状したが。


 しかし、事件は思わぬ形で、イラ先輩に牙をむく。


  

「あーっ!」

 イラ先輩の悲鳴で、新学期は始まった。

 

『先の、投稿者による不祥事が発生したため、【ネクロノミ】コンは開催中止となりました』


 件の事件を重く見たネクロノミ社が、投稿サイトから撤退したのだ。

 公式サイトは、謝罪文だけ残して今や姿形もない。



「だからって、作品まで削除していくことないでしょ⁉ 執筆にどれだけ時間掛かったと思っているのよ⁉」


 机に足を乗っけて、先輩は跡形もなくなったHPにグチった。


 イラ先輩がブチギレているのは、

『応募作は、よその新人賞にも投稿不可』

 という項目だ。


 今後も新興宗教が嫌がらせを行う可能性があるため、用心してほしいとのこと。

 他の出版社も、腫れ物に触るような対応をしていた。



「あのやろう、絶対に許さない!」

 金属バットを持って、イラ先輩が腕をまくる。

 このまま、警察署まで殴り込みに行くつもりだ。


「待ってください! 先輩まで犯罪者になることないでしょ⁉」

 先輩の腰に手を回して、なんとか引き止める。


 やたら、力が強い。

 新人賞が、先輩を豪腕な鬼へと変えるなんて。


「どきなさいよ! せめて一発殴らないと気がすまないのよ! これは応募者全員の総意よ!」


「それを犯罪っていうんですよ! 目を覚ましてください!」


 これでは、先輩が犯人と同レベルに堕ちてしまう。


 イラ先輩を取り押さえていると、橙子のスマホがブンとなった。


 この情報なら、イラ先輩を止められる!


「だって、いいこともあったじゃないですか、ほらあ!」

「なにが……よ⁉」


 橙子のスマホには、イラ先輩が応募した、新聞社主催の結果報告が。


 イラ先輩の青春小説が、特別賞を受賞したのである。


「当選してる」

 信じられないという表情で、イラ先輩はHPを見つめていた。


「審査員特別賞、受賞おめでとうございます!」

 橙子が、パチパチと大きく手を鳴らす。



「あ、ありがとう」

 イラ先輩もうれしかったのか、言葉をつまらせた。



「でもデビューじゃないわ。書籍化はされないし、賞金だって、たったの図書券五千円よ」

「それでも、小説で稼いだお金に変わりないじゃないですか! すごいですって! その図書券分すら稼げないワナビが、どれだけいるか!」


 志が高いのは認める。

 しかし、賞は賞だ。喜ばしいことである。


「いいわ。全額あなたにあげる」

 とんでもないことを、イラ先輩は言い出す。


「そんな大金もらえませんよ! 先輩が稼いだお金なのに⁉」


「こんなお金をもらって、満足したくないの。作家たるもの、印税で食べていってみせるわ!」


 あくまでも、先輩は書籍化、作家デビューにこだわるという。

 その心意気は認めるが。


「だから、このお金はなかったことにしたいの。あんたが好きに使いなさい!」


 イラ先輩の意思は固かった。


「橙子、これは、私からの感謝でもあるわ。助けてくれたお礼よ。あなたがいなかったら、私はどうなっていたか。だから、受け取ってちょうだい」


「先輩」

 ここで断っても、他の誰かに譲ってしまうに違いない。先輩とはそういう人だ。


 ならば、ありがたく受け取ろう。


 ギフトコードを入力し、自分の金とした。


「これで小説でも買いましょうかね」


「何を買うつもりなの?」

「もう決めてあります」


 図書カードの期限は、三年か。


 先輩がデビューするのに、余裕で間に合いそうだ。


「何を買う気なの?」

「ナイショです」


 不思議な力なんてなくたって、先輩は願望を現実化できる。


「それはそれとして、橙子?」

「はい、なんでしょう?」

「文芸部の課題は、どうなったの?」


 嫌な汗が、背中を伝って夏服を濡らす。


「そ、それはですね、えっとぉ」


「やっていないのね?」

 先輩の笑顔が怖い。


「今回の事件で、頭が回らなくてですねー」

「いやいや、あれから一週間以上経ってるでしょうが! どれだけ余裕があったと思ってるのよ!」

「ひーっ、ごめんなさい」


 イラ先輩が、ため息をつく。

「こうなったら、もう一回合宿するしかないわね!」

 先輩が腰に手を当てて、宣言する。


「ということは?」


「もう一度、私の部屋でお泊まりよ! 徹底的に指導するから覚悟しなさい! 私専門の編集になるあんたの将来もかかってるんだから!」


 うれしいような、複雑な気持ちだ。




 (終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ビビリの百合後輩は、「ネクロノミ」コンに挑戦するホラー先輩を全力で止めたい。 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ