第35話 協力編

「――殺す」


 公園のアスレチック全てが、地面に固定している留め具のボルトを千切り、弾き飛ばしながら浮遊した。

 人力では支えられない物量が、魔法でも止められない力が、面舵を狙っている。


 逃げ道を作らせない広範囲を支配し、やがて、もはやアスレチックではなく、木と鉄の塊が高速で一斉に降り注ぐ。


 倒壊した建物の瓦礫の間を縫って脱出しているのとさほど変わらない。

 絶望的な状況……に見えて、直撃さえ免れれば間を縫って避ける事はそう難しくない。


 魔法があるからこそ、だ。

 なければ瓦礫の雨を避ける事は不可能だっただろう。


 今頃は押し潰されて大怪我を負っているはずである。

 いくつかのアスレチックを、偶然も混ざってはいるがなんとか避け、残りは片手の指で数えられる。


 その中でも面舵に直撃しそうなものは二つほど……、一つを避け、残り一つ。

 脱出への動線を見つけた。

 全力で走り抜ければ、かすっても致命傷にはならない――。


「――あ」


 面舵が見たのは。


 膝を崩したみちるの、


 頬を伝って流れ落ちる、一つの涙だった。


 隣にいるのは……特魔の、二位――有塚、信介。


 あいつがみちるの言っていた、頼りになる人物?

 いや、なら……どうして。


 ――あんな顔で、みちるが泣いている!?


「て、めえッッ! なにみちるを泣かしてんだァよォォッッ!?」



「まるで俺らを悪役みたいに言いやがるなあ」


 実際がどうあれ、この状況を見た第三者がいるのであれば。


「俺らとお前ら、どっちが悪役なのかねえ?」


 有塚が指先を上へ向け、

 最後のアスレチックが、人影を飲み込んで地面を叩いた。



 面舵の体がアスレチックに押し潰される、はずだったのだ。

 実際は、彼の意識は途切れず、五体満足で真上を見上げていた。


 さっきとは真逆で、真上に吹き飛ばされたアスレチックが、今度は池に落下した。

 水飛沫が上がり、周囲が一瞬だけ、雨が降ったかのように。


 頭を冷やすには足らない水量だったが。

 面舵が見たのは、小さな背中だった。


 服から出ている肌色は、全て白と、ほのかに赤黒くなっている、包帯に巻かれている。

 どうしたのだと聞くまでもなかった。

 衝突したのだ、対立する誰かと。


 結果は言わずとも分かった。

 だが、一度倒れても立ち上がり、こうして駆けつけた。


 彼女を救うために。


 面舵を今助けたという事は、気分が変わって向こうに加勢したわけではないだろう。

 知った秘密は、秘密のままにしてくれているようだ。


 これで二対二……やっと、戦力差が拮抗する。


「拮抗……? 違うね、こっちには数えれないほどの友達が駆けつけてくれたよ」


 池の中から、茂みの隙間から、空の上から、地面の下から――彼の声によって集まって来る者たちがいた。


「秘密は明かしてないよ、たとえ使い魔でも、未来がどうなるか分かったものじゃないし」


 使い魔に話して人と同様に影響があるかは分からなかった。

 だから詳しくは話せなかった。

 伝えたのは帆中を救いたい……ただその一点のみ。


 同じ目的を大倉も持っている。

 面舵と大倉の差異に使い魔たちは気づいているのだろうか。


 気づいていない者もいるだろう、全ての使い魔が銀に協力をしているわけではないのだ。

 だが少なくとも、ここに集まってくれた使い魔は、その差異に気づき、面舵と銀を支持してくれている事になる。


 たとえ彼女に嫌われようとも、世間から強い非難を受けようとも、彼女を救う道を選んでくれた者たちだ。


「気になる?」


 銀が言っているのは有塚と共にいるみちるの事だ。

 面舵の視線が、さっきからみちると帆中を行ったり来たりしている事に気づいていた。


 帆中から目は離せない。

 だけどみちるから視線をはずしたくない。


 どっちかを切り捨てるなんて、できなかった。

 面舵が一人ならどうする事もできなかっただろう。

 その優柔不断な迷いがそのまま敗北へと繋がっていた。


 でも、今は銀が隣にいる。

 これが背中合わせになるだけの話だ。


「こっちはぼくが。そっちはきみが」

「……任せた。すぐに片付けてそっちに加勢するから繋いでおいてくれ」


 すぐさま駆け出した面舵に、少々かちんときたが、それは後まで取っておく事にする。


 ……繋ぐだと……? 

 ――なめるな。


「ぼくは、第一位の魔法使いだぞ」



 帆中千海は大倉良の背にいる事に、疑問を感じ始めていた。

 大倉を疑っているわけではない。


 ただ、自分と大倉が知らないなにかが時間と共に動いていて、面舵と銀がそれを止めようとしているのではないか、と。

 でなければ、面舵はともかく銀まで大倉と対立するとは思えなかったのだ。


 だって、一緒に寝食を共にした、家族のような、仲間だった。

 仲良しこよしとはさすがに言えなかったけど、互いを認め、助け合っていた場面を何度も見ている。


 喧嘩はしょっちゅうしていた。

 その度に帆中と有塚が仲裁したりして……二人とも素直にごめんの一言が中々言えなかったけど、冷静になれば自分にも悪いところがあったのだろうと、自分で気づけるくらいには大人の対応ができていたのだ。


 そんな小競り合いのレベルではなかった。

 口を出す事すら躊躇う、本気の喧嘩だ。


 いいや、本人たちなら、言葉を選ばずにこう言うだろう――、

 殺し合いだ。


「……うぅ、がァあがぁ……ッ!」


 頭を抱え、声を押し殺そうとするが、苦痛の声は漏れてしまう。

 大倉が膝を地面に着けた。


「大倉!? ねえ、大丈夫!? ――銀、どうしようっ、大倉が!」

「お姉ちゃん、危ないから、下がってて。お姉ちゃんがいるから、みんなは大倉を攻撃する事ができないんだ」


 周囲を見渡せば隙あらば噛みつこうと構えている使い魔の姿が見えた。

 獰猛な瞳にゾッとした。

 本当に、獲物を狩るような……。


「もう、もうやめて! こんな、仲間割れなんてしないでよッ!」

「ごめん、お姉ちゃん。たとえお姉ちゃんのお願いでも、譲れないものがあるんだよ」


 銀を見て怯えた反応を示す帆中の態度にさすがの銀もショックを受けたが……面舵が我慢している事なのに、自分が音を上げるわけにはいかない。


 言ったはずだ。


 たとえ、帆中に嫌われてでも。


 彼女を救いたいから、ここまで来ている。


「お姉ちゃん、ちょっとの乱暴を我慢して――」

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