第二章

第7話 奪還編-開始

 未来で見た、分岐点と言える土手に辿り着いた。


 貸し出し用の箒を駅から借りて空を飛び、法定速度を越えて飛ばし、数分の移動時間だ。


 着いて上から見たところ、土手の斜面に座り込んでいる帆中はまだ一人だった。


 面舵は安堵の息を吐く。

 まだ特魔と接触していないのであれば、相手のアプローチよりも先に帆中を連れ出してしまえばいい。


 まともに特魔とやり合っても勝てるわけがないのは分かっている。

 たとえ扱える魔法が自己防衛として役に立つとは言え、基礎的な魔法から、特魔は一般人とは技術のレベルが違う。

 ましてやそれに固有魔法が加わっているのだ、基礎的な魔法でどうこうできる相手ではない。


 面舵が箒から下りて地に足をつける。

 慌てていたのでみちるを置いてきてしまったが、場所は分かっているはずだ、やがて追いつくだろう。


「……っ、はぁ……ッ、帆中……!」

「あれ? なんで君がここにいるの?」


 面舵は思わず彼女に身を寄せたい衝動に駆られたが、なんとか踏み止まった。


 当たり前だが……いる。

 生きている。


 元気に動いて、声が聞けた。

 それだけで泣きそうになった。


 様子がおかしい面舵に違和感を覚えたのか、帆中が珍しく眉を寄せて困り顔だ。

 あの帆中でさえ言葉を失うほど、今の面舵は様子がおかしかったらしい。


 説明は難しかった。


 今の帆中に未来の話をしたところでちんぷんかんぷんだろう。

 訳が分からないだろうし、みちるから話を聞いた最初の面舵と同じ反応をするはずだ。


 妄想だとまず決めつける。

 それくらい突拍子もない話なのだから。


 それに、面舵には未来について、説明できない理由がある。

 この場にはいない、未来人のみちるから絶対厳守と言われたルールである。


『未来の事を他の誰かに話したりはしないで。それだけで、大きく未来が変わっちゃう事もあるから』


『変わるんだったら別に……?』


『良い方に転ぶのならね。でも、大抵は悪い方向へ転がる。あんたが見たあの未来よりももっと最悪な結果になったらどうするの?』


 そう言われてしまえば興味本位で手は出せなかった。

 原則、未来人は過去の人物に未来の事を話してはならない事になっている。


 なっているもなにも前例がないため、明確なルールになっているわけではないが、場数を踏んでいるみちるが言うのだから間違ってはいないはずだ。


 そうなると……あれ? と思う事がある。


『僕にばれてるけど』


『あんたはいいの。……まあ、賭けだったんだけど……実際にこうしてなにも起きていないから、あんたに未来の事情を話しても未来は変わらなかったって事なのよ』


 良い方にも悪い方にも。


 未来が大きく変われば――そう、敷かれたレールからはずれ、別の未来へ繋がるレールへ乗ったら、みちるは強制的に元の時代へ戻される。


 みちるに変化がないのだから、面舵にばれたところで大して痛くも痒くもないという証拠であった。


 みちるが言うには、今乗っているレールからは中々はずれにくいらしい。


 悪い未来へ変化する可能性は少ない。

 だから安心していいわけではないが……その代わり、良い方へ転ばせる事も難しい。


 その難しいをなんとかしなければ、未来を変える事は絶対に不可能だ。


「ここを離れるぞ」

「わお、積極的だねー。急にどうしたの?」


 言われて気づいたが、ごく自然に帆中の手を掴んで引っ張っていた。

 自覚し、慌てて手を離す。


「……いや、悪い……とにかく、ここは危ないんだ。説明は後でするから、今は僕に着いて来てほしい」


 上手く説明できるとは思えないが、ここで悩んでいても仕方ない。

 悩むのなら別の場所で、だ。


 こうしている間にも、帆中を探している特魔が近づいている。


「はいっ」


 と、帆中が手を差し出した。


「? 連れて行ってくれるんじゃないの? 今はなにも聞かずにいてあげる」


 差し出した手を掴め、と彼女の目が語っていた。

 しかし面舵は背を向けて、身振りで着いて来いと示す。

 その辺りの天邪鬼は健在だった。


 むくれた帆中を無視して、土手の斜面を上がる。

 そこには一人の少年がいた。


 似合わない制服姿だ。

 体は小さく、ランドセルが似合いそうだが、中学生ほどだろうか。


 彼は生気のなさそうな瞳を、面舵、帆中と順番に移し、


「……連れがいるとは聞いてないのに」


 次に、まあいっか、と息を吐いた。


 写真、映像で見るのと実物で見るのはやはり違う。

 面舵も最初は気づかなかった。


 思ったよりも小さかったから、知っていた人物像よりかなり幼く見えたのだ。

 だけど対面して分かった。


 彼は間違いなく、特殊魔法使い、第一位と呼ばれている――。


「確か、梶川かじかわ……ぎん……!」


 彼は名前を言い当てられても表情を一切変えなかった。

 じっと、面舵だけ……その一点を見つめている。


 自分が有名人である事を自覚しているのだ。

 だから、素直に魔法を発動する事もなかった。 


 黒い球体が面舵の視界の端に映った。

 咄嗟に片手で握っていた箒を振ったが、当たらない。


 では、得体の知れないなにかは一体どこへいったのか。

 周囲を警戒していたら、後ろでどさっと倒れる音がして気づく。


「ッ、帆中!?」

「大丈夫だよ、ぐっすり眠ってるだけだから」


 土手の芝生だったのでまだ良かった。

 面舵が立っているコンクリートの地面であれば、倒れただけでも打ち所によっては青い痣になってしまっていたかもしれない。


 彼女の肩に乗っているのは、黒い球体に、小さな悪魔のような羽が生えた……、コウモリだろうか。


 非常によく似ているが、実際はコウモリではない。

 この地球上にこれまで存在していなかった生物である。


 魔法使いが生まれたのと同時に誕生した生物。

 魔法使いが使える魔法、その三……使い魔の生成だ。


 魔法使いであれば誰もが使い魔を生み出す事ができ、その使い魔には特別な能力が宿っている。


 このコウモリで言えば、睡眠薬を牙から相手の体に注入できるのだろう。

 これが彼、梶川銀の使い魔だった。


 ……本来であれば。


 例外なく、魔法使いに使い魔は一体までだ。

 二体目を作ろうとすれば一体目が自然に消滅してしまう。

 彼らは一応生物であるが、食べ物を必要としないため、生物という枠に入らない。


 書類上は人工物、という事になっている。


 この使い魔の存在が、地球において大問題を引き起こしているのは有名な話だった。

 使い魔は小さく愛らしい姿をしている事が多く、同時にペットの需要が減った。


 使い魔は生み出した魔法使いの言う事を聞くようにはなっているが、感情があるため雑に扱っていれば逃げ出す事もある。

 そして、使い魔自身はなにも食べなくとも生きていられるのだが、本人はそれを自覚していない。


 つまり、魔法使いの手元から離れた使い魔は生きるためにその他の生物を喰らう。


 使い魔の基礎体力、食欲は地球上の生物を上回っており、たとえ野生の生物が大群で襲ってもたった一体の使い魔だけで殲滅できる戦闘能力を持っている。


 一体だけでも野放しにするだけで、気に入らない一つの種を絶滅させるまでに至った。

 やがて、生態系が崩壊し、地球上にいた生物は姿を消した。


 自然から生まれ、生き延びている生物は現代においては存在しない。

 全てが人間によって飼育され、繁殖している養殖生物になっている。


 自然の中で、使い魔が繁殖する事は一切ない。

 にもかかわらず、世界にいる野良の使い魔は相当な数に及ぶ。


 魔法使いの大半が扱い切れなかったり、逆に使い魔から見放されたりして、手元から離れているのだ。

 今では野生の生物と言えば野良の使い魔の事を言う。


 そして。


 梶川銀の固有魔法は、世界に散らばったその使い魔たちを、まるで自分の使い魔のように使役する事ができる魔法である。


 それがなにを意味するのか。


 だからこそ、分かりやすい強さはないが、彼は第一位に任命されたのだ。

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