第27話 帆中編(有塚信介)
「大倉の奴、魔法で銀の心の声を聞けばいいのによ。ま、姫さんの心の声の受信を一旦解除しなければならないから、したくなかったんだろうけどな。気持ちは分かる」
常に帆中の心の声を聞いて、自身の心の平穏を保っているのだ。
たとえ一瞬だろうと、解除したくないのだろう。
大倉が彼女以外の心の声を聞きたくない事も知っている。
口ではそう言いながら実はこっそりと聞き耳を立てている、という事もないだろう、それくらいは分かる。
帆中を神聖視しているのだから彼女を囮にする事はまずない。
だから有塚も助かっていた。
もしもプライバシー度外視で常に心の中を監視されていたら、すぐにみちるとの繋がりがばれていたのだから。
銀が自身の口から真実を語らない限り、庇っている犯人の素性と目的がばれる事はない。
「姫さんには見せられねえよな、あんな内輪揉め」
日課に連れ出したが、いつもよりも時間が早めだ。
予定を早め、終わりを遅くするなど、詰まっている決められたスケジュールを変更するほど、彼女には見られたくなかった。
大倉は帆中が帰って来る前に事を終わらせるつもりのようだが……。
両者共に、自分が決めた事は絶対に妥協しないタイプだ。
意地と意地がぶつかれば、絶対に引こうとはしない。
根負けするなど、あり得ない。
有塚とは違って、だ。
「ばいばーい!」
と赤ちゃんに手を振って別れ、帆中が有塚の元へ小走りで近づいて来た。
「もういいのか?」
「うん! あの子、眠くなっちゃったみたいだったから」
「ああ、そうかい」
公園にいた母親たちも、帆中が顔見せの行進中だと分かっている。
長々と拘束しては悪いと思って別れを切り出してくれたのだろう。
二人は顔見せの行進を再開させる。
すると、帆中が進路を変えて人通りの少ないランニングコースへ入った。
人と出会う事が目的なのだからこの道は歩いても意味がないのだが……有塚は元のルートへ戻ろうとは思わなかった。
大倉ほど、無駄を嫌がる性分ではないし、帆中がここへ進んで入ったのだ……彼女の気まぐれで意味なんてないのかもしれないが――あるのかもしれない。
「ねえねえ有塚」
「なんだ?」
「わたしがただ忘れていただけならごめんだけど……わたしたちって、昔に会ってた?」
銀、大倉、有塚、彼ら特魔の三人が集まり、帆中千海を支持している。
それには少なくとも彼女と一度でも交流がなければ、国を乗っ取るなどという大胆な行動はできない。
銀は言わずもがな、大倉も小さい頃から悩まされていた固有魔法の対処を彼女がしてくれたという恩が、今の過剰な信頼に繋がっている。
帆中も彼らとの交流は覚えており、だからこそ再会した時にすぐ記憶から引っ張り出す事ができた。
だが、有塚だけは思い出せなかったのだ。
当たり前だ。
有塚とは唯一、初対面だったのだから。
「や、やっぱりそうだったんだ……!」
ふぅ、と安堵の息を吐いていた。
どうやらそんな事でこれまで悩んでいたらしい。
「でも俺らがお前を誘った時、他の二人と同じように久しぶり~って言ってなかったか?」
「だって、もう知り合ってたら忘れてるのも悪いし……有塚だって久しぶりだなって言ってたんだけど!?」
「知らないくせに久しぶりって言いやがったお前を見てるのが面白くてな、つい」
「うわっ、わざとやってたのか!」
最低だの最悪だの有塚を罵った後、数分の間、帆中は口を利いてくれなくなった。
風の音だけが聞こえる、自然公園の中にあるランニングコースを変わらず二人横に並んで歩きながら、沈黙に痺れを切らしたのは帆中の方だった。
「……じゃあ、なんでわたしに尽くしてくれるの?」
昔に会った事もない、銀や大倉のように恩があるわけでもない。
有塚の心を、直接は会わなかったけれど、帆中が癒やしてくれた、わけでもない。
繋がりはなにもないのに。
……どうして――?
「俺の固有魔法、知ってるだろ?」
「うん、二時間先の未来を見れるって……」
「じゃあそういう事だ」
「……? なにそれ、どういう事? あっ、はぐらかしてるんだ!」
「大真面目だバカ。二時間前の俺は、今、こういう会話をする光景を見てたんだ」
「……?」
「察しが悪いなあ、お前は」
有塚の物言いに帆中がむっとした。
「いいか? 俺がお前と初めて会う前に、俺は未来を見ていたんだ。お前にとっては初対面だったかもしれないが、俺は先にお前とやり取りをしてたんだよ。俺にとっては、お前とはもう知り合いだったし、こうして助ける理由を既に持っていたんだ」
銀と大倉が帆中と過去に関係を持っていたのと同じく、有塚は未来に持っていた。
「これから築いていく関係を既に知ってるのは変則的かもな。けど、あいつらよりもこの忠誠心が劣っているとは思ってねえぞ?」
言ってから、しばらくしても帆中からの返事がない事に、歩きながら寝ているのか?
と、あり得ないような、しかし彼女ならやりかねない可能性を感じて視線をやると……帆中はほんの僅かだが頬を赤く染め、口を波線のようにし、戸惑っていた。
「な、なんだか、すっごい恵まれた環境だよね……」
「今頃気づいたのか」
「だって、わたしこんなに褒め殺しみたいな事されるの初めてだし、みんなの中でのわたしの存在が大き過ぎて、過大評価されてて……全身がむず痒いよ」
「お前なあ」
天才ほどその才能に自覚がない。
彼女はこれまで自分がしてきた事が感謝や信頼という形で返ってきている事に気づいていない。
それもそうだろう、彼女はなにも特別な事はしていないと思っている。
彼女の中で当然の事をして、その見返りがあるなんて考えもしなかったのだから。
「自覚しろ、お前は凄い事をやってきたんだ。だから、報われてもいいんだよ」
ちょっと無茶を言ったところで全国民は笑顔で受け入れるだろう。
もはや、帆中千海の行進はその域まで達しているはずだ。
「そ、っか……そっか」
彼女は普段とは違って静かに嬉しさを噛みしめていた。
帆中千海が欲しかったもの。
似合わないかもしれないが、彼女だって人間だ――劣等感だってある。
たった一人、魔法使いではないから。
魔法使いになりたかったのは、みんなの輪に、混ざりたかったからだ。
だけど、魔法使いになる必要はもうない。
だって――、
道を歩けばみんながいる。
声をかけてくれる。
一緒に、いてくれる。
彼女が欲しかったものをプレゼントしてくれたのは、特魔の三人だ。
「……ありがとう」
「お礼ならまずは大倉に言ってやるんだな。それじゃあ、元の道に戻るか。あんまりサボってるとお前の心の声から大倉にばれてどやされるからな」
「わたしのせいみたいに言うな!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます