第13話 姫様の非日常編
ボールペンには『蓄える』能力が備わっている。
「魔法を果物に変えて、それをボールペンが食べた。今、この人の魔法はボールペンのお腹の中にある」
生理現象で出てしまう事はない。
魔法はボールペンの中の別のところへ保管されている。
容積限界は分からないが、一つや二つ蓄えたところでパンクするような容量ではないはず。
「世界中の人から、この方法で魔法を奪っていく。ある程度ボールペンの中に溜まったら、この銃を今度はボールペンに当てて、複数の魔法を吸い取って、一つの果物にするの。分かりやすく言うと、一〇〇円玉を集めて一〇〇〇円札に変えていく、みたいな事なのかな……一〇〇〇円札の果物をまたボールペンに食べさせて、今度は一〇〇〇〇円札に変えて……それを繰り返す。集めた果物を、次に帆中様に届けて、あるべき場所に、魔法を戻す――。それが、帆中様を救う方法……考えて考えて、未来のあたしたちが出した結論なの」
本来あった場所へ、散った魔法を戻していく。
本来、世界中の人間が手にしている魔法は、帆中千海のものだった。
だから――原点の魔法使い。
「……あいつが死んだら、魔法使いは増えなくなる……か。確かに、あいつが譲渡していたなら納得だよ」
魔法を渡し続けて、帆中は自らの命を削っている事に気づいていなかったのだ。
きっとみんなのために頑張っている内に、引き返せないところまできた。
世界が魔法によって便利になっていく裏では、帆中千海一人が、苦しんでいた。
若くして亡くなるまで世界中の人間は無自覚に彼女を酷使し続け、結局、原因も分からず誰もが自覚しないまま、不幸な事故だったと帆中の死を片付ける。
その後はのうのうと便利な世の中を暮らし、世代遅れという自分よりも下を見つけては虐げて自己満足に浸り、何十年も好きに生きて死んでいく。
……それを想像したら今からでも遅くはないから、どいつもこいつも一発ぶん殴ってやりたい気分になった。
面舵が持つこの魔法も、元々は帆中千海の生命力を削って渡されたものだった。
なら、
「僕の魔法も――」
「それはダメ」
「どうしてッ!」
「あたしは魔法を使えない! 未来で一時的に渡してもらった二つの魔法も使い切っちゃったのよ! 本当に、今のあたしは役に立たない世代遅れなの! ……はるの魔法を奪ったら、この先、誰が特魔の三人と戦うって言うのよっ!」
面舵の魔法は唯一の攻撃、防御手段である。
これを失えば、生身で魔法使いに挑む事になってしまう。
未来ではそういう場合も多々あるが、一方的な虐殺にしかならない。
この時代でもそれは同じだ。
刑務所で受刑者を押さえるのに使い魔に頼っているところを見れば、納得だ。
一つの魔法でも、帆中に返せば、彼女の負担が楽になるのかと思った。
本当ならすぐにでも返したい気持ちだったが、今、自分の魔法を手放すのは惜しい。
「……分かったよ」
「う、うぁ……?」
すると、倒れていた男が意識を取り戻した。
ボールペンを抱え、面舵はみちるの腕を引いて慌ててこの場を離れた。
男にはばれなかったようで、すぐ近くの曲がり角を曲がったところで一旦止まり、
「……いや、でも待てよ。こんなちまちま作業してたらいつまで経っても終わらないだろ!」
「あたしたちだけなら、そうだと思う。……ただ、今繰り返していればいずれ話題になるはずよ。誰かが魔法を魔法使いから奪っている、って。そうなったら特魔を誘き出す事ができる」
「おい、それって……」
「固有魔法は普通の魔法よりも当然、容量が大きいから、帆中様にかかっている負担を一気に軽減できると思う。……今更の覚悟の確認だけど、いい? あたしの時代では、魔法を奪う事は重罪になってるの。この時代では違うかもしれないけど、遅かれ早かれ、あたしたちは追われる身になると思う……。それを踏まえて、――犯罪者になる気は、ある?」
本当に今更だった。
面舵は一度、その道を通っている。
今度は誰かのためという大義名分があるのだ。
そんなもの、いくらでも被ってやろう。
子供の頃からずっと夢に見ていた……帆中千海は、魔法使いになりたかった。
小さな手で握った魔法の杖を振り回して、舌足らずな言葉で魔法使いの真似事をする。
微笑ましい表情で我が子を見守る両親と過ごした毎日は未だに忘れられなかった。
もしも過去に戻れるのなら。
両親が亡くなる前のあの幸せな時間に戻りたい――。
ないとは思うけど、そんな魔法もあるかもしれない。
だから魔法使いになりたいと願い続けていたが、彼女は未だ、進化できないまま置いていかれている。
彼女は知らないのだ。
帆中千海が、みんなと同じように魔法使いになる事はないのだと。
「……あれ? ここどこ?」
体が深く沈み込むほどふかふかのベッド、しかも天蓋付きだ。
体を包み込む真っ白なもこもこのパジャマ。
どれも自分の自宅にあったものではない。
そもそも一人暮らしをしていた帆中千海におはようと声をかけてくれる人物などいないのだから、自宅ではない別のどこか。
非日常だ。
……今日でもう一ヶ月は経っているのだが、未だに慣れない寝起きだった。
「おはようございます、姫様」
「……おはよぉ」
目を擦っている内に、帆中のお世話役を買って出た第三位の大倉が、彼女のもこもこパジャマを脱がせてキャミソールの上から新しい服を着せた。
慣れた手つきと素早い動きで着替えがすぐに終わった。
とは言え、簡易的なものなので目が冴えたら改めて自分で着替え直すが。
朝食を食べるのにパジャマのままでは如何なものかと思って、平凡なパーカーを一枚羽織っただけである。
自分の部屋の感じが出て、これが一番落ち着くのだ。
放っておくと部屋着なのにドレスアップされて最初は困ったものだった。
「なに食べたいか分かった?」
「はい。睡眠中もずっと連呼されていたのでもう準備できています」
……それって、食い意地を張り過ぎてる女の子と思われてるのでは?
ともかく、大倉に案内された部屋には既に銀と有塚が席に着いていた。
真っ白な丸いテーブルにはそれぞれの朝食が用意されている。
三人に比べて金色が多い豪華な椅子に腰かける。
目の前には希望通り、フレンチトーストが用意されていた。
特魔の三人は和食、洋食、帆中に合わせて同じものが用意されてあった。
順位が上の二人は好きにしているが、三位の大倉だけは毎回帆中に合わせており、無理をさせているのではないかと彼女もさすがに心配になった。
「大倉も好きなの食べていいんだよ?」
「心配していただき光栄です。ですが、私も姫様と同じものが食べたいのです」
「……これ蜂蜜たっぷりだし、すっごい甘いと思うよ?」
「好物ですから」
特魔の三人、それぞれが帆中と縁がありこうして行動を共にしているが、中でも大倉だけが異常な忠誠心を持っている。
嫌だとか鬱陶しいだとか感じた事はないが、彼の自由時間を奪っては拘束しているみたいで、多少は悪いと思っている。
「ほっとけほっとけ。好きにしたら、お前の傍にいる事を選んだんだよそいつは。どうせならこき使ってやればいい」
「お姉ちゃんの命令で喜ぶ人だから。手遅れだと思ってなよ」
「貴様ら、何度言ったら分かる。姫様と呼べと言っただろう」
否定はしないんだ……。
当初、姫様呼びも全員がしていたのだが、堅苦しく感じてしまって個別に頼んで別の呼び方にしてもらった。
銀は、年下なのでお姉ちゃん。
有塚は元々姫様とは積極的には呼ばず、場合によって『お前』だったり『姫さん』だったり。
なので注文は特にしなかった。
相も変わらず大倉は姫様と律儀に呼び続けていた。
堅苦しいと感じてはいたが、こうして長期間、呼ばれ続けていると帆中もその気になって、呼ばれる事に抵抗がなくなった。
実は、ちょっと気持ち良かったりする。
からかう感じで言われているわけではなく、彼は本気でそう思って言っているため、その特別扱いは素直に嬉しかったりもするのだ。
「いただきます」
一人暮らしをしている時は言わなかった挨拶をし始めたのも、ここで暮らし始めてから。
食べ物が美味しく感じると思い出したのも、三人と出会ってからだった。
この非日常も、いずれ日常へと変わっていくのだろうか――。
「……まだ学校って行けないの?」
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