第6話 逆転編
目を開けて見た未来の光景だが、いつ頃なのかは分からないが、少なくともこれまでのように数日単位ではなかった。
恐らくは数年が経っていた。
街並みは大げさに変わってはいないが、魔法が今よりも社会に浸透している。
なによりも見下ろす自分の姿が成長していたのだから、嫌でも気づく。
公園のベンチで座っている自分が今一体なにをしているのか、気になった。
見た目を考えれば大学生くらいか?
大学は行っているのか? 就職しているのか。
大学へ行っていないのならば仕事は?
無職なのか?
公園の時計を見ればまだ昼間だ。
平日かも分からないが、こんな場所でのんびりできる生活をしているとしたら、不安になってきた。
魔法を使って遊んでいる子供たちを眺めながら、未来の面舵が、握っていた缶コーヒーを落とした。
からんからん、という音に子供たちは反応しないが、転がったその缶を拾った者が目の前にいた。
車椅子に乗っている。
綺麗だった黒髪が真っ白になっており、健康だった体も今はやせ細っている。
以前の帆中の、見る影もなかった。
「最後だから、来ちゃった」
「お、まえ……帆中、だよな……?」
「うん。そうだよ、帆中千海、ぴっちぴちの二十歳ですっ」
震える腕を無理に上げて目の横でピースをした。
しかし、元気に振る舞っているがすぐに咳き込んで体を丸めてしまう。
彼女がここまで衰弱し切っている事を、この時代の面舵はまったく知らなかったようだ。
テレビに映る彼女は元気に見えたのに。
髪も黒色だった。
なのに、どうしてこうも急激に――。
「ううん。……テレビは、ほら、編集とか、加工できるから、みんなに心配かけないようにしていたの。三人が頑張ってくれてね……」
帆中を守護する特魔の青年たちだ。
いや、この時代ではもう大人なのか。
「本当はこうして外に出ちゃダメなんだけどね……残された時間も少ないみたいだし……」
「残された時間だと……? お前、なに隠してんだよ!」
面舵の怒声に、帆中は微笑むだけだった。
「最後に君に会いたかったの。ほら、あの日以降、会えなくなっちゃったじゃない?」
いつの日の事を言っているのか、面舵は分からずに言葉を失った。
「万引きの誤解を、君が自分で勇気を振り絞って解いたの、忘れちゃった?」
「お前、覚えて……」
「もちろん。あの日……あの後、わたしがいる土手まで来てくれたよね?」
寸前まで行ったが、結局引き返してしまった時の事を言っている。
ばれていないと思っていたが、帆中には見つかっていたらしい。
「声はかけてくれなかったけど……でも、嬉しかった。やっと君がわたしに歩み寄ってきてくれたんだなって、思って……」
「…………」
「君とは、中学時代から仲良くなりたかったから」
「……どうして……!」
あれだけ帆中を敵視していた自分と、なぜ仲良くなりたいと思ってくれていたのか。
全世界の人と仲良くなりたくて、後残っている不出来な関係が面舵だけだった……帆中ならそういう理由で追いかける事もあり得るだろう。
「君は魔法を持ちながら魔法を使わなかった。なぜなら魔法による代償がどういうものなのか分かっていたから……違う?」
この光景を見ている、現在の面舵はなにも分かっていない。
魔法の代償とは、多少疲れる程度のものとしか認識していなかった。
「今の世界は、とても冷たくて、寂しい。でも君は、昔と変わらずいてくれている」
君は優しいね。
その言葉はかすれてしまい、聞き取れなかった。
「帆中!」
車椅子から前向きに倒れそうになる彼女の薄く軽い体を支える。
まるで、折り畳んでまとめた一枚のレースのカーテンを腕に乗せたようだった。
「周りのみんなが変わっていく中で、君は変わらずいてくれた。変わらないわたしと同じ位置にいてくれて――待ってくれていた。ずっと、ずっと……足を踏み出して会いに来てはくれないけど、決して会う事を諦めたりはしなかった。……だよね?」
それは、停滞しているだけだ。
勇気が出ない癖に、諦め切れずに夢ばかりを見ているだけだ。
子供のまま、大人になり切れていない。
彼女の体に触れ、気づく。
ぴんっと張っている糸が、徐々にたるんでいくのを実感する。
「帆中……帆中! お前、気を緩めるなよ、耐えろ! じゃないと、お前は――」
「わたしにはもう、時間がない……死ぬんだよ? わたし、最初から二十歳までしか生きられない体だったみたい」
彼女は笑って言った。
でも、我慢して作った偽物の感情だとすぐに分かった。
「こんな体だって、分かっていたらなぁ。もっとたくさんの事がしたかったなぁ。みんなのために動いて、みんなを助けて、みんなと仲良くなって。これまでやってきた事が間違いだなんて思わないし、後悔もしてないよ? 利害だけで人間関係を作ってきたわけじゃないからね」
でも、考えてしまう。
多大な時間がかかったみんなのための時間を、少しでも自分のために割いていたら。
人並みに部活をして、気になる人を見つけて、メールの返信一通にやきもきして、明確な好きを自覚して、ラブレターの一行一行に悩んで、苦しんで、友達に急かされながら屋上に呼び出したりして。
恋をして喧嘩して、仲直りをしてを繰り返し、家族になって、子供を生んで成長を見届けて、子供の結婚式で涙を流して大きくなった孫に見届けられながら死ぬ幸せの可能性だって、あったはずなのだ。
こんな死に方じゃなくて。
まだ、自分自身はなにもできていないに等しかった。
やり残した事があった。
『面舵晴明と友達になる!』
せめて、心残りであったノートに記したこの一行だけは。
死ぬ前に達成したかった事だった。
「君の、重荷にはなりたくなかったから……ねえ、わたしと、友達になってよ」
「……お前、卑怯だぞ。こんな場面で、そんな言い方で、嫌だなんて、言えないだろ……」
「言う気だった、なんて、……ひどいなー」
彼女の体に宿っているはずの生命力が、花びらのように散っていく。
リアルな幻視だった。
彼女が口を動かす度に花びらは地面へ落ちていく。
そして消える。
跡形もなく、だ。
「答え、いい……?」
彼女の指が、面舵の唇に触れた。
すーっと、その指が下唇をめくろうとして、すとんと落ちた。
「……あ、」
面舵は背筋が凍り、すかさず答えた。
だが、彼女の返事はなかった。
動かない。
動いていない。
心臓の音が、聞こえない。
――届かなかった。
また、だ。
迷っている内に、彼女の最後の願いさえも、面舵は届ける事ができなかった。
友達になってよ――それは、こっちのセリフだったのに。
彼女よりも、友達になりたかったのは、面舵だったのに――。
「ぁ、ぁがっ、うあああああああああああああああああああああああああああッッ!」
驚いている子供たちの視線も気にせず、面舵は声を上げて涙を流した。
それを傍観する、現在の面舵も。
頬を伝って流れる、一筋の涙があった。
「あたしは、過去を変えたい。――あんたは、どうしたい?」
気づけば駅のホームに戻っていた。
目の前には、センサーに反応して止まった車両。
その車両が、扉を閉め、次の駅へ向けて発進する。
本来なら誰もいないはずのホームに、未だ二人の人影があった。
ベンチに座る二人の位置は変わっていない。
車両が来ても動かなかったためだ。
車両に乗れば、後は帰るだけ。
どんな苦しみも背負う事なく、これまで通りに日常が待っている。
受け入れてしまえば、楽だった。
事前に知ってしまえば、身構えるのは簡単だった。
時間はたっぷりある。
ゆっくりと耐えられる心にしていけばいい。
それでも、面舵は、車両には乗らなかった。
少女は知っている。
彼は動く車両に、見向きもしなかった。
周りが見えていない。
それほどまでに、なにを想い、なにを決意したのか。
言わずとも、彼の意思はじゅうぶんに伝わっている。
「……みんなのために頑張ってきたあいつが、なんであんな死に方をしなくちゃいけない」
許せなかった。
だから――。
言うのは簡単だ。
問題はどう解決するか、具体案がなければ始まらない。
面舵一人では無理だっただろう。
だが、未来から来た少女が隣にいる。
彼女は、未来を変える具体案を持っているはずだ。
今度こそ。
口だけでは終わらせない。
「そんな未来は間違ってる! だから、変えてやる、最低最悪な未来になんかするか! あいつが幸せになれる未来を見つけて掴み取ってやる! 絶対にだ!」
そして。
魔法使いと未来人の、最悪な未来を変える物語が、今始まる。
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