第14話 特魔の日常編
「今行くと……多分パニックになってしまうと思うので……」
「そりゃそうだよなあ、なにせこの国の王女だからな。特定の居住を持つと人が押し寄せて来るから、こうして潜水クジラの腹の中の部屋に住んでるわけだしよ」
国土の地下を、使い魔の潜水クジラはランダムに泳いでいる。
ちなみに、そう名付けたのは帆中だった。
他の使い魔も帆中のセンスによって呼び名が決まっている。
彼女が王の座につき、一番最初の仕事になってしまった。
その潜水クジラは、その気になれば大阪から東京まで二〇分もかからない速度を出せる。
帆中があちこちに顔を出せたのは、使い魔のおかげであった。
「賛成派、反対派……まだ敵対団体はいますので、それを説得できてからですね……数ヶ月の辛抱ですよ。その前には、終わらせておきますので」
「みんなに会いたいな……すずになにも言えなかったし……それに――」
帆中はその先を口には出さなかった。
だが、大倉はその先を知っている。
聞かなくても彼ならば分かったが、自分の魔法のせいで心に闇が生まれる。
何年経っても拭え切れない嫉妬だった。
彼女は変わらない。
こうして大倉が最も近くにいても、彼女の心を占めるのは、一人の青年の名だった。
「挨拶回りに行きましょう」
大倉が声をかけ、恒例の日課に出かける事になった。
帆中千海の仕事の大半が、国民への顔見せである。
ネットに出回った顔写真や、誰が作ったかも分からない台本通りの言葉を聞いて支持する人はそう多くない。
選挙のように実際に顔を見せて、身近に感じられるようにならなければ新たな王として帆中を認める者は少ないだろう。
彼女の元々の人気は芸能人でないにしては凄まじい程だったが、さすがに都を越えてはいなかった。
残った四六の都道府県は帆中の顔を「なんか見た事あるな……」と感じてはいても、彼女の性格やらを知っている者はゼロパーセント。
ただ、なんか見た事ある、と思われているだけでもじゅうぶん凄いのだが……。
触れ合ってみれば、誰もが彼女に好意を持つのだから、後は穴を埋めるだけだ。
そのための挨拶回りである。
潜水クジラが浮上し、地面から少しだけ顔を出す。
着替えを終えた帆中は土曜日にもかかわらず学校の制服を着ていた。
もっと相応しい制服が用意されていたのだが、仰々しいと帆中が却下した。
身近に感じられるように国民と触れ合っているのに、見た目で差を感じさせてどうする、と彼女が言ったのだ。
「身近に感じさせても分は弁えてほしいと思っていましたが……」
「いいよー、そんなの。あと、大倉は寄って来る人を威圧するの禁止!」
近づいて来る者を警戒しているのは分かるが、睨みを利かせていると子供たちが恐がる。
ただでさえ彼は長身で上からの威圧感があるのだから。
「護衛は銀だけでいいよ。銀なら小さいし、可愛いし、子供も恐がらないでしょ?」
「可愛くはないよ。ぼくは男なんだから」
「そうかなー?」
背丈が小さな少年を、帆中が後ろから抱きしめる。
まるでソファの上に転がっていたクッション感覚だ。
「鬱陶しい、暑い、離れろ」
「えー?」
銀の無愛想な反応を楽しむように、さらにぎゅっと力を込めている。
彼はむっとして、だが一切、突き飛ばそうなどとはしなかった。
「…………」
「お前、こんな事で暴れるなよ?」
小刻みに震える大倉の肩を、有塚がぽんと叩いた。
それにより、はっと気づいた大倉が首を左右に振って邪念を消している。
「おい銀。姫様にそういう言葉遣いは」
「うるさい。注意するならこの女に言ってよ」
「き、貴様……!」
「おーい、片想い大臣。ギャラリーが集まって来たが、仕切りはお前じゃねえのか?」
と、帆中が姿を現した事で周囲の人々が集まってき出した。
帆中たちが歩き出す前に気づいて集まって来るとは、彼女の顔も当たり前のように認知され始めているらしい。
毎日欠かさず町内行進をおこなっていた成果だ。
「みんな、おはよっ!」
帆中がぴんっと手を伸ばして笑顔で挨拶をする。
子供たちはつられて同じように挨拶し、その母親や、近所の高齢の人も丁寧に挨拶を返す。
すると、あっという間に子供たちに囲まれてしまった。
大倉が間に入る間もなく、子供たちは帆中を公園へ連れて行ってしまう。
あれやこれやと周囲の盛り上がりに流されている内に、特魔の三人は帆中が主催する鬼ごっこに参加していた。
――どうしてこうなった。
静寂の中、物陰から顔を出すと、鬼役であるお姫様と目が合った。
「あっ! 待て大倉!」
「なんで私を追いかけるんです! いや、いいですけど、普通子供たちを狙いません!?」
公園内を走り回る高校生二人。
隠れていた子供たちは二人のはしゃぎようを見て次々に顔を出した。
「あ、みんな、見つけたぞ~~?」
怪獣のように、がおーと両手を上げて帆中が狙いを子供たちに変えた。
普段走ったりしないため、運動不足の大倉は少し走っただけでぜえぜえと息が上がっていた。
この鬼ごっこ、帆中がいるため当然魔法は禁止である。
普段魔法を使い慣れている者ほど、少しのダッシュもしんどいのだ。
「お疲れ。お前からしてみればあいつに追いかけ回されるのはご褒美か?」
「有塚……貴様どこにいた……?」
「ん」
と彼は人差し指を上へ向けた。
小麦粉の生地を棒を転がして伸ばしたように、体の厚みが薄いマンタが空をふわふわと漂っていた。
使い魔の背中では銀が寝転んで休んでいる。
有塚もさっきまで、あの場で休息を取っていたのだ。
「面倒だからって、姫様を放って休んでいただと……?」
「ばーか。俺らまで一緒に遊んでいたら誰が見張るんだ。こうしてほのぼのと遊んでいても、姫さんを狙う反対派は陰でこそこそ動いてやがんだよ」
有塚がこうして降りて来たのは、疲れ切った大倉をからかい半分、労い半分で声をかけた……わけではない。
「狙ってる奴がいるぜ」
「――どこだ」
大倉の表情が変わった。
彼の全身から警戒の色が発せられた。
「……任せろよ、俺がやる」
言って、有塚が腕時計を確認した。
公園にも時計はあるが、自分の時計をわざわざ見たのは、確実に合っている確信があるためだが、なによりも、公園の時計には秒針が存在しなかった。
時針も分針も今に限ればどうでもいい。
彼が見たかったのは秒針である。
「襲撃時間、ぴったりだ」
帆中の首裏に飛ばされた太い針があった。
有塚がそれを魔法によって空中で静止させた。
向こうも魔法を使い、針を操作している。
敵と有塚、互いに操作し合い、針はその場でぶるぶると振動していた。
ラジコンと同じだが、魔法とは電波だ……距離が遠ければ遠いほど、パワーは落ちていく。
針との距離は、有塚の方が圧倒的に近かった。
そのため、針へかかる魔法も彼の力の方が大きかった。
軌道を逸らすだけでは安心できない。
パワーで勝るのであれば……、
有塚は阻止の方向性を、逸らす事から迎撃に変えた。
紙をくしゃくしゃにするように、針を歪ませ、次にはべきべきに折り畳んだ。
丸まった太い針がぼとっと地面へ落下する。
「……?」
音に気づいた帆中が振り向くが、襲撃に気づきもしなかった子供たちに手を引っ張られて、気になった違和感ごと忘れていた。
……それでいい。
そして、遠くにいる敵へ、視線で伝える。
――二撃目は撃たせない。
「後は銀に任せておけば引っ張り出してくれるだろ。人捜しにおいて俺よりも何倍も使える魔法を持ってやがんだからな」
「お前だって便利な魔法を持っているだろ」
「たかだか二時間先までの未来が見えたところで、活躍の場は限られちまってる。銀やお前の魔法の方が断然便利だし、姫さんを守るにはもってこいだ」
「…………」
「劣等感は抱いてねえよ。覗くなよ? プライバシーの侵害だ」
「誰がお前の心の中など覗くか。昔から俺が読むのは姫様だけと決めている」
昔から、これからもそうだ。
彼女の心の中に、暗い部分があってはならない。
その闇を取り除くのが、大倉を筆頭とした特魔の三人の役目だからだ。
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