第32話 衝突編

 それを聞いて飛び出したのはみちるだ。

 飛び降りそうになった彼女の手を、面舵が掴んだ。


「はるが、どれだけ大変な想いをして……ッ!」

「みちる、いいよ」


「痛みに耐えて、恐怖を踏み越えて、内側の衝動を苦しみながらも必死に抑え込んで! それが誰のためにこれまで続けてきた事なのか、分からないわけじゃないはずなのに!!」


 彼女のためだけにこれまで動いてきた事をみちるは知っている。

 ずっと近くで見てきた。


 帆中千海の命を救うために。

 だけど、言わなければ分からない。


 察してくれなんて、自分勝手だ。

 言う事ができたら、どれだけ楽なのだろうか。


 もしも、言っていいのであれば、今頃はハッピーエンドを迎えていたかもしれない。

 遡れば、じゃあそのルールを作ったのは誰だ? 


 ――思えば、みちるである。

 ……言っちゃう? 


 そんな悪魔の囁きがみちるの心の中に生まれ、


 ――はるが苦しむくらいなら。


「やめろ」


 口を開きかけたみちるを、言葉で止める。

 彼女がなにをしようとしたのか、面舵でも分かった。


「みちるは何度でも再挑戦できるかもしれない。でも、この時代の、この時間の僕は今の僕だけだ。失敗なんて、一度だってできないんだよ……ッ」


 時間を遡れるのはみちるだけだ。

 彼女が過去を改変できなければ、面舵は何度も何度も、帆中の死を味わう事になる。


「……僕らは元々、魔法を奪った犯罪者だ。今更、誰に嫌われようが割り切ってるだろ」


 言えないのなら、言わなければいい。

 彼女が拒否するのであれば、説得しなければいい。


「でも、相手は帆中様だよ!? 嫌われたら……本末転倒だよ!」

「好かれたいわけじゃない」


 そうだ、面舵晴明は最初から、彼女の好意を得たいから頑張っていたわけではない。

 理不尽な未来に納得がいかなかったから。

 憧れの帆中が、自分の身を犠牲にして若くしてこの世を去るのが、嫌だったから。


 つまり、帆中千海が救えれば、後はどうなろうが知った事ではないと言える。

 たとえ本人から嫌われようとも。

 大犯罪者として名を刻まれようとも。


 誰もが面舵のおこないを否定しようとも。


「あたしは着いて行く」


 ――だって、未来を変えたいとみちるが頼ったのは、面舵なのだから。


 父親よりも、先だったのだ。


「はるを否定なんかしない」



「事情は説明できない、だけど嫌がる帆中を救いたい。じゃあやるべき事は一つだ」


 無意識に受け入れられると思っていた。

 自分勝手に都合の良い展開を期待していた。


 当然、現実はそう甘くはない。

 助けられる側が助けて欲しいと願っているとは限らない。


 好待遇に満足して現状を維持したいと思う事だって、そりゃあるだろう。

 奪った側が、帆中を悪用するなんて企みをしているわけではないのだから。


 逆に特魔の三人は帆中の願望を叶えて彼女を幸せにしようとしている。

 これじゃあ面舵たちが当然悪役だ。


 それでも。

 誰に褒められなくとも、見て見ぬ振りはできないし、そうしたいと自分から動き出した。


 真実を知る者と知らない者。

 互いの差はたったそれだけだ。


 彼女のために、彼女を幸せにしたいがために――その気持ちは変わらない。

 その想いの強さだって、相手には負けていない自信がある。


「帆中を、力づくで奪い去る!」


 この手で一度掴めば、もう二度と離さない!



「やらせると思うか?」


 後ろ。


 空から高速で移動してきた大木に乗る人物と、振り返った面舵の視線がぶつかった。


 前のめりに帆中の元へ急ごうとしていた面舵は体重移動が間に合わない。

 全ての行動が一歩遅れてしまっているために、魔法で操作して避ける事も、恐らくは間に合わないだろう。


 相手が操作している大木が面舵たちが乗るベンチを破壊しようと、野球のバットのように側面で殴るため、支点を決めてすぐに回転を始めた。


 間に合わない面舵の背中を押し、ぎりぎりのところでベンチから飛び降りたみちる。

 咄嗟の判断だったため、受け身を取り損ね、二人で腐葉土の中へ突っ込んだ。


 空中に浮いていたベンチが大木に殴られ、元の形を失いパーツが周囲へ降り注ぐ。

 あと一瞬、遅れていれば……、

 面舵とみちるはあの大木の餌食になっていた。


 とんっ、と地面に着地した赤髪。


 同時に大木が近くにあった大木の隣に置かれる。

 その際に、小さな地響きが起きた。

 特魔の第三位、大倉良である。


「大丈夫か、千海」

「あっ、その呼び方、懐かしい」


 言われて、昔に戻っていたと自覚して大倉が咳払いをする。

 今の立場をすっかりと忘れていた。


「怪我はありませんか?」


 帆中の前に立ち、面舵から守るための位置を取る。


「う、うん……」

「心の声が騒がしいですよ、少し落ち着いてください」


「……落ち着いて、いられないよ……だって、だって……ッ」

「落ち着いてください」


 二度言われて、帆中もやっと心を落ち着かせるために深呼吸をした。

 態度には出なくなったが、大倉が聞く彼女の心の声は、やはり中々鎮まらない。

 それもこれも、面舵晴明のせいである。


「三位、か……」


 一位の銀と戦い、生き延びている実績が彼に自信を持たせていた。

 さすがに勝ったとは言えないし、説得ができていなければ今頃はやられていた。

 面舵一人ではどう足掻いても倒せなかっただろう。


 だが、まったく手が届かないほど高い存在ではないという事も分かっている。


「三位だから、一位よりは弱いと思っているのか?」


 固有魔法だけを考えたら、銀の方が強力な魔法だろう。

 だけど総合的に見れば、大倉良は魔法にしろ魔法以外にしろ、スペックはかなり高い。


「まあ、数字で油断してくれるなら助かるが」


 大倉が腕を上げ、指先が僅かに動く。


 瞬間、アスレチックに使われていた太いロープが蛇のように空中を泳ぎ、面舵とみちるを拘束しようとする。

 面舵も魔法で対抗しようとするが、距離は面舵の方が近いはずなのに、力が拮抗してくれなかった。


「!」


 面舵の魔法があっさりと弾かれる。


「お前とは、魔法の地力が違うんだよ」


 ロープが二人を囲み……きる前に、面舵がみちるを突き飛ばした。

 ロープの範囲外にみちるが飛び出し、なんとか拘束を免れる事ができた……。


 しかし、逃げられなかった面舵は両腕と胴体がロープで縛られてしまう。


「はるっ!」

「逃げろ! お前には、頼れる誰かがいるんだろ!?」


 面舵を助けようと動いたみちるの足が止まる。

 この場所に帆中がいると連絡をしてくれたのはみちるが頼りにする父親だ。


 彼もまた、この場所に向かうと言っていた。

 ここで騒ぎが起こっているのは公園内にいれば分かるはずだ。

 探せば、すぐ近くにいるかもしれない。


「はるっ、待ってて! すぐに戻って来るから!」

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