第23話 帆中編(梶川銀)1
子、とは言っても阿修羅モンキーからすれば全女性が女の子の扱いなので、たとえ高齢だろうが絶対に手を上げる事はしない。
下ネタ大好きでセクハラばかりをしてくる女性の敵だが、取り憑かれたように、絶対に危害を加えたりしないところは信頼できる。
今のように、たとえ敵だろうと、女の子には手を出さないのだ。
逆を言えば、面舵にはまったく容赦ないという事でもあるのだが……。
「きみのこだわりなら、しょうがないよ。ぼくは命令をしているわけじゃない。お願いをしている立場だから……きみの信念を曲げてまで攻撃をしなくてもいいさ」
阿修羅モンキーがさがっていく。
代わりに前へ出て来たのは、銀だ。
ボールペンを抱えている。
「はい、返すよ」
「え、あ、うん。ありがと……」
今からもう一戦あるものだと勘違いしていたみちるが、拍子抜けして素直にお礼を言った。
ボールペンを受け取り、もう二度と離さないようにぎゅっと抱きしめる。
「聞きたいことがあるんだ」
銀の視線が面舵に向いた。
「ぼくたちの行動が、お姉ちゃんの首を締めているって、どういう事? きみたちは一体、どうしてこんな事をしているの?」
魔法使いから魔法を奪っている、一連の事件の事を言っているのだろう。
まさかこんな落ち着いて話ができるとは思っていなかったので戸惑ったが――いや待て。
彼はまず最初になんて言った?
彼ら特魔から出た発言とはとても思えない。
まるで自分たちに非があるのだと信じてはいないながらも、可能性が僅かにあるものだと疑っているようではないか。
自分たちが正義だと信じて疑わない特魔が。
どうしてそんな発想に思い至った?
「彼から聞いた。けど、まだよく分からない。だからきみに聞いたんだ」
ボールペンはきょとんとした顔をしている。
面舵とみちるの会話内容を聞いて知っていたのだ。
なら、安易に言いふらしてはいけない事も同じく知っていたはずだが……ボールペンは会話が成り立たないのをいいことに、首を傾げて知らんぷりを決め込む事にしたようだ。
そう読み取れたのは銀だけである。
「…………」
「言わないなら別にいいよ。きみから直接聞かなくても、ぼくには頼れる友達がたくさんいるからね」
使い魔を使って情報を探らせる。
時間はかかるだろうが、不可能という事でもない。
遅かれ早かれ真相を知られるのなら、面舵としても、仲間は多いに越した事はない。
「みちる、喋ってもいいの?」
「…………分からない、けど――」
不安を紛らわせるために、みちるがさらにボールペンを抱きしめる。
「言わないと、先へ進めないよ」
こうして話し合いが進んで忘れかけていたが、面舵たちは使い魔に包囲されている。
教えても教えなくとも、銀は今の立場であれば面舵たちを捕まえなくてはならない。
だがここで仲間にすれば、銀には見逃す理由ができる。
全てを話し、仲間にできなければ、面舵たちはここを突破する事は叶わなかったのだ。
特魔第一位である梶川銀は小さな頃から悪い意味で有名人だった。
幸せいっぱいだった魔法使い夫婦が殺し合いをしたという事件と同時期に、使い魔消失事件が起こっていた。
だが話題になったのは前者で、後者の事件は起きた場所、周辺地域では話題になってはいるものの、全国的に知名度は高くなかった。
メディアが取り上げたのは世界で初の魔法使いが起こした殺人事件の方であり、使い魔消失事件については軽く触れる程度だったためだ。
幸か不幸か、まあ当人は表立って気にしてはいないものの、狭い地域内で犯人の少年を非難する事で事件の騒ぎは収束を迎えた。
もしも全国的に知名度が高くなっていれば非難が膨れ上がる。
同様に少年を保護しようとする者もいるだろう。
知名度が低い事で非難も少ないが、少年を保護しようとする動きもない。
殺人犯ほど忌避されたわけではないが、彼の周りには使い魔が集まるため、親は子供に、
『あの子には近づかないように』と教えていた。
使い魔は敏感に悪意や危険を感じ取る。
誤解で怪我を負わされては困るためだ。
だから少年には人間の友達がいなかった。
だけどじゅうぶんだった。
だって彼にはたくさんの使い魔の友達がいたのだから――。
使い魔に限らず動物や昆虫とも会話ができていた。
当時は固有魔法が完全に覚醒していたわけではないため、意思疎通も不完全だった。
だとしても、なんとなく表情を見て分かるのだ。
一時、銀にも人間の友達ができた。
男の子、女の子、入れ替わりが激しいものの、銀と同じように動物や昆虫を好きな子が銀にも興味を持ったためだ。
素直に楽しかった。
好きなものが同じであれば銀の口もよく回る。
知っている知識を自慢げに話しても相手は理解してくれる。
自分が知らない知識をくれる事もあった。
お互いに好きなものに没頭していく感覚が毎日を充実させていた。
だけどそう長くは続かない。
人は成長する。
動物も昆虫も、使い魔だって。
成長するにつれて銀以外の同志は生物に興味を持たなくなった。
生物は生物でも、人間に興味を持ち始めたのだ――確かに銀の分野とも言えるだろうが、異性を見てもなんとも思わない銀には、彼、彼女たちが進んだ道に一緒に進む事はできなかった。
生殖行為の神秘に惹かれていても、恋愛は分からない。
周りとのその差が、再び銀を一人にした。
ランドセルを背負って通学路の途中にある公園に寄るのが日課だった。
周りからはひそひそと陰口が聞こえてくる。
「梶川くんの靴箱にいたずらしようとした子が使い魔に襲われたって……」
「一週間以上も使い魔に監視されている子もいるみたい」
「わたしの使い魔もたまにいなくなっちゃうんだけど、梶川君の所なのかな……?」
話題に上げはするものの、直接話しかけては来ない。
多くの使い魔を携えている銀を恐れているのだ。
おかげでいじめはなくなったが、距離を取られている。
先生も特別扱いするし、両親とも良いとも悪いとも言えない心の距離ができてしまった。
結局、銀が心を開けるのは使い魔だけなのだろう。
公園には誰もいなかった。
遊具が一つもない、ただ公衆トイレがあるだけの広場だ。
銀が使っているから遠慮しているわけでなくとも、子供が集まるにはなにもなさ過ぎる。
「さて……ぼくを守ってくれているのは嬉しいけど、過度に報復とかしないでよ」
草の茂みから小柄な使い魔が出てくる。
空から、入口から――銀を中心に使い魔ばかりだ。
「「で、でも……」」
「でもじゃなくて。いいから、ぼくの事はぼくでやるから。人間を恐がらせたり危害を加えたりはしない事。いいね?」
不満そうだったが、銀が言うならと使い魔たちが頷いた。
「給食で出たんだけど……カステラ。きみ、食べてみたいって言ってたから」
耳をぴんっと立てたうさぎの姿をした使い魔が寄って来る。
銀が手の平に乗せた小さく千切ったカステラを、彼は両手で挟んで口に運んだ。
すると痙攣して真後ろにばたりと倒れた。
まさか使い魔には毒だったんじゃ……!?
と焦った銀だが、倒れた彼は美味しさのあまり倒れたと言う。
「あ、甘いれす……!」
「紛らわしい。でも、喜んでくれたなら良かったよ」
できればみんなの分、食べてみたいものを渡してあげたいが、小学生の銀の経済力では全員分は到底無理だ。
大きな体の使い魔には、その分、量や大きさが必要になるし、当然お金も膨らんでしまう。
なので毎回、小さな使い魔たちを優先させてしまっている。
申し訳なさそうに大きな体の使い魔を見れば、
「構わない。こっちは主から貰っているからな」
野良も混じってはいるものの、基本、主を持つ使い魔ばかりだ。
食べ物はきちんと与えられている。
飢える心配はなさそうだ。
「ところで、銀坊や」
「なんだい」
象の使い魔が長い鼻を動かし自らの足元を差した。
「珍しいな。知り合いか?」
「え?」
視線を向けると、踏み潰されるかもしれない危険性など考慮せず、こちらを窺っている制服姿の女の子がいた。
「な、なになにこの集まり! 今日ってなんかのお祭りだったっけ!?」
もしかしてハロウィンかなにかと勘違いでもしているのだろうか?
その女の子は(制服なので年上だろう)無遠慮に銀の傍まで近づいて来た。
髪を後ろで結んだ、活発そうな女の子だった。
とても銀と馬が合うとは思えない。
「わたしも混ぜてっ」
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