第26話 対立編B

 未来は確定している。

 だけどその過程は不安定だ。


 予定では帆中千海は二十歳でその命を落とす。

 しかしそれまでの経緯が少しでも変われば、命を落とす結果は変わらずとも微妙な差異ができてしまう。

 たとえば、予想していた時期よりも大分早まってしまう可能性だってあるのだ。


 言い過ぎだが、明日、明後日にその日が訪れるかもしれない。

 でも、分からないのだ。

 言い過ぎとは言ったがそうなってもおかしくはない。


 この時代の人間はあり得ないような変化をしても、当たり前のように受け入れる。

 それがこの時代の人間にとっては初めて触れる時間であるからだ。


 だが未来人は別だ。

 振れ幅が大きいずれを受け入れるには時間がかかる。


 そして、みちるの過去を変える挑戦は二度目。

 つまり一度目の挑戦で、本来であればこうなるはずであった事が突如起こらなかったり、この時間では絶対に起きないだろう事が突発的に起こったりして……そうしたイレギュラーが重なり、失敗した経験がある。


 だから焦っていた。

 面舵と仲違いするなんて初めての経験だった。


 一度目の挑戦では、一緒に行動していたが、面舵は殺されてしまった。

 過程は違うが、別れてしまった事がその結果に繋がるのではないかと思ってしまう。


「ど、どうしよう……っ!」


 仲違いの原因はみちるが秘密に連絡を取っていた父親の存在だ。

 一度目の失敗を踏まえて、二度目を失敗させないために新たに加えた策だったが……そのせいで今の現状が生まれてしまっている。


 連絡を取らなかったら面舵は一度目と同じく死んでいたかもしれないし、死なせないように連絡を取っても、こうして一度目にはなかった仲違いが発生している。


 なにが正解で、不正解なのか。

 模範解答が欲しかった。

 それさえあれば失敗の一つもなく目的を達成できるのに――。


 そんな、ないものをねだってしまった彼女が頼ったのは、やはり父親だった。

 連絡はメッセージのみと言われていた。

 だけど今のみちるにそんな判断はできなかった。


 コール音が響く。

 震える手で、必要以上にスマホを握り締める。


 やがて、

 コール音が途切れて――繋がった。


「……けて」

『………………』


「――助けて、お父さんッッ!」




『仕方ねえなあ、今行くから待ってろ、みちる』




 通話を切った有塚信介は、物陰から顔を出して護衛中のお姫様を見る。

 公園でベビーカーに乗る赤ちゃんと変顔をしたりして戯れていた。


 その母親とも早くも打ち解けている。

 彼女の好かれやすさは老若男女、例外がなさそうだ。


 今は、国民に顔を見せて回る日課の最中であった。

 いつもは大倉が率先して帆中の護衛を務めるのだが、今日はいない。

 大倉が有塚に不本意ながら護衛を任せた形である。


 なぜ彼に? なのかは、単なる消去法である。

 有塚しか、稼働できる者がいなかったのだから。



 帆中がまだ眠っている頃、魔法消失事件の調査をしていた銀が帰って来た。

 夜はまだ明けていなかった。


 目を覚ますような時間ではなかったが、眠りが浅かったためか、大倉も有塚も彼の帰宅によって意識が覚醒した。


 電話越しだろうが直接口頭だろうが構わないが、すぐに報告をしない事に違和感を抱いた大倉が、玄関から真っ直ぐ自室へ向かおうとする銀の進路を遮る。

 自室まで、必ず通らなければならない道がある事は把握済みだった。


「起きてたんだ」

「寝ているかもしれないから報告をしなかったのか?」


「まあ、そうだね」

「嘘を吐くな。お前がそんな気遣いができる奴だとは思っていない」


 その後、有塚も遅れてこの場に辿り着き、銀の後ろを塞いだ。

 だが、道を阻んでいる大倉とは違って、有塚の方は隙間が大きく、抜けようと思えば抜けられる。

 とりあえず大倉の顔を立てて塞いでいますよ、という表向きの行動だった。


「その様子だと調査が芳しくないみたいだな」

「逃げられたよ」


「お前が? もっとマシな言い訳をしたらどうだ。世界中の使い魔を使役し、情報収集、包囲網、追跡――返り討ちにあったならまだしも、それもあり得ないとは思うが……そんなお前が逃げられた、だと? あり得ない」


「そういう事もあるけどね……。固有魔法の中には精神を操作する種類の魔法使いだっているんだ。順列は低いとは言っても使い方次第ではぼくらと同等の実力を持っているしね」


「そいつらに邪魔をされたのか?」

「いや……」


 銀は、嘘を貫き通す事への覚悟がまだできていなかった。

 迷っている内に、曖昧な返事をしてしまったのは失敗だった。


「なら、お前が逃がす事はないだろ。ただ、お前が意図的に『逃がした』なら話は変わってくる。確かに魔法消失事件の犯人は『逃げた』んだろう。……庇っている? お前が? 使い魔にしか興味を持たないお前がか? まさかとは思うが……その場凌ぎで言われた『友達』云々の友情で懐柔されたわけじゃないだろうな?」


「ぼくをなめないでくれるかな。そう簡単にお姉ちゃんと同じ席に、安易に誰かを座らせるぼくだとでも言うのか?」


 銀が帆中をどれだけ慕っているのかは、大倉も知っている。

 忠誠心は本物である。

 だからこそ解せないのだ。


「姫様を裏切る気はないんだな?」

「命にかけても、それだけはない」

「なら――なにを庇っている?」


 魔法消失事件の犯人。

 正直、大倉も犯人の目星はついている。


 ほとんど確信に近いものだ。

 だから、犯人が誰なのか? 

 ――なんてものは遙か前に踏み台にして捨てていた。


 問題はその先。

 その犯人は今どこにいて、なにを企んでいるのか。


 間違いなく、銀はその詳細を知っている。


「銀、答えろ。俺たちは、姫様を守るために志を共にした、仲間だろ」

「だから、最初から言ってるよね?」


 溜息と共に、


「――逃げられた、って」

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