第20話 解錠編
忘れもしない。
面舵は彼の(なのかどうかは定かではないが)使い魔によって一度、毒漬けにされている。
その時はみちるが持っていた解毒薬のおかげでなんとか一命を取り留めたが、それがなければ今頃、面舵はこの世にはいない。
一度殺されかけた相手。
そんな奴がこのタイミングで姿を現した事の意味が分からない面舵ではない。
時間をかけ過ぎてしまったのだ。
指名手配をしたのは彼、もしくは特魔の誰かだろう。
広告を作ってはい終わり、ではない。
たとえ住民から逃れようと、特魔本人だって面舵たちを探しているのだから見つかるのも時間の問題だった。
「この前みたいには逃げられないよ。あんな場所に穴があるとは想定外だったからね、今度は周辺一帯に、ああいった抜け道がないかは探索済みだよ。ついでに使い魔にも監視してもらっているし……だからきみたちはもう逃げられない」
退路はないが、それでもちらっと背後を見てしまう。
すると、足音が聞こえてきた。
「逃がさないわよ、面舵!」
部活道具を一式持っていた武藤は、着替えをバッグの中にしまっていた。
そのため服を裂こうがすぐに追いかける事ができた。
彼女は替えのテニスウェアを身に纏って阿修羅モンキーを胸に抱えている。
胸を鷲掴みにされているようだが、もう特に気にしていないらしい。
前方には特魔の第一位、後方には武藤、左右には目に見えていないが数多くの使い魔が。
たった二人と一匹で挑むには、勝ち目のなさ過ぎる戦況である。
「……あんた」
と、武藤が特魔に気づいたようだ。
特魔が帆中を囲んでいる事も、大々的にニュースで取り上げられているために知っている。
すぐに武藤の興味は面舵ではなく、銀の方へ移動した。
「ちうは……ちうはどこにいるのよ!?」
「……? ちう?」
銀は首を傾げるが、彼女の胸にしがみついている阿修羅モンキーを一目見た。
彼が口元を動かすと、阿修羅モンキーがぴくん、と耳を立て、
「……なるほど、お姉ちゃんのクラスメイトか」
阿修羅モンキーから情報を収集した。
直接見ていなくとも、使い魔から聞く事でこれまでの経緯を大体把握したらしい。
武藤と阿修羅モンキーは、銀の味方である。
だが、目の前にいる武藤は、どうやら味方ではなくなりつつあるようだ。
「ちうを匿ってるのは知ってるわ! あの子を王女として大切にしてるのは分かる……でも、人の友達を勝手に攫って説明もなく長い間会わせないのはどういう事なのよ!?」
「……今学校に行くと多分パニックになるだろうからって方針なんだけどね……」
「それでも個人的な交友関係には一言くらいあってもいいでしょ! 言いなさいよ!」
立場的には仲間同士であるはずだが、武藤がヒートアップして彼女と銀が対立しているような構図になっている。
今の内に隙を見て逃げる事は……、という考えを見抜かれているように使い魔のマンタはこっちを見ているし、阿修羅モンキーも目を光らせていた。
胸に夢中なくせに、面舵が動こうとすればすぐに首を回してこちらを睨む。
敵に挟まれ(というか囲まれ)動けない。
「今は会わせられないけど、きっとすぐに連絡するよ。ぼくから言っておく」
ひとまず、その言葉で武藤も安心したらしい。
「……ちうは、今はなにしてるの?」
「今頃はきっと……もう寝てる時間だろうけど、どうせ夜更かししてゲームでもしてるよ」
「またあの子は……お肌に悪いって言ってるのに……っ」
「なんでお姉ちゃんは夜になるといきなりテンションが高くなるの?」
そんな会話が繰り広げられている中、こそこそと面舵とみちるが作戦を練る。
しかし現場は詰みの状態だ。
いくら作戦を練ろうとしてもそもそも思い浮かばない。
銀が気づいていながらも二人を放置しているのは、これ以上ないくらいに徹底的に包囲をしているからである。
どんな策があっても逃げられない。
以前のように隠し穴があれば別だが、その可能性は一番始めに潰されているのだ。
もうあんなミスを相手に期待しても意味はない。
その時、ボールペンが小刻みに二度震えた。
彼が驚いて吐き出したのは、みちるのスマホだった。
慌てて受け止めたみちるが見たのは、画面に映ったメッセージの通知画面。
みちるにとっては一昔ほど古いアプリを起動させると、メッセージがぽんっ、と出る。
住所が書かれており、地図アプリで検索するとこの場の近くだ。
商店街を示しているのでどこかの店のようだが、シャッターが閉まっており、表に出入口も見当たらない。
メッセージは続けて、
『裏口の扉が開いているから入れ』――と。
さらにメッセージはスクロールする事で続いているが……かなりの長文だ。
読み終えてから、面舵の負担が多い事に気づかされたが、泣き言は言っていられない。
「このメッセージの相手には後でちゃんと文句を言ってやろう」
なにが、『お前ならできる』だ。
使い魔の包囲網を抜けられるかどうかは、面舵の腕次第である。
できなければ捕まる――しかし今のところ最も逃げられる可能性を秘めているのも事実。
やらないで捕まるよりは、明らかにこの作戦に挑んでみた方が後悔はしないだろう。
「はるっ」
ぐいぐいと腕を引っ張ってくるみちるに急かされる。
「分かった! やる、行くから!」
銀も、面舵とみちる、二人の希望の目に気づいた。
武藤との会話を途中でも打ち切り、意識を戻す。
……なにを企んでいる?
まさかこの状況から逃げる気では……?
周囲をぬかりなく包囲しているため、いくら努力しようが逃げられるとは思っていない。
なのだが、銀の不安は消えてはくれなかった。
一度逃げられているトラウマが、入念に策を潰しても彼に安心を与えてはくれない。
駆け出した二人を見送ってもいいのだが、彼は反射的に追ってしまう。
乗っているマンタの背中を叩き、
「追って、早く!」
そして彼はもう一匹にも声をかけた。
「お願い、きみの力を貸してほしいんだ」
面舵とみちるが指定された住所にあった店の裏口から中へ入る。
扉の近くのスイッチを押すと電気が点き、部屋の全貌が照らされる。
店だと思っていたがどうやら倉庫のようだ。
中は思ったよりも広く、車を二台ほど収容できるスペースがある。
停まっていたのは車ではなく、大きなバイクだったが。
今では走っている姿を見るのも珍しいが、かつては日常的に道路を走っていたスクーターではなく、プロのレーサーがレースで使うような本格的なバイクである。
これこそ日常的に見る事は少ないが、バイクのレースは今も尚続いているため、スクーターよりも多く目にする車種になっている。
とは言え、やはりバイク自体あまり見ない。
面舵も見た事はあれど、こうして触るのは初めてだ。
写真やテレビで見ているので、乗り方が分からないほど世間知らずではない。
とにかく跨がってみる。
エンジンのかけ方は……、
みちるのスマホには使い方も書かれてあるため、手こずる事はなかった。
それにしても用意がいい。
面舵がバイクの使い方を知らない事を知っていたかのようだ。
「あ……本来ならみちるに言うつもりだったのか……」
「はる、急いで!」
みちるが面舵の後ろに跳び乗り、お腹に手を回してしがみついてくる。
むにゅっ、と背中に柔らかいものが押しつけられた感覚がして目が点になった。
……みちるにそんな自慢になるような大きなものがついているとは記憶になかったが……?
「きゅ」
「………………ボールペンか」
「なんであたしを見てがっかりしたの!?」
みちるの不満はともかく、これで全員がバイクに乗っている。
面舵が説明通りにエンジンをかけると、バイクが大音量で雄叫びを上げた。
「うお!?」
音量に全員が耳を塞ぐ。
面舵とみちる、互いの声も聞こえないくらいだ。
「――――!」
「なんだよ、聞こえない!」
みちるがなにか言っているのだが、その内容がエンジン音にかき消されてしまっている。
何度も呼びかけるが、面舵の声もみちるには聞こえていないのだろう、つまり平行線で一向に話が先へ進まない。
だからみちるはスマホの画面を面舵の顔面に押しつけた。
一つのメッセージが、面舵を次の行動へ移させた。
『エンジン音で場所はすぐに気づかれる。追いつかれる前に走り出せ!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます