第10話 奪還編-二日目へ
一〇分後、泣き腫らした顔を見せないように俯かせたみちるが説明を始める。
「まあ、能力は指定通りだし、元々性格と見た目が思い通りにいかないのは知っていたからこの子にする……ここで崩して次に出てくるのがこの子より酷いと沼にはまりそうだし」
あれも欲しいこれも欲しいと欲を出せば永遠に望んだものは手に入らないだろう。
望んだ物を手にしても人はさらに良い物を求めるため、終わりがない。
どこかで妥協しなければならない点を、みちるは今だと判断した。
正直、有無を言わさず崩すと言い張ると思っていたが、意外に冷静だ。
「そう言えば、さっき誰と連絡取ってたんだ? 未来の誰かと繋がってるとか?」
「誰でもいいでしょ」
冷静に見えても不機嫌なのは変わりなかった。
彼女の冷静な判断が連絡先にいる誰かのおかげなのだとしたら、直接そっちに聞いた方が早いと思った面舵だ。
しかし、そうなるとみちるの存在意義がなくなるので、言いづらい……。
その相手が自由に動けないからこそ、みちるが動いているのかもしれないし……その辺りの詮索はまた、別の機会にした方がいいだろう。
話題は使い魔の事へ。
ボールペンギン……自然とみちるがボールペンと呼び始めたので呼び名はそれで定着した。
そのボールペンは現在、亀のようにひっくり返ったまま自力で起き上がれずもがいている最中だった。
少し可哀想だが、野放しにしておくと所構わずつついて部屋の備品を壊すので、自由に動けない今の状態が安全でベストだった。
「それで。今後の僕たちの動き方は?」
「あ、それより先に、あたしの話、してもいい?」
「それが今後の事に関係があるのなら」
「うん……あたしの話というか、未来の話。どうしてあたしが過去を変えたいのかって」
面舵が帆中を救う動機は、彼女の死を受け入れられないからだ。
誰よりもみんなのために動き、時間を割いてきた彼女を、若くして死なせたくない。
彼女に届けられなかった返事を届けるためにも――、
だから、未来を変えるためにこうしてみちると共に行動している。
そう言えば、みちるの動機は聞いていなかった。
帆中を救うために未来から来たのは知っている。
では、帆中を救いどんな結果を望んでいるのか。
自分の都合ばかり考えていた面舵の視野が、時間を置いた事で広がった。
改めて、みちるが過ごした未来、そしてみちる自身の話。
時刻は夜の一〇時を越えているが、意識を失っていた面舵に眠気はなかった。
しかし、そんな面舵をずっと看病していたのは、みちるである。
彼女の意識は自然と船を漕いでいた。
「明日にしよう」
「え、でも……」
「どうせ国は特魔に乗っ取られる。もうそれを回避するのは難しい。だったら、その先で手を打つプランに変えたんじゃないのか? なら、急がない分、休む時間はたっぷりある」
面舵の指先がみちるの額をとんっ、と押し、簡単に彼女の背中がベッドに着いた。
「でも、動いてない時間は、不安でしょ?」
今こうしている間にも帆中がどんな目に遭っているのか分からない。
だが、特魔は帆中の事を『姫』と呼んでいた。
手荒な真似はしないだろうと確信していた。
とは言っても、不安な事には変わりなかった。
「寝よう。僕はソファ、お前はベッドを使っていいから」
「……あんたさ、いつまであたしの事をお前って言うつもりなの?」
「お前も僕の事をいつまでもあんたって呼んでるだろ」
二人で見合い、それもそうかと納得した。
二人は同時に、
「みちる」
「はる……さん?」
みちるの方は多少の照れが混ざっていた。
「未来で僕と知り合いなら、なんて呼んでいたんだ?」
「おじさん」
……まあ、未来の話だ。
年齢差を考えれば、そう呼ばれてもおかしくはない。
ただ、今呼ばれるとやはりショックだった。
「だったらやっぱり、はる……うん。はるが一番しっくりくる!」
「お前がそれでいいなら……」
「お前って言うな」
「……みちるがそれで呼びやすいなら、なんでもいいけどさ」
「じゃあ、はるって呼ぶね」
えへへ、と名前を呼ぶ事がそんなにも嬉しいものなのか、面舵には分からなかった。
「いいから、寝ろよ、僕も寝る」
部屋の電気を消して、面舵はソファに寝転がり、みちるもベッドに横になったと音で分かった。
しばらくしても落ち着かない。
みちるはずっと、寝る体勢を調整している。
やっと落ち着いたかと思えば、みちるが話しかけてきた。
「やっぱり話す……、でも、途中で寝たら、ごめん」
不安なのはみちるも変わらない。
いや、未来から一人で来ている分、面舵よりも不安だろう。
助けを求める事ができる連絡先があるとは言え、この時代の面舵と出会うのは初めてなのだから。
なにもしていない事が不安になるのなら、なにかが進展すれば安心に変わる。
面舵にこうして説明する事が、彼女の中ではやるべきタスクに含まれているのだ。
「えっと、未来ではね、今の時代よりももっと、魔法使いと世代遅れの差が酷くて……あたしたち非魔法使いは、差別の対象になってた」
世代遅れがそもそも差別用語だ。
魔法使いでない者を、公式では非魔法使いと呼んでいる。
だが、大半の魔法使いが世代遅れと呼んでいたのだから、今の時代、さらに以前から差別の流れはできてしまっていた。
それが未来へ進んで悪化したのだから、相当酷いのだろうと、面舵でも想像ができてしまった。
その時代において、みちるは非魔法使いである。
彼女の苦悩はその時代で生まれた者でなければ計り知れない。
「魔法使いが突然、生まれなくなったの。だから魔法使いが権力を持ち、非魔法使いは魔法使いに逆らえくなって、社会的に下に見られていた。あたしが物心ついた時にはもうそういう時代が始まっていたの」
なにがきっかけだったのか。
生まれなくなった理由は、一体なんなのか。
それを知って、みちるはこうして過去へ来ている。
とある人物の死を回避させるために。
「………………帆中が、理由なのか?」
「……そう…………帆中、様、が……様の、正、体が……」
そこで、みちるの呼吸が規則的になり、その続きを聞く事はできなかった。
すぐに叩き起こして続きを聞きたかったが、さすがに面舵もそこまで鬼ではない。
明日になったら聞けばいい。
それくらいの時間まで我慢できる……はずだ。
「……せっかく眠れそうだったのに、話を聞いて目が冴えたじゃないか……!」
お預けを喰らって悶々としながらも、夜が更けていく。
未来を変えるための戦いは、まだ始まったばかりだった。
――この夜が唯一の心安まる日になるとは、彼らは思いもしていないだろう。
『指定通りに使い魔を生み出せた』
朝になって、メッセージを送る。
すると、数秒もしないで、ぽんっ、と画面内にふきだしが出てきた。
『なら、予定通り作戦を決行しよう』
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