第9話 奪還編-使い魔召喚

 衣擦れの音を誤魔化すため、面舵は記憶を遡らせる。


 ……特魔の少年に負けた事は覚えてる。

 同時に、帆中を奪われた事も。


 未来の自分が言った唯一の分岐点で失敗をしてしまった。

 だが、これでチャンスがなくなったわけではない。


 未来の面舵はこの場面で足を踏み出さなかった場合、最悪の未来になると言っているのだ。

 現在の面舵は、踏み出せなかった未来とは違い、失敗はしたものの前進している。

 大局的に影響はないが、新たな分岐点を生み出したとも言える。


 僅かだが、未来を変えた。

 この積み重ねが、帆中千海を救う結果に繋がると信じて動くしかない。


「……帆中を救うと言っても……あの特魔から奪い返すだけで回避できるのか……?」


「それを説明するためにここまで連れて来たのよ。倒れたあんたを背負って狭くて蒸し暑い穴の中を数十分もかけてね!」


「へえ……」

 面舵はまったく覚えていなかった。


 着替えを終えたみちるが、再び部屋へ入って来る。


 太ももが大胆に出たショートパンツと、もこもことしたパーカーを身につけていた。


 髪も解いているのでツインテールではない。

 誰だ? と疑問に思うほど、がらりと印象が変わっていた。


 帆中もそうだったが、髪を下ろすと大分大人っぽく見えるのはなぜだろう。


「お腹空いてない? 空いてなくても食べなくちゃダメだから。これからの事を考えたら腹ごしらえだってできるか分からないし、食べられる時に食べちゃってよね!」


 彼女が指差したテーブルの上に、コンビニで買った弁当やおにぎりが置いてあった。

 意識すると腹の虫が元気に鳴いた。


 時刻は夜の九時を過ぎているため、遅めの夕食である。


 スマホを見てみると着信は一つもなかった。

 元々放任主義の親である。

 万引きの件で完全に見放されたため、このまま一夜を明かそうが恐らく両親が動く事はないだろう。


 それはそれで動きやすい。

 数分で弁当を全て平らげ、あったおにぎりも全て胃の中へ落とし込んだ。


 いつもの倍は食べているが満腹感には程遠い。

 やはり、普段使わない魔法を多大に使ったからなのか。


 食事をしている最中、みちるは腕を組んでうーんと、唸り続け……、


「うん、こうして一旦奪われちゃったなら仕方ない。しばらくは帆中様の奪還作戦は中止よ」

「はあ!?」


 奪われたままだと見せられた未来のように、特魔の三人に国が乗っ取られてしまう。


「だから、一旦、って言ったでしょ。作戦を第二段階へ移す事にしたの」


 そのためには、やっておかなければならない事がある。


「あんたに、使い魔を生み出してもらいたいの」



 みちるが紙とペンをテーブルの上に用意する。


「使い魔を生み出す方法だけど、あたしが指定してもいい?」

「指定? そこはまあ、任せるけど……」

「もしかして、使い魔の生み出し方、知らないの……?」


 面舵はこれまで、魔法を極力使わない生活をしていた。

 嫌われ者で友人関係もない。


 積極的に話しかけてくる帆中は非魔法使いの世代遅れであるため、魔法について少し踏み入った話をする機会に巡り会えなかった。

 自分から調べないと、常識と思われている事も頭に入っていない場合が多々ある。


「別に、知らなくても困らなかったし。というか、魔法使いだからって当たり前のように知ってるでしょって感じで言うなよ。僕みたいに魔法を使わない魔法使いだっているんだから」


「あたし、魔法使いじゃないんだけどね」


 さらりと言ってみちるが作業に入ろうとしたので慌てて止める。


 魔法使いじゃない? 

 過去へ戻って来たのも、面舵に未来を体験させたのも、魔法ではないと言うのか。

 未来では、今よりも魔法が進化しているわけではないのか……?


「未来は今よりももっと固有魔法を持つ魔法使いが増えて……魔法を別媒体に保存、ソフト化したり、もっと身近になったのよ。あたしが使った魔法は二つ、過去へ戻る魔法、あんたに未来を追体験させる魔法……これも、ある人から譲渡してもらった使い切りの魔法なの。あたしは一度も空を飛んだり、物を浮かばせたりしてないわよ? だから当然、使い魔も呼び出せないの」


 だから、面舵に頼んでいる。


「やり方は教えてもらって完璧に覚えたから大丈夫」

「……未来では、魔法使いは生まれていないって事か?」

「ある時、急にね。それも後で話すから、とりあえず使い魔!」


 みちるの指先がとんとんっ、と紙を指す。

 すらすらとみちるが紙に描いたのは、外見、能力、性格、の文字列だ。


 等間隔に置き、それを直線で結んで三角形を作り出した。

 現代ではこれを魔法陣と呼んでいる。


「これはテストだからね。本来なら、重視したい項目の文字を大きくするの」


 外見を指定し、文字を大きくすれば、その外見が反映されやすくなる。

 他の二つも同じく、指定したい能力、性格をそれぞれ大きさを調節する事で、三角形のパラメーターが決定する。


 一方に尖っていればいるほど、反映される可能性のパーセンテージは大きくなっていく。

 全てを均等に、指定を入れるのはあまりおすすめされていない。

 中途半端に反映されて全ての項目がグレードダウンして反映される場合もあるためだ。


 グレードダウンするぐらいなら、一つを尖らせて指定し、他の要素を運に任せた方がいい。

 気に入らなければ使い魔を崩す事ができ、何度でも作り直す事は可能だ。


 ただし、


「一度作られた使い魔を崩してしまうともう二度と生み出す事はできないの。あ、他の魔法陣から生まれる事はあるから、前に自分で生み出した使い魔が別の人と一緒にいる、なんて事もあるのよ。ま、それを見つけられた人なんてあたしは会った事ないけど」


 それを聞いたらソーシャルゲームのガチャを思い浮かべた面舵だった。


 崩してしまうと二度と作り出せない、というのが精神的に少し引っかかる部分であるため、ゲームのガチャよりかはリセットに躊躇いやすいのかもしれない。

 が、それでもあっさりと崩す奴はいる。


「指定は?」

「能力ね。ええと……『蓄える』と――」


 みちるはスマホを見ながら、である。

 三点の内、一つの項目が決定し、他二つと比べた割合は、八を占める。


 外見、性格は二つとも一にし、合計で一〇。

 その割合を越えてしまうと使い魔は生まれなくなってしまう。


 ちなみに、外見は『小さく』、性格は『従順』にしたが、割合が一なので反映されるなどと期待はしない。


 よくある例だが、外見を指定していないと肉食系の猛獣の見た目になって女子供が泣き出してしまう、という事例がいくつもある。


 他にも体が巨大過ぎて敷地内に収まらない、と言ったケースもあった。


 性格は好感度を示しており、それを指定しないとなると、敵対心を生んでくれた主人に持ったまま生まれてくる使い魔も多い。


 その後、反発して逃げられてしまい、あちこちで傷害事件が起きた事もあった。

 使い魔を崩すには遠く離れ過ぎていると機能しないため、逃げられてしまうと生み出した本人でもどうにもできなくなってしまう。


 世界に使い魔が野放しになっているのは、こういう理由があるためだった。

 面舵も能力以外を蔑ろにしているため、覚悟はしておかなければならない……。


 それにしても、『蓄える』能力とは――、


 みちるの考えが読めなかった。


「はい、後はここに署名をして、血を分け与えれば使い魔が誕生するから――」


 部屋にあった備品の安全ピンの先っぽを使って、みちるが面舵の指に突き刺した。


「!?」

 ぷくぅ、と膨らんだ血液が紙の上へ滴った。


 瞬間、紙が真っ赤に染まり、くしゃくしゃと自分で丸まって、磨いた泥団子のように綺麗な球体になった。


 そこから膨らんだり凹んだり、沸騰した水のように気持ち悪い動きを繰り返して、粘土細工の作業を早送りしているように、形が整えられていく。


 元々あった質量を越えて大きくなっていく事に文句をつけてはいけないのだろう。


 やがて、テーブルの上に現れたのは自重を支え切れずにごろごろと転がっては手足をばたばたさせている……、


 ペンギン、か? だった。


「わぁっ、これ、ボールペンギンだよ!」

「え、名前あるの?」


「うん! あたしの時代だと使い魔図鑑があって、これまで確認された使い魔には名前がついてるの。人によって生み出される使い魔が違うって言っても、無限にレパートリーがあるわけじゃないし、ある程度は種類が固定されてたりするんだよ!」


 みちるは説明しながらずっとボールペンギンを抱きしめていた。

 抱きしめやすい大きさで、抱き心地も良さそうな見た目だ。


 きゅいきゅいッ! 

 と抱かれている方は手足をじたばたとさせて抗議をしているが、抱きしめている方は、

「かーわーいーいー!」と知ったこっちゃない感じだった。


 能力が反映されているからこその、そのまんまるな体なのだろう。


 小さい体、というのも、ある程度は反映されたらしい。

 第一位が使役していた、地面に潜水するクジラのように巨大だったらどうしようかと不安だったが、杞憂だったようだ。


 ここであんな巨大な使い魔が生まれてしまえば、ホテルの一室を借りているだけの面舵たち以外の大勢を巻き込んで、大事件になってしまう。


 だから問題は最後の一項目。

 性格だ。

 今見ている限りでは、少なくともおとなしく従順ではさそうだが……?


 そっと手を伸ばしてみると、くちばしがすかさず面舵の手をつついた。


「たっ!?」

「あははっ! ご主人様なのにやられてる。使い魔には性格が悪いのバレたみたいだね」


 みちるが嬉しそうに。


「……あ。そういうお前も気をつけろよ」

「え?」


 ずりずりと体を小刻みに左右に揺らして体の向きを変えていたボールペンギンのくちばしが真上を向いた。

 抱きしめているみちるの顎が丁度良い位置にある。


 つついたと言うより、突撃したような衝撃だった。


「~~~~~~~~~~!?」


 声も出ないくらいの痛みにみちるが顎を押さえる。

 乱暴に地面へ落とされたボールペンギンは名の通り、ボールのようにバウンドして面舵の足下へ。


 自力で立ち上がれない使い魔の頭を面舵が片手で鷲掴み、


「お前の言い分で言うと性格が悪いとつつかれるみたいだけど……」

「っ! ッ!」


 抱きしめられていた使い魔のように、じたばたと暴れて痛みを和らげている。

 落ち着くまではしばらくかかりそうだ。

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