第16話 因縁編
みちるが立ち止まったのはシャッターが閉まった八百屋だ。
既に閉店時間を大幅に過ぎているので当たり前の光景だが……注目すべきはそこではない。
シャッターに貼られた、行政機関作成とは思えない雑なプリントアウト。
学生が学園祭に向けて作ったような、雑な広告である。
だが、事実を言い当てられている。
魔法消失事件、と呼ばれているここ一ヶ月の面舵とみちるの努力による小さな事件は、全国ネットで騒がれていなくとも、やはり狭い地区だけでも話題にはなっていたのだ。
誰が作ったのかは分からないが、犯人が特定されていた。
面舵晴明、三国みちる。
二人の顔写真がプリントされていた。
一枚気づいてしまえば、周囲に貼られている大量の広告も目に入る。
電柱、掲示板、地面に落ちていたり――風で舞った広告が面舵の顔にぶつかった。
いつから貼られていたのか……もしも昨日今日でないのだとしたら。
「……活動時間も知られてる……もしかして、対策されていたりしたら――」
「おい、あいつらじゃねえのか……?」
――声は一つではない。
ついでに言えば、一方向からでもなかった。
「……囲まれてる、か……?」
老若男女……さすがに時間的に子供はいなかったが、それでも多彩な人選だ。
暗闇に同化し、姿は見えないが気配だけが周囲で動いている。
囲まれ、逃げ道を潰されているのだとしても、この場で硬直しているわけにもいかない。
「一旦撒くぞ!」
背中の箒を掴んで乗ろうとしたが、見えない誰かからの魔法によって操作が上手くいかなくなってしまう。
拮抗した魔法同士が衝突すれば、対象となった物体はその場で固定される。
時間稼ぎに付き合っていられない。
面舵はすかさず箒を手放し、別の物で代用する。
「はる、ボールペンよろしく!」
「おい!?」
投げられたボールペンを胸で受け取る。
眠りを妨げられたボールペンのくちばしが面舵の顔をつつき、逃げるどころではなかったが、みちるが封じられていた逃げ道を切り開いてくれていた。
「手加減してるから!」
集まっていた中年男性が大の字で伸びている。
彼らを跳び越すと、後ろから面舵たちを追いかける怒声が聞こえてきた。
どこにそんな人数が隠れていたんだと言いたくなるほどの集団だった。
「二手に分かれよう! 各自で振り切って待ち合わせした方がいいと思う!」
道の先が丁度Y字になっていた。
「待ち合わせって、どこにする!?」
「近くに小学校があったはず! そこにも人がいたら次に近い小学校!」
こうして相談している暇もない。
立ち止まっているとすぐに追いつかれてしまう。
「分かった! みちるも、格闘技術があるからって無理するんじゃないぞ!?」
「はるこそ、魔法があるからってなんでもできると思い込んだらダメだからね!」
一瞬、目を合わせ、迫る怒声を合図に二人が別々の道へ走り出す。
「二手に分かれたぞ!」
「女の方を追え、そっちの方が捕らえやすい!」
大量の足音は面舵とは別の方へ。
……捕らえやすい、と言ったが、みちる相手となると、どうだろうか。
正直、自分の方が数倍捕らえやすいぞ? と思った面舵だ。
追いかけて来ない事を知り、足を遅める。
念のため、狭い路地へ入って身を屈めて進んだ。
家と家の間の狭い隙間を通り抜けて、別の大通りへショートカットした。
そこは商店街だった。
だが、たとえ昼間だろうと開いている店は少ないだろうと思わせるほど、終わった感じが漂っている。
当然、人もおらず、風もないため環境音がなに一つなかった。
自分の足音が嫌によく響く。
静か過ぎても逆に恐ろしさが増している。
車の音でもあればいいのだが……思ったが、今時、車に乗る者は趣味の領域だ。
大きい道路があれば一時間に五台も通れば多い方だろう。
だとしても、車が通っていなくとも大通りには出ようと足を進めた時だった。
こんっ、と頭になにかがぶつけられた。
痛みはないので、自分を追いかけていた誰かが投げたものではない。
とんとんっ、とバウンドするボールが足下に転がってきたので拾い上げる。
テニスボールだった。
「……あんたさあ、なにやってんの?」
そこにいたのは。
部活帰りの……にしては、遅い時間帯だ。
……自主練だろうか?
いや、だとしてもこんな時間まで?
「……帆中、の――」
「
ついでに言えば、同じ中学でもある。
帆中千海の自称親友が、本気の苛立ちを込めた表情で立っていた。
「……ねえ、今、私たちの周りで一体なにが起こっているわけ?」
彼女が苛立っているのは、面舵を前にしたからなのだろうが、他にも、疑問をずっと抱えたまま一向に答え合わせがされないからでもあるのだろう。
でなければ、彼女が敵対心を持つ面舵に、こんな事は聞いてこないはずだ。
「――ちうは、どこにいるのよ、どうしたら会えるのよ!?」
彼女が帆中とまだ会っていないのだと、面舵も今知ったくらいである。
特魔の三人に連れられ、王女へと仕立てられたと言っても、以前の交友関係においては今の立場関係なく、面会くらいはしているかと思っていたが……、武藤でこうなのだ、恐らく帆中は今のところ、他のクラスメイトと会ってはいない。
「気づけばあの子が王女になってて、説明もなくて訳が分からないし、連絡しても繋がらないし……! 直接政府に言っても会わせる事はできないって門前払いをされて! あの子は今は王女かもしれないけど、だけど! それよりも先に私の友達だったのよ!?」
ふざけるな! と彼女の怒声が響き渡った。
遅い時間だ。
窓が開かれ、ご近所にうるさいぞと怒鳴られても仕方なかった。
とは言え、思いの外、怒られる事はなかった。
再び静寂が商店街に蔓延する。
しかし、二呼吸ほどの短い時間だ。
やはり、それを破ったのは武藤だった。
「……あの子がいなくなってから、同時にあんたも姿を消したわよね……? この一ヶ月も学校に来ないでなにしてたのよ――」
「…………」
「この指名手配の広告はなに?」
折り畳まれ、ポケットに入っていた一枚の用紙が開かれた。
面舵の前に突き出される。
誤魔化す事ができない鮮明な写真だ。
どう説明するべきか、いや、説明したところで未来については話せない。
となると、今の帆中とは敵対していると言うしかない。
そうなれば……、いや、もう手遅れかもしれないが、できれば避けたかった。
彼女とこれ以上、敵対関係を進ませる事だけは――。
「答えなさいよッ!」
くしゃっ、と用紙が握られ、次にびりびりと破かれ、道に捨てられた。
こうなるだろうとは思っていた。
「もういい」
帆中が目の届く範囲にいる事で均衡していたシーソーだったのだ。
だが、彼女の存在は確認できても、もう会う事ができないと知り、バランスが崩れた。
帆中千海がいなくなれば、面舵と武藤を繋ぎ止める良心はない。
今に限れば、片方が世界の敵となっていれば、動機も明確になる。
「なにをしているのか知らないけど、どうせあの子の邪魔をしたいんでしょ。中学の時と同じで、あんたはあの子を目の敵にしていたんだから」
違う。
とは言えなかった。
細かい想いはどうあれ、実際に面舵がした事は言い逃れができない最低の行動であった。
だから、もうここまできたら言葉は関係を悪化させるものでしかないだろう。
「ちうの邪魔をするなら、今ここで、あんたを沈めて政府に突き出してやる!」
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