花火大会
執筆二日目、合宿も最終日だ。
「うーん。今日は花火大会だったわね」
伸びをしながら、イラ先輩はカレンダーを確かめる。
「行きましょうよ先輩。変なお祭りが出てくるんですよね? 取材しましょう」
橙子のお腹が、情けないくらいに鳴った。
昼食がそうめんだけで、物足りなかったのだ。
「母が切ったスイカも食べたでしょ? まだ満足できないの?」
「夜店で食べる料理は別腹ですって」
「酔っぱらいみたいなこと言うのね? まったく。自分のおやつは自分で買いなさいよ」
「えへへ。ところで、どんなオチにしたんです?」
橙子はイラ先輩の進捗を聞く。
「爆破オチよ」
先輩は劇中の奇祭を、「人間を打ち上げ花火にくくりつけて爆破させて、血の雨を振らせて邪神を復活させる」形式にした。
「おぞましすぎます!」
「そうかしら? ベタすぎてつまんないかなと思ったんだけど?」
「とんでもないです。夏の風物詩を殺人の道具に使うなんて、残虐すぎますよ!」
橙子は言うが、イラ先輩はまだ改良の余地があるかもと頭を悩ませている。
だから、花火を見に行こうと提案したのか。
「でも、私の頭では爆破オチにするしかアイデアが沸かなかったわ」
危機を感じた一行は、屋台の粉モノで使う小麦粉を花火倉庫に撒き散らし、粉塵爆破を起こして脱出、晴れてジ・エンドとなる。
「別にいいじゃないですか。奇をてらってエタるくらいなら、ベタでも完結していた方が前に進めますって」
「そうかしら? 『むしろエタは正義』という派閥もあるわよ?」
「いえいえ、それは怠慢ですって!」
ここまで先輩に反論するのは、初めてかも知れない。
「作家の仕事は話を完結させることですよ! アマチュアの段階からエタ癖つけて、どうするんですか⁉」
「やけに食ってかかるわね?」
「あたし、先輩の本、めっちゃ楽しみにしてるんですから!」
「ありがと。もしデビューできたら、あんたに編集を頼もうかしらね」
意外なコトを、イラ先輩は言いだした。
「とんでもないですよ。あたし、国語の知識なんてないですって!」
「でも、人を元気づける力はあるわ。それって、編集に一番求められる力じゃない? あんたに向いていると思うだけど?」
「そうでしょうか?」
「要はやる気の問題でしょ? こうしたい、こうありたいって思いながら生きるって大切よ」
実際、イラ先輩はそうやって生きてきた。
先輩の背中を見ながらずっと追いかけてきたのだ。橙子にもわかる。
自分は、まだ何になりたいなどという指標は見つからなかった。文才がないのは分かっているのだが。
「ほら、早く出て」
イラ先輩が立ち上がる。突然、橙子を部屋から追い出した。
「何事です?」
「浴衣に着替えるの! あれ⁉」
「どうしました?」
「ちょっと待ってよ! 一回しか着てないのに!」
ドアを開けると、先輩が半裸で立ち尽くしている。
実に名状しがたい容姿になっていた。
「もーお。お気に入りだったのに!」
ミニ浴衣と言えば聞こえがいい。
が、特殊性癖の風俗と形容すべきだろう。
「どうしよう。長いこと着ていなかったから、虫に食われていたわ」
お気に入りの着物が、台無しになってしまったらしい。
「親と相談するわ」
着物をバスタオルのように巻きながら、先輩はドタドタと階段を駆け下りる。だが、すぐに引き返してきた。
「あんたもいらっしゃい。この際、あんたも浴衣になりなさい」
手を引っ張られ、橙子も同じように階段を降りる。
「どう?」
母親に着付けしてもらって、ようやくイラ先輩は浴衣モードへ。
車に貼るデカールのようなサイズの金魚が子供っぽいが、先輩の可愛らしさを際立たせた。
「あんたのも、よく似合ってるわ」
「元は、男性用の浴衣ですか?」
イラ先輩の父が昔に着ていた、紺色の浴衣を着させてもらう。
「あんたくらいだと、そんな色の方がしっくりくるのよ」
確かに、一七〇超えの身長なら、変に女性らしい服は浮く。
しかし紫陽花の柄は、先輩の母親が入れたものだ。
「ホントは、人にあげるつもりだったのよ。お父さんがビール腹になってしまって」
橙子の着付けを手伝いながら、先輩の母親が教えてくれた。着られなくなった浴衣を、自慢の裁縫でアレンジしたという。
「でも、橙子ちゃんがもらってくれて助かったわ。差し上げるから」
「ありがとうございます。素敵」
夏にうれしいプレゼントをもらって、橙子のテンションは上がる。
「じゃあ行きましょう」
赤い巾着を持って、イラ先輩が橙子の手を握った。
向かう途中で、橙子は自宅へによる。ゲタを持ってきて履き変えた。
「うわ、花火大会までまだ時間はあるのに」
会場である神社は、黒山の人だかりができていた。
「いい場所は取られているわ。くーっ。考えることは一緒ね」
イラ先輩が悔しがる。
「でもいいわ。はぐれないようにしてね」
橙子の手を、イラ先輩が掴む。
人混みの中を、イラ先輩に引っ張られながら進む。
ひときわ小さな先輩が、橙子を楽しませようとしてくれている。
それだけで、橙子はうれしい気持ちに包まれた。
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