第12話 対抗編

 そう言えば、


「みちる、僕がこうして魔法を使ってもただ疲れるだけって認識だったけど、他に失うものがあったりするの?」


 未来の帆中は言っていた。


 ――魔法の代償について。

 追体験なので当然、彼女には聞けなかったが。


「それは……」


 ――まさか、命を削る、とか言うつもりじゃないだろうな?


「それはないよ。……寮長が言っていたんだけどね、昔よりも人間関係が希薄になった、って……科学が発達して、道を尋ねるよりも先にマップアプリを見ればいいし、買い物に行かなくても通信販売を使えばいいし、彼氏彼女を作りたければマッチングアプリを使えばいいし、ご近所さんに余ったおかずを分けたりなんてしなくなっちゃったって……。娯楽が増えた事で休日は一人で家に引きこもる若者が増えて、どんどん人と接する機会が失われていった――そう聞いてたんだ。この時代は、まさにそんな感じだね」


 寮に住んでいるのか、という情報に目がいったが、そこじゃない。


 その寮長さんはかなりの高齢と思われた。

 面舵の母親の時代の感覚ではないだろうか。

 ご近所に余ったおかずどころか引っ越しをしても挨拶をしない場合がざらにある。


 隣あった部屋でも一ヶ月、半年、一年もばったりとさえ出会わない事もある世の中だ。


「呟きアプリやらソーシャルゲームやらで人間関係は作れるからな。まあその人間関係も薄っぺらい、共通の話題がなくなればいつの間にか途切れてるようなものでしかないけど」


 同じ空間、同じ机にいても誰もがスマホに目を落としてまともに喋ろうとはしない。


 だから、そんなみんなの視線を上げさせるために積極的に話しかける帆中は、みんなの意識に強く残るのだろう。

 鬱陶しい、自分たちとは違う異物だと排斥されないのは、彼女のさじ加減なのかもしれない。


 引くべきところは引いて、押すべきところは徹底的に押す。


 美少女だから成り立っている部分もあるかもしれないが……いや、異性ならともかく同姓には通用しない場合もあるし、やはり帆中自身の技術の賜だと言える。


 で、それがどうしたのか。


「この時代も中々希薄だけど、あたしの時代はもっと酷いよ」


 希薄というより、もはや敵対だった。


 魔法が浸透し、世代遅れが増え、人間が二分化されたせいもあるかもしれない。


 だがそれ以前に、


「魔法を使えば使うほど、人間関係が維持されなくなる」


「…………え、まさか」


 ……それが、代償。


「もっと正確に言えば、どんなに仲が良い相手でも、気にしなかった粗が肥大化して過剰に見えてしまう、と言えばいいのかな……たった一挙一動でも、苛立つようになるの」


 実際問題、相手のなにかが変わったわけではないのだ。


 自分の見る目が変わっただけ。

 それが双方魔法使いで、魔法を使えば使うほど、その効果は大きくなっていく。


 そして未来では、世代遅れが増えている。

 苛立ちの矛先は魔法使いが見下す世代遅れに向くようになり……差別は悪化の一途を辿っていた。


 きっかけは、魔法使いが生まれなくなったためだ。


 世代遅ればかりが増え、生き残っている魔法使いが大きな顔をしている時代。


 段々と、みちるの時代背景が見えてき始めた。


「…………帆中のせいなのか?」

「帆中様のせいじゃない!」


 だけど、彼女の死は関係している。

 そもそも、帆中千海とは、一体……?


「彼女が残した手記にはこう書かれてあった……『わたしは、原点の魔法使いだった』って」


 魔法使いという呼び名は、不可思議な現象に説明がつかない事でとりあえずつけた名でしかなく、それを扱う者を便宜上そう呼んだだけだ。


 だから実際、帆中は魔法使いではないし、面舵を含めた世界中の人間をそう呼ぶのも間違ってはいる。


 かと言って本当の名があるかも分からない。


 ――魔法使いとするのであれば。


 世界で初めて発見された魔法使いは別の誰かだが、より早く存在していたのは帆中である。


「後の事は、まとめて説明したいから――時間を早めて作戦決行するわよ!」

「は? 作戦って、どういう……」

「ボールペン持って外! 目立たないように!」


 国の乗っ取りが宣言された事であらゆる行政機関が軒並みストップしている。

 町には使い魔も多く、今なら多少手荒な真似をしても問題にはなりにくい。


 本来なら夜に行動を起こす気でいたが、時刻はまだ昼時だ。

 待つには長過ぎる時間である。


 こんな状況でなければ、昼間に行動を起こすなんて事はしない。


「ホテルの中もがらがらだ」


「全員外に出て様子を見に行ったのかも。多分国会議事堂か、東京、品川駅……地方の親族と合流するために集まっていると思うから、こっちの人通りは少ないと思う」


 世間がこうも騒がしくてもいつも通りに生活している人がいれば、こういう時だからこそ活動している人もいる。

 台風で学校が休みになって喜ぶ、みたいなものだろう。


 世界中の人間が魔法使いになっているのだから、そういう火事場でのらりくらりとしている人物を狙うのがいい。


「ああもう! もがくなよ!」


 胸の前で抱えているボールペンがじたばたと暴れる。


 ……転がした方が早いか?


 結局、抱えたまま、物陰に隠れたみちるに倣って彼女の背中に張り付いた。


 視線の先には身だしなみに気を遣っていない男性。

 営業を一旦放り出されて放置されているコンビニから出て来た。


 店員もいないのにレジ袋を持っている。

 どうやら会計をしないで商品を持ち出した万引き犯だった。


 まだ忘れるにはそう時間は経っていないので、万引きと言われると動揺するが、冤罪だ。

 押しつけられた仮初めの罪に罪悪感を感じる必要はもうない。


「……行ってくる」

「行ってくるって……おい?」


 小声で制止の声をかけたが、みちるは腰を落として男に近づいて行った。

 相手に気づかせないよう、一瞬で首を絞め、意識を落とした。


 ぐったりと、男が地面に倒れる。

 面舵が駆けつけると、男は白目を剥いて気絶していた。


「手馴れてるけど、未来でなにか習っていたのか?」

「格闘技はとにかく一通りかじってみたよ。防衛手段は持っておかないと魔法使いに好き放題やられるからね」


 未来は面舵が思っているよりも数倍、殺伐としているらしい。

 政府はなにをしているのだと思ったが、そうだ、帆中たちなのだった。


 みちるが苦しんでいる時代に帆中はいない。

 魔法使いと世代遅れの対立をなんとかしようとする人物の声がないのだとすれば……差別はそう簡単になくなったりはしないのだ。


 倒れた男を見下ろし、みちるが充電済みの光線銃を取り出した。

 結局、今になっても玩具にしか見えないし、用途が分からなかった。


「この銃は魔法使いから魔法を吸い取る事ができる道具なの……見てて」


 銃口に取り付けられた円盤のような、吸盤のようなそれを男の体に当て、


 引き金を引くと、男性の体が淡く光り出した。

 やがて周囲に漂い始めた青い粒子が一斉に光線銃によって吸い取られていく。


 光線銃の駆動音が鳴り終わると、周囲に漂っていた粒子は綺麗さっぱり消えていた。

 その全てが、みちるが持つ光線銃の中に蓄えられる。


「え、これで終わりか……?」

「このままもう一回引き金を引くと……」


 ぽんっ、という音と共に銃口から一つの球体が出てきた。

 普通の銃より銃口が一際大きいと思えば、こうして球体を吐き出すためだったのか……。


 転がり出てきた球体は、青色の……果物だ。


 見慣れないが神秘的に思える、青色のりんご。

 面舵が手を伸ばすと、その際に緩んだ腕の隙間から抜け出したボールペンが、果物に向かっている面舵の手をつついた。


 果物を強奪し、そのまま食べ始めてしまう。


「おまっ、こら!」

「いいのいいの。元々そうさせるつもりだったから」

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