第11話 支配編
朝、寝ぼけていた面舵の意識を揺さぶり、覚醒させたのは、テレビの音量だった。
まるで爆音。
それもそのはず、テレビの音量は可能な限り上げられている。
音の原因のみちるが、音量ボタンを連打して上げ続けているが、それ以上の音量はもう出せない。
「おまっ……! うるさ」
「これ、これ!」
耳を両手で塞いでも音が、耳の最奥へ届く。
これだけの爆音だと隣の部屋から苦情がくるかと思ったが、現在時刻は九時過ぎだ。
学校はもちろん遅刻。
それについては元々サボるつもりなので構わないが……、
ここはビジネスホテルだ、泊まっているのはサラリーマンが多いだろう。
九時過ぎであれば既に出勤した後であり、部屋はもぬけの殻である可能性が高い。
従業員が注意しに扉を叩く事はありそうだが、今のところそれらしい気配はない。
「いいから、これ!」
みちるがテレビを指差し続けているので、面舵も視線を向ける。
こんな中でもボールペンはぐっすり眠っている……剛胆な奴だ。
さて、テレビは臨時ニュースを放送していた。
カメラは右往左往、番組としての構成も滅茶苦茶、とにかく撮ったものをそのまま垂れ流しにしているようだ。
レポーターの女性は視聴者に向けてでなく、スタッフ同士で相談をするような、ラフな喋り方で番組が続いている。
どの局を回してみても同じような画面だ。
撮っている光景の角度が変わっただけだ……つまり一カ所に全ての局が集合し、同じものを撮っている事になる。
面舵は起きた事を把握して、納得した。
一度見ているのだから、驚きは半減以上である。
「……驚いたとすれば、思っていたより早いなってとこか」
昨日、帆中を連れ去って、今日である。
二四時間で諸々の準備を整えたとしたら、早い仕事だ。
国の乗っ取り。
彼らが動き出し、素早く着実に、追体験した未来へ、進んでいっている。
「スマホ見てないで手伝ってよ」
「ん、ああ悪い。そうだな……逃げた権力者は国外へ行くつもりだぜ」
「じゃあみんなに頼もう」
これまで国の舵取りをしていた大人たちを捕縛し、現在は刑務所へ幽閉している。
さすがに受刑者と一緒だと可哀想なので、隔離して、だ。
現時点で、魔法使いの魔法を奪う方法は存在しない。
そのため、魔法使いを押さえるためには複数の魔法使いが必要になる。
牢屋に入れても魔法を持つ受刑者は簡単に逃げてしまえるが、それをさせないのが凶暴性に特化させた使い魔だ。
受刑者を逃がさないのではなく、逃げた受刑者の命を刈り取る。
どんな些細な穴からも逃がさない。
そんな使い魔は、檻を破壊する事はできないため、受刑者は命が惜しければ檻から出ない事を看守は勧めている。
脱獄するのは勝手だが、その場合、使い魔に食い殺されても知らないよ、という警告だ。
使い魔を導入して、脱獄者はゼロになっている。
かと言って、釈放された受刑者が多いというわけでもない。
刑務所から出て行ったわけでもないのに受刑者のリストからいなくなっているのは……、
つまり、そういう事だ。
特殊魔法使い、第一位、梶川銀。
他人の使い魔を使役し、逃げた権力者を捕らえている。
特殊魔法使い、第二位、
固有魔法を使い、逃げた権力者の居場所を特定している。
その作業も滞りなく終わりそうだ。
彼はそう確信し、時間も把握した。
「昼前に終わりそうだ、帰りに昼飯買ってくぞ」
「じゃあぼくは――」
「注文は分かってる」
そう言って、藍色の髪をした青年がテレビ画面に目を移した。
きょろきょろと視線を動かして落ち着きなく座っている三人の姫様こと、帆中千海。
彼女の横に立ち、国の乗っ取りを優しい口調と表情で全国民に伝える赤髪の青年。
画面の中に映っている舞台は、国会議事堂だ。
そこで撮影したものをリアルタイムで街のビルに設置されている巨大モニターを使って配信している。
テレビ番組はその巨大モニターを撮っているため、視聴者はテレビの中のテレビを見ている事になる。
番組によってはライブ配信されている映像をそのまま放送しているところもあるが……。
ともかく意識がある者でこの映像を、たとえば見ていなくとも、国の乗っ取りを知らない者は特大の変人でない限りいないだろう。
首謀者である二人の特殊魔法使いも、今に限っては視聴者であった。
「銀、スカイツリーに登ったのは初めてか?」
「初めてだけど、ここよりも高い所に連れて行ってもらった事があるからべつに」
世界中の、と言っても国内だが、銀の声が届く範囲にいる使い魔が集まってくる。
その声とは、人間が聞き取れるレベルよりも高次元なので、実のところ範囲は分かっていない。
一声で海の向こうにいる使い魔が聞き取った、という事例もあるくらいだ。
「うおっ、お前が呼んだ使い魔、木に張り付く虫みたいにうじゃうじゃいて気持ち悪いな」
「スカイツリーから指示を出せって言ったのはありづかじゃないか」
「ここなら全員を見渡せるだろ。そして、誰も俺たちを見下ろさない」
クックック、と悪役のような笑い方をし、
「今のお前らを誰かが見たら、俺らとお前ら、どっちが悪役なのかねえ?」
隣にいる銀は、噛み合わない話にうんざりして、聞こえなかったフリをした。
テレビ番組は落ち着きを取り戻した。
国を乗っ取ったとは言え、やり方は無理やりだが、トップが変わっただけの話であるし、その変わったトップが悪党というわけではない。
特殊魔法使いの上位三名は言わずもがな、度々メディアに露出しているので知名度が高く、そんな彼らが姫と崇めている帆中千海も見た目は美少女だ。
これまでトップを勤めていたのは多大な知識と経験を踏まえて年配の方が比較的多かったが、若い子をトップにするというのは魔法使いが浸透した今の社会では、新たな流れとして国民には受け入れられていた。
新たなものを受け入れ、慣れるのは若者の方が早い。
未だ文句を言い続けているのは年配ばかりだ。
そんな愚痴ばかりを言っていると以前の権力者と同じく、使い魔が察知して刑務所の地下へ幽閉しようと近寄って来るので、誰もが自然と自重するようになっていた。
特魔の三人はなにも自分たちの独学で国をまとめ上げようなどとは思っていない。
現に、幽閉した権力者の中から、トップが変わる事に賛同している者をサルベージしているのだ。
賛同したのが嘘かどうかはすぐに分かる。
特殊魔法使い第三位、
「……使い魔って、なに食べるんだろ」
面舵は世間の加速についてはいかず、のんびりと目の前の疑問に首を傾げていた。
見た目がペンギンなのでじゃあ海洋図鑑でも眺めていればいいのではと思ったが、とりあえず果物を与えてみたら食べ出したので、これでいいやと調べる事はしなかった。
足下で食事を始めたボールペンから視線をはずし、面舵は自転車の鍵を持つ。
魔法の杖代わりだ。
これまで魔法を使わない生活をしていたため、操作に慣れていない。
大雑把な動きはできるが、細かい動きとなると精彩を欠いてしまう。
なので簡単なもの……箱テッシュなどで練習をした。
薄いティッシュの紙を破かないように宙で動かす。
やはり、杖があるとないとではやりやすさが段違いだった。
一方、みちるは、と言えば……自分の荷物を漁って、取り出したなにかをいじくっていた。
映画やアニメなどで見る光線銃のようなボディだが、銃口には吸盤にも円盤にも見えるなにかが取り付けられていた。
今はそれをコンセントで繋いで充電している最中だった。
みちるは説明書をぺらぺらとめくって使い方を確認している。
……不安だった。
日常生活の魔法化が進んだ事で、電子化への進みは以前よりも遅くなっていた。
視線を戻すと、番組は帆中と特魔を追う事はやめ、コメンテーターを交えた今後の展開を予測し始めていた。
どれもこれも似たような話し合い、似たような結論だ。
子供に任せていたら外国に隙を突かれて攻められてしまう、などと予測する者もいた。
確かに兵器を持ち出されたら日本に勝ち目はない。
ただ、魔法使いが生まれたのは日本が最初であり、現時点で固有魔法を持つ者は日本には十人以上いるが、各国は一人いれば良い方だ。
魔法という観点から見れば、日本はどの国よりも進んでいる。
帆中の事を映さなくなったので面舵はテレビを消した。
彼女はライブ配信を通して見られただけなのに既に人気者だった。
人を惹きつけ、認めさせる魅力は誰にも追随を許さない。
さすがとしか言いようがない。
『呟き』アプリを見ると肯定的な意見が多い。
帆中を知る学生メインが彼女の逸話を拡散させて人気を取っていたのだ。
さっきの今でこうも支持されるのはおかしいと思っていたが、さすが拡散だ。
炎上するのが早ければ、人気に火が点くのも早いらしい。
何事も一長一短か。
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