第24話 帆中編(梶川銀)2

 ぞろぞろと使い魔を引き連れ(と言っても大きな使い魔は公園で待機している)、銀と少女は駄菓子屋へ向かった。

 どうやら盗み聞きしていた少女が自分から挙手して、使い魔全員分のお菓子を買ってくれるらしい。


「おばちゃんただいま!」


「はーい、おかえり」

 と駄菓子屋を営む老婆が少女を見てそう声をかけた。


「……お姉さんの家なの?」


「違うよー」

 と、駄菓子を選びながら。


 じゃあ他人の家、というか店だけど――に入ってただいまと言ったのか。


「毎日のように来てるからもう家みたいなものかなって」

「受験勉強はしてるのかい?」

「もうっ、おばちゃん、嫌な事を思い出させないでよ!」


 どうやら受験生のようだ。

 という事は、来年中学生の銀が彼女を追いかけたところで同じ中学に通う事はできない事になる。

 まあ、どうでもいい事だけど。


「っていうか、お金はあるの?」

「わたし、お年玉は使わずに貯めておくタイプなの」

「知らないけど……」


「だから大丈夫! ほら、君も選んで。みんなの好みとか知ってるんでしょ?」


 知っている限り教えると、商品の駄菓子を数えずにごそっと取り出してレジに出した。


 駄菓子屋でまさか札を出すとは……。

 初めて見た光景だった。


 袋に詰められた大量のお菓子を持って、少女が駄菓子屋を出て行く。


「なーにしてんの? 早く公園に戻ろうよ」

「あ、うん……」


 答えたが、中々足が踏み出せない。

 懐かしい感覚……光景だからだ。


 昔は近所の子供たちと同様によく訪れていた。

 だけど避けられるようになってから、みんなの迷惑や駄菓子屋の評判の事を考えて行かないようにしていた。


「いつでも来ていいからねえ」

「…………うん」


 昔と変わらないおばちゃんの声をまた聞くためにも、今度来てみようと思った。



「君の名前は?」


 公園に戻り、お菓子を渡しながら、一匹ずつ聞いて回っている。

 サクラ、次郎、サラミ、ぽーた、などなど飼い主がつけた使い魔の名前が挙がる。


「名字は?」

「名字はないでしょ」

「え、でも使い魔は家族だし……わたしたちと同じじゃないの?」


 自分が素っ頓狂な事を言ったと自覚もなく、本当になんで? と首を傾げる少女を見て、周りの使い魔たちが笑い出した。

 少女には使い魔のなんと言っているかは分からない鳴き声としか聞こえていないが、交わされた会話内容を銀は全て理解できる。


「面白い子だね」

「ボクたちを人間と同じように扱うだなんて」

「銀みたいな魔法を持ってるわけでもないのにねえ」


 少女が嘘を吐いているようには思えない。

 腹の中でなにか黒い事でも考えているのかもしれないが、銀も使い魔も、彼女の隠し事には気づけなかった。

 ないのだから見つけようもない。


 彼女は本気で使い魔を人間扱いしているし、利を求めて仲良くしたいわけでもない。

 楽しそうだから、混ぜて、友達になろうよ! 

 ……それだけの、子供みたいな動機だ。


「君の名前は?」


 遂にお菓子を渡し終えた少女が、今度は銀に向かって差し出した。

 一〇円で変えるスナック菓子だった。


「ぼく?」

「うん。そう言えば君には聞いていなかったなって」

「……ぼくの事を知らないの?」


「うーん……もしかして有名人だった? テレビとか出てた? だとしたらごめんね、わたし分からなかったよ……」


「いや、知らないならいいんだけど……」


 銀の悪評が広まっているとは言っても過剰に反応しているのは小学生くらいで、中学生になってしまうと興味の対象からははずれてしまうのかもしれない。


 使い魔よりも部活動。

 頑張っている姿を見ると応援したいけど、それでも構ってもらえないのは寂しいな、と町の使い魔から聞いた話もある。


「……嫌い?」

「嫌いじゃない」


 どうやらそれはお菓子の事だったようで、スナック菓子を、ん、とさらに突き出してくる。


「別に、好きでもないよ」

「味変える?」

「……それ貰う」


 定番の味だ、よく食べるし、好きである。


「梶川銀」

「わたしは帆中千海、よろしくね!」


 多分。

 今でも続いている、初恋なのかもしれない。



「――その後からお姉ちゃんとは何度も交流があった。今思えば、合格して高校生になって嬉しいはずのお姉ちゃんを苦しませていた悩みは、きみだったんだね」


 責められているわけではないが、面舵はなにも言えずに胸が苦しくなるのを感じた。


「お姉ちゃんとの交流もだんだん減っていったんだ……まあ、ぼくも忙しくなったっていうのもあるんだけど……」


 中学生になって、新しい人間関係が増えた。


 銀としてはスタンスに変わりはないのだが、銀を知らないクラスメイトが執拗に構って来たり、例の事件について詮索して来たり、いなくなった使い魔を探してほしいと頼まれたりと、公園に行く時間も遅くなってしまったのだ。


 帆中の方も、高校に入ってから時間の使い方が変わったので、平日に会うのは難しくなっていた。


 休日に何気なく公園に行くと偶然会う事が多い。

 会わなくなってしまった事を悪いとは思わない。

 寂しいとは思うけど、そこまでべったりしてしまうとうんざりされる恐さがあった。


 その時に、銀は自覚したのだ。

 人間と関わりを持つ事を諦めていたのに、いつの間にか帆中との関係は維持しようとしている自分がいる。


 失いたくないと必死に繋ぎ止めようとする自分がいる事に。


「お姉ちゃんは、ぼくの親友なんだ」


 人気者の帆中が銀をどう思っていようが、関係ない。

 友人がどれだけいようとも、たとえこの気持ちが一方通行なのだとしても、会わなくなったからで蒸発させたくはなかった。


 ある日、いないと思いながらもいつもの公園に行くと、人影があった。

 お姉ちゃんではなく、赤い髪をした青年だった。


 彼は帆中千海を知っており、彼女を助けるために協力してほしいと言ってきた。

 断る理由は、なかった。


「どっちが正しい……? おーくらときみたちは、どっちが本当の事を言っているんだッ!」


 片や帆中の幸せを実現させるために、

 片や帆中の死を回避するために。


 どっちが本当で、どっちが嘘なのか。

 分かりやすく二分化できればどれほど楽だったか。


 ただどちらも本当であった場合、ひとまず最悪の展開にさせないためには、銀は後者を選ぶしかなかった。


 死んでしまったら終わりだ。

 生きてさえいれば――幸せはいつだって掴み取れる。


 親友になってくれたお姉ちゃんのためなら、なんでもしてあげたいと思えるのだから。


「仲間にはならない。手を組む――それでいいなら、協力するよ」


 差し出された手を、面舵が握り返す。


「頼む」





 メッセージが届いています。


『銀が仲間になったよ! 次はどうすればいい? ――お父さん』

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