マーシャルアーツ+キック

「おじさん、たこ焼きちょうだい」

 屋台で、先輩はたこ焼きを買う。


「これでも食べて、落ち着きましょ」

 ベンチでたこ焼きを食べる。


「グア! 辛い!」

 口に入れた途端、橙子は火を吹く。頭が打ち上げ花火のように炸裂した感じだ。


「え、なに? どうしたの?」

「先輩、あの屋台!」


 声が出ないながら、橙子は屋台を指差す。


 屋根には、「ロシアン屋台」と描かれていた。一個だけ、ハバネロが丸ごと入っているらしい。


「ジュース買ってきます!」

 橙子は、自販機へダッシュした。



 お茶を買って、ふうと一息つく。



 だが、後をつけられてと気づいた。




 走って逃げようとしたが、鼻緒がほつれてしまう。

 慣れないゲタを履いてきたのを後悔した。こうなったら裸足で。


「待って! お金!」


 声をかけてきたのは、大柄の男性だった。

 たしか、プールの水着売り場にいた男性である。


「釣り銭を、自販機に忘れていましたよ」

 言って、大柄の男性は小銭を差し出す。



「そうですか。あ||」



 ありがとう……とでも言うと思ったか?



「何者ですか、あなた?」


「気づかれたか」

 男が舌打ちする。



 橙子は、キャッシュレス決済でお茶を買ったのだ。水着を買ったときのように。



 最近の自販機は、電子マネーでも買える。それは神社でも例外ではない。

 よって、小銭は出ないのだ。


 しかし、男は小銭をよこして橙子に近づこうとした。


「こうなったら、力づくでも!」

 男性は橙子を羽交い締めにする。


 いつの間に後ろへ回り込んだ?


 家で道場をしている橙子にも、相手の動きがわからないなんて。


「何が目的なんですか?」

「ネクロノミコンに投稿した小説は、現実となるのは知っているな」


 あんなものは、迷信だ。


「先輩をコメントで罵ったのは、あなたですね?」


「そうだ。彼女は現在もっとも入賞に近い。あの女の賞獲得を阻止するため、まずは貴様をさらう! 身の回りに不吉なことが起こったら、彼女も考え直すだろう。あの力を使うのは、我々一族だ。邪神を復活させるために!」


 邪神に関連しているとは。それではまるで、イラ先輩の小説のとおりではないか。


 だとしたら、先輩はひどい目に遭う。



「ふっ……」



「なにがおかしい?」

 不快さをあらわにして、男が橙子をより強く締め上げる。


「ふ・さ・けやがってえええええええええええええええええええええええええええええっ!」



 橙子は、雄叫びを上げた。むりやり、大男の拘束を振り払う。


 柔道部の男子生徒さえ投げ飛ばしたのだ。

 ちょっとした狂信者など。



「黙って聞いてりゃテメエ、ただの逆恨みか! どうせ、自分の小説もロクに書けねえんだろうが? なのに先輩の邪魔しやがって!」

 先輩を傷つけるやつは、たとえ人外だろうと許さない。


「おのれ!」

 男が正拳突きを浴びせてきた。


 脚で、男の首をはさみ込む。


「くらえ! 伝説のマーシャルアーツ、プラス、キイイイイイック」

 敵の顔面に、橙子は膝蹴りを食らわせた。虎が獲物に食らいつくように。



 大男の身体が、大きくのけぞる。



「逃がすかぁ!」


 空中で体を入れ替え、相手を強引に「くの字」の状態にする。敵の脇を固め、顔面から地面へと叩きつけた。


 大男が、鼻血を地面へと撒き散らす。


 男の腕は、関節が外れていた。


「そんな腕、もう使えなくてもいいよね?」

 人を非難するためにしか使えないのなら。


 警察が駆けつけ、男を連行していく。


 男は救急車に運ぶ際に奇声を発していたが、橙子が睨みつけると大人しくなった。


「橙子、大丈夫だった?」


「うわーん先輩! 怖かったですぅ!」


 本当は、コワモテの人間なんぞまったく怖くない。生身が相手なら倒せるから。


「でも、先輩の小説に出てきたキャラのマネをしたら勝てました」

「学生プロレスの子?」


「そうですぅ」

 実際、そうでなければ倒せたかどうか。

 


「橙子、無事か?」

 白髪の混じった男性が、橙子に歩み寄る。


「はい、お父さん」


「娘がお世話になっております」と短い挨拶を終えて、父はパトカーの中へ。


「そういえば、警察の娘だったわね。どうりで強かったわけだわ」


「いえいえ。愛の力ですよ」


 イラ先輩を守ることで必死だったから、力を出せたのである。


 しかし、事情聴取に呼ばれて、結局花火は見られずじまいに終わった。



「ごめんなさい。花火見られませんでしたね」


「仕方ないわね。私に任せて」


 イラ先輩に連れられて、コンビニに立ち寄る。


 そこには、またしても不良共がたかっていた。


「悪いけど道を開けて」

 以前は不良を怖がっていたイラ先輩が、不良たちに一声かける。


 チビ相手になめられてはいけないと思ったか、不良の一人が立ち上がった。


 因縁をつける気か?


 橙子も拳を固めた。


「あっ、すいません」

 拍子抜けするほど、不良たちは一目散に立ち去る。


「なあんだ。話せば分かる人たちじゃない」

 大きく息を吐きだす。その意気はわずかに震えていた。


 コンビニで買ったのは、花火セットである。夜店で使った残りのお小遣いで買った。そのめ、種類はないが。


「小さいけど、いいでしょ?」

「はい! 遊びましょう!」


 この日以来、橙子を怯えさせる出来事は起こらなかった。

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