第15話 魔法消失事件編
「……姫様、疲れたらしいから手伝ってくる」
帆中の心の声は全て大倉に伝わっており、表向きの言葉で取り繕っても、実際は本音がダダ漏れなのだった。
盗聴器を服に仕込まれているよりも悪質なストーカーレベルの案件だが、彼に心の声を聞くように言ったのは帆中自身なのだ。
どういった経緯でどういう理由で……なのかは、銀も有塚も知らなかった。
同じように、銀と有塚がどういう経緯で帆中と知り合ったのか――も、明かしていなかった。
明かす必要もないし、互いに探ろうとしない。
これは帆中を加えた会合からの暗黙の了解である。
「さて、と」
有塚がスマホを取り出し、
「そっちはどうだ?」
『いたよ。とりあえず犯人は地下牢に幽閉しておくけど……』
「ああ、そうしとけ」
『あと、小さな子供が泣いてて、そっちに連れて行こうと思うんだけど……』
「迷子か?」
もしそうなら警察を頼った方が確実だが、銀は違うと言った。
興味深い話である。
『この子、魔法が使えなくなったって』
銀が連れて来た小さな女の子は、帆中の顔を見た途端、彼女のお腹に抱きついた。
帆中は女の子の頭をよしよしと撫でながら、
「どうしたの?」
「わた、わたし、の、まほう、つかえなく、なっちゃって……ッ」
未来において魔法使いと世代遅れには、見えないが明確な壁ができていた。
それに似たような隔絶を、少女は魔法使いの友達との間に感じてしまったのだろう。
ひとりぼっち。
帆中千海は、誰よりもその気持ちを知っていた。
「魔法を使えなくなったって報告が何件も届いているみたいだぜ。ここ最近の話だが、病気かと思って通院し出した患者が増えているらしい。ネットの質問サイトもこの相談ばかりだ。不調かなんかだと重要視はされていないみたいだが……まあ、これだけ被害件数が増えれば個人の不調云々じゃあ、ねえだろうな」
「有塚、お前の魔法でなにか分からないか?」
「今から先の二時間じゃなんにも。俺の魔法は過去を見る事はできないからな」
魔法が使えなくなった事で、少女は空を飛べなくなり、物を浮かせる事もできなくなってしまった。
ただ、彼女はさほどそれを不満には思っていなかった。
なによりショックだったのは、少女と共にいた使い魔が、魔法を失った事で最低限の『首輪』も共に消え、少女の元から消えてしまった事だ。
使い魔に言う事を聞かせているのは好感度に依存している魔法の力だ。
その魔法がなくなれば、当然だった。
幸い、既に結果を生み出した魔法については、効力は続いている。
魔法を失ったからと言って使い魔が消えるという事はない。
首輪がなくなった分、野放しになっている使い魔が増えたという事だ。
「会いたいよ……ッ」
「うん、うん……寂しいよね」
帆中は屈んで、少女の目線に合わせる。
彼女をぎゅっと、抱きしめた。
すると、一つの足音が聞こえた。
「――ねえ、きみの使い魔の名前、なんて言うの?」
「え…………」
肩を叩かれた少女が振り向けば、やる気のない表情を浮かべながら、そこには銀がいた。
彼女が使い魔の名を答えると、
「探してみるよ」
空に向かって銀が口元を動かす。
声は出ていないが、彼と使い魔にしか分からない電波でもあるのだろうか。
しばらくしてから、銀がふっと笑った……気がした。
しかし、まばたきしている間に、彼の表情はいつもと変わらない、一辺倒だった。
「大丈夫、今、きみの元に向かってるって」
「……ほんと?」
「うん。いつも二人で行ってる駄菓子屋さん、また一緒に行きたいって言ってたよ」
少女とその使い魔にしか分からない思い出の場所。
二人しか知らない記憶を銀が知っているわけもない。
今、彼が彼女の使い魔と交信して知ったのだ。
事実を言い当てた事で、少女は銀のその言葉を信じた。
やがて少女の使い魔が姿を見せた。
泣き腫らした目を再び潤ませて、少女が使い魔を抱きしめる。
使い魔の背に乗り、少女は大きく手を振りながら、お礼を言って飛び去って行った。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
銀もまた、小さく手を振って見送った。
口元が緩んでいる事に、彼に自覚はない。
彼がはっとして隣を見ると、にやにやと、帆中がこちらをじっと見ていた。
「優しいね」
「べつに。……使い魔に悪い奴はいないから」
使い魔を好きな奴に悪い奴はいない、も同様に。
一人の少女を、離れていた使い魔と再会させたが、魔法消失事件の解決にはなっていない。
今のところ糸口さえもないが、
「ぼくに任せてくれない?」
珍しく、銀が自分からそう言った。
「? 構わないが……お前の逆鱗にでも触れた事件だったのか?」
「そういうわけでもないけど……狙いがどうあれ、使い魔と主を突き放すような結果になっているのは、見て見ぬ振りはできないからね」
それに。
世界各地にいる使い魔と交信できる彼は、やろうと思えば短時間で大量の情報を集める事ができる。
つまり、探そうと思えば犯人を見つける事は容易いのだ。
そして既に、目星はつけている。
ただ、相手が問題だった。
お姫様に知られないように始末するには、個人で動いた方がいい。
「そういう事だから、しばらく本業には顔を出せないけど、いいよね?」
「まあ……そういう事なら仕方ないな」
「言ってくれれば、手は貸すぜ。高くつくがな」
声をかける気はさらさらないが、一応、うん、と頷いておいた。
「銀」
と、お姫様が彼の手をぎゅっと握った。
柔らかい。近づくと良い匂いがする。
いつも冷静に受け流しているように見えて、毎回平静を保つのはぎりぎりなのだ。
「気をつけてね」
彼女に不安な表情をさせないためにも、長く時間をかけてはいられなかった。
魔法を回収し始めて、約一ヶ月が経っていた。
奪った魔法を封じ込めた果実の数が徐々に増えていっている。
進みは順調と言えたが、やはり気が遠くなる作業だった。
世間では静かに話題になっているようだが、未だ特魔からのアプローチはない。
毎日ニュースをチェックをしていても、僅か数十秒で片付けられる程度の話題性。
ニュースサイトのトップに、載りもしなかった。
だが、今更進路変更もできない。
まだ燃料を溜め込んでいるだけであったのなら、次はそれがいつ爆発するか、だ。
ここで引いて「後少しで爆発していたのに……」と後悔するくらいなら意地でも粘ってやる。
賭博で全財産を失うカモの道筋を順調に辿っているのだが、当の二人はまったく気づいていなかった。
そんなわけで、今日も日が落ち、みなが寝静まった頃を狙って外に出る。
二人が狙っているのは人通りの少ない道を歩く、残業帰りのサラリーマンや訳ありの若者たちだ。
前者はともかく後者は魔法を持っているとろくでもない事をし出すので、治安を改善させる事も兼ねている。
そういう大義名分だが。
「……はる。ちょっとはる!」
「どうした?」
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