第28話 集結編

 銀の固有魔法は他人の使い魔を使役する事、というのは周知の事実だ。

 その強さも同様に。

 人の数だけ使い魔がいると考えていい……その全てを(彼はお願いをしているだけだが)操るとなれば、彼が第一位と評価されているのも納得だろう。


 有塚は未来を見れる事で、二位の座につき、

 大倉は相手の心の声を聞く事ができる事で三位の魔法と評価された。


 複数の人間が意見を交わして決められた順位だ、強さだけを計ったわけではないし、たとえそうだとしても人の目から見た印象もある。

 正確ではない。


 一位と三位がぶつかれば、当然のように一位が勝利する――とは限らないわけだ。



 とは言え、銀の強さは特魔の中でも一番だろう。

 まあ彼と言うよりは彼が使役する使い魔が戦力であるのだが……だから魔法の効力、戦力を加味して一位の座についたと言ってもいい。


 一位と二位の間には大きな差があり、そう簡単にひっくり返せるものではないのだが、


 場所が悪かった。

 現在地は潜水クジラの腹の中、内装は大豪邸をモデルにした作りをしている。


 廊下に赤い絨毯が敷かれ、大広間には高い天井にぶら下がっているシャンデリア。

 お姫様気分を体感してもらうために大倉が用意させた逸品の数々だ。


 しかし今は見る影もなく、壁や柱が破壊され、部屋の明かりも明滅を繰り返している。

 落ちている、頭よりも大きな瓦礫が飛び交い、内装に新たな傷を増やしていた。


 互いの固有魔法は使っていない。

 どちらも、使えないのだ。


 ただ、本当に使えない銀とは違って大倉は使おうと思えば使える余地がある。

 使えないのと使えるのに使わないというのは、戦況を大きく左右させる。


 現に、銀は心の声を読まれているのかもしれないという疑惑が、動きに迷いを生んでいた。


 魔法使い同士の戦いは、使い魔に依存する事が多いが、頼れるパートナーがいない場合は物体を動かす魔法を駆使して戦う事になる。

 選ばれし特魔の二人でもそれは同じだ。


 その場にある物体を操作し、投げつけ合う。

 小さな子供の喧嘩に思えたが、投げつけたものが再利用可能、しかも物体が増えれば増えるほど手数も増え、身を隠す物体さえも相手に奪われる可能性もあるなど、考えれば考えるほど戦略が鼠算式のように増えていく。


 その全てを頭に入れて対応をしなければならない。

 戦況が動けば、場所が変われば、選択肢が無限に広がる。


 力で押すのも戦略の一つだが、思考停止は足下をすくわれやすい。

 三六〇度はもちろん、壁の中や地面の下など、見えない部分にも気を回していなければ咄嗟の状況には対処できない。


 気を抜いた方が負ける。

 そして、場数を踏んでいるのは人生経験においても、大倉の方が圧倒的に多かった。


「使い魔に頼れないってのは厳しいだろ」


 潜水クジラの中――つまり、使い魔の中にいる事になる。


 使い魔の食物連鎖的にも、潜水クジラはその大きさから、他の使い魔に恐れられている。

 気性が荒い方ではないので、潜水クジラが自ら他の使い魔を捕食する事はないだろうが、それでも触らない方が身のためだと彼らの本能が知っている。


 恐れず潜水クジラの腹の中へ、銀を助けに来てくれる使い魔は、いなかったのだ。


 横倒しになっている柱に隠れ、大倉からの攻撃をやり過ごしているが、徐々に柱が削られている。

 柱がいつ砕かれてもおかしくはないし、柱を持ち上げられてしまえば、身を潜める銀の姿が丸見えになってしまう。


 大きな物体を操作すればその分負担も大きくなるが、そんな事は大倉も百も承知だ。


「話す気にはなったか?」


 銀の周辺が黒く陰る。

 頭上には瓦礫を寄せ集めて固めた大きな岩があった。

 空中で魔法が解け、分離し、銀の元へばらばらに降り注ぐ。


 避けた事で柱の後ろから出てしまった銀の姿を、大倉が捉えた。

 彼は杖もなく指で魔法を行使している。

 補助なんてなくとも魔法操作は完璧だった。


 動く的でも、見えてさえいれば撃ち抜く事は容易だ。

 その辺り、まだ未熟な銀には避ける運動神経に自信はなく、撃たれた瓦礫を操作して小競り合いに持ち込んだとしても押し勝つ事は難しい。


 かと言って、早撃ち対決で大倉を撃ち抜く事もできるとは思えない。

 基本的な魔法の上では、銀は大倉に劣っているのだ。


 だから切り札を切るしかなかった。

 使い魔に頼れないとは言ったが、しかし唯一、声の届く者がいる。


 さて、ここは一体、どこだった?



!」


 地面を手の平で二度叩いた後の銀の言葉は、それだけでは意味不明だったが、直後、重力の向きが変わった。


「な、に……ッ!?」


 潜水クジラがくるりと体を半回転させたのだ。

 今までは揺れを感じさせないように潜水クジラが気を遣って泳いでいたのだが、銀のお願いによってやめたのだ。


 地面に落ちていた瓦礫などが重力に従い天井へ落ちていく。

 魔法使いの二人も例外ではない。


 こうなる事をあらかじめ分かっていた銀は、戸惑うことなく瓦礫を足場にして大倉に狙いを定める。


 予想外の大倉は急転直下に戸惑い、落下していくだけだ――銀はそこに賭けていた。


 もっとベストなタイミングまで取っておきたかったが仕方ない。

 回避をするために使ったわけだが、こうして狙い通りの状況になったのであれば、ここで決める。


 拳大の瓦礫を周囲に漂わせて落下する大倉へ向かって撃ち出した。

 上下移動する的に当てるくらい、まだ魔法操作の拙い銀にだってできる。


 速度はいらない、殺すつもりではないのだ。

 こうして疑われてしまった以上、一緒にはいられない。

 つまり面舵たちと合流する必要があるが、大倉を野放しにしたままここを出る事はできない。


 後をつけられては困る。

 帆中を救うためにも、秘密を知られるわけにはいかないのだから。


「ッ!? ……なんで」


 撃ち出した瓦礫の弾丸は、大倉に当たる事はなかった。

 大倉が空中を浮遊して避けたのだ。


 しかし彼の足下には箒はもちろん、体を移動させるために乗っている物体はない。

 彼の体だけであり、手ぶらだった。


 銀でさえ、空中で静止させた瓦礫を足場にして逆さまに対応していると言うのに――。


「気を抜くと破れるから操作は難しいが……これは便利だな」

「……? ……――あっ、服を、操って!」


 奇しくも、面舵と同じ発想をしていた。

 それが知れたら、彼はきっと嫌悪するだろうが。


「誘ったのは俺だが、もういい」


 銀の肩を押し、空中に静止している瓦礫の足場を奪い取った。

 その瓦礫は、足を踏み込むためのものだ。

 空中に浮いているだけでは決して入らない力を拳に加えるための……、


「姫様を邪魔し、傷つける奴は許さない。――そいつらは全員、『ボク』がぶっ飛ばす!」


 大倉の拳が銀の顔面に突き刺さり、彼の体が地面に――天井に落下する。

 彼は立ち上がれない。


 止まらない鼻血を拭う手さえも上げる事ができず、潜水クジラの泳ぎによる傾きに合わせてずるずると体が滑っていく。

 すると、大倉のスマホに着信があった。


『早くしろって催促じゃねえぞ。……姫さんが嬉しそうだから俺は止めないけど、お前からしたら耐えられないだろうから、一応報告はしておくぜ』


 帆中と共に出かけている有塚からだった。


「……用件は?」

『面舵とばったり出くわした』


 みしみし、とスマホの画面が割れそうな音を立てていた。


「すぐに向かう。――いいか、お前は騙されるなよ?」

『ああ? ……ああ。それで、銀は?』


「始末した。だから、分かっているな? 裏切ったら、どうなるか」

『あー、はいはい、分かってる。少なくとも俺が見た未来ではお前の味方だよ』


 所詮は二時間だ。

 大倉は有塚の言葉を信じてはいなかった。




 とある自然公園で、遂に確定した未来への歯車が狂い出す。

 一つの歪みが全ての歯車に影響を与え、やがて潤滑に回っていた回転が勢いを止める。


 その歯車を眺める者がいた。

 たった一手、歪んでいる歯車を押し込んだだけで、回転に不備がなくなった。


 彼にはそういう役目があった。


 未来を確定させるために、

 逸れた軌道を元に戻し、

 修正をする者。


 そして、修正できるという事は、別の方向へ変える事だってできるのだ。

 もっと言えば、意図した方向へ、未来を改変させる事も。


「さて、終わりにしよう」


 一つ一つの歯車を近くでしか見る事ができない彼女へ向けて。


「お前の未来を、救うんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る