第4話 絶望編
てへっと舌を出した帆中の態度を見て、良い方へは期待できなかった。
「絶賛公開中。わたしの学校での交友関係……学年問わずみんなに今の会話が聞かれてると思うから、君はもう大丈夫だよ。これで明日からは孤立しないね」
どうやらデータ共有アプリで今の録音が拡散されているらしい。
思っていたよりは良い方向へ転んだと言えるが……しかし問題は、これを公開した事で誰とどこにいるという事が特定の人物にはばれてしまう事だ。
その人物はたとえ部活中であっても帆中の事となれば飛んで来るのは確実なので、ここで長居をするわけにはいかなくなった。
「帰る」
「え、……怒ってる? わたし、余計な事しちゃった!?」
「…………別に」
違う。
言いたい事はそうじゃない。
「僕は、これで貸しを作ったとは思わないからな」
当然、これも違う。
たった一言なのに、口からその言葉が出てくれなかった。
「いいよ。わたしも貸しを作らせたかったわけじゃないしー」
「…………なあ」
それでも、面舵としては、これが精一杯、彼女に踏み込んでみた言葉だった。
「魔法使い、に、……早くなれたらいいな」
帆中はきょとんとした後、やがて表情が柔らかくなり、笑みを作り出す。
「うん!」
コンビニから遠く離れてから振り返っても、帆中はずっと、大きく手を振っていた。
彼女は余計な事と言っていたが、あの録音の効力は大きいだろう。
録音自体ではなく、帆中から投稿された事が大きな意味を持つ。
添えられたコメントを合わせれば、面舵は明日から本当に孤立しなくなるだろう。
話しかけてくれるクラスメイトの数人はいるはずだ。
拾うも捨てるも面舵次第だが、今のように自然とヘイトを集め続ける事はないだろう。
それも、帆中のおかげだ。
彼女がこうしてコンビニに連れて来てくれなければ、こうはならなかった。
最初からここに連れて来ようと企んで玄関で待ち伏せていたのだろうか。
……どうしてそこまで、人のために動けるのだろう。
どうして、中学時代に酷い仕打ちをしてきた自分を、気にかけてくれるのだろう。
今日、面舵晴明は帆中千海に救われた。
たとえ対抗心があろうとも、今日の事実を、なかった事にはできなかった。
改札を抜けて駅のホームへ登る。
いつも利用するベンチに着いたらぎょっとした。
人がいたのだ。
しかも女子高生……よりは、もう少し幼い顔立ちだ。中学生くらいか。
あり得ない事ではない。
利用数が減ったとは言え利用者はいる。
横長のベンチは真ん中の肘置きで左右に区切られている。
片方に中学生が座っているので、必然的に面舵は残っている片方へ腰を落とす事になった。
電車の本数は昔と比べて少ない。
さすがに田舎でよく言われるバスが一時間に一本ほどではないが、三〇分に一本くらいになる。
タイミング悪く逃してしまったばかりなので、ここから三〇分は待たなくてはならない。
隣の女の子と一緒に、だ。
同じ行き先のベンチに座っているのだから、まさか逆方向の電車に乗るわけもないだろう。
彼女はスマホをいじっている。
面舵も本でも読もうかとカバンから文庫本を取り出した。
そのタイミングで、女子中学生が視線を上げた。
「面舵晴明さん……で、合ってますよね?」
文庫本へ落とした視線が、強制的に上げさせられた。
一切の面識がない女子中学生と目が合った。
桃色の髪を左右で結んだツインテール。
まるでアイドルにでもいそうな華やかな見た目をしている。
ただ、人前に出るなら睨み付けるように細めた目はやめた方がいいと思ったが。
その目が面舵を敵視しているクラスメイトの女子に似ていて、返事をするのに躊躇った。
できれば知らんぷりをしたかったがそうもいかない。
この場にいるのは面舵と中学生少女の二人だけだ。
自分にまさか声をかけているとは思わなかった、ととぼけるのは不可能だろう。
名指ししているのだからその手も使えない……。
まず、どうして名前を知っているのか、個人情報の漏洩元は把握しておきたい。
「……合ってるけど……君は誰だ?」
「良かったです、今回は違う人のフリをしないでくれて」
今回は?
「
「……どこかで会った事でも? 悪いけど、僕は君の事なんて――」
「ええ、知らないと思いますよ。面舵さんからすればあたしと会ったのは初めてですし」
さっきから気になる言い回しをする少女だ。
意味深なセリフを吐けば興味を持ってもらえるとでも思って小細工をしているのか?
……僕からすれば、か。
たとえば小さな頃に彼女は僕の事を遠くから見て知っていて、でも僕は彼女の事を認識していなかったとすれば、言い方にも納得がいく。
だとするとやっぱり会ったのは、互いに今回が初めてのような気がするが。
「次の電車まで時間がありますし、少し付き合ってもらえるとありがたいです」
「雑談なら、まともな返しができるとは思えないよ」
「大丈夫ですよ、話題はそこら中に転がっていると思いますから」
ぎしっ、とベンチが軋んだ音が聞こえた。
三国みちると名乗った少女が、ベンチの肘置きに体重を乗せたのだ。
境界線を乗り出して突き出された額が、様子を見た面舵の額にごんっ! と強くぶつかった。
一瞬、暗闇の中で星が散り、次に目を開けた時――、
既に駅のホームのベンチではなかった。
ベンチには座っているが、待ち合わせに有名な銅像の近くの、である。
時刻を見れば、夕方から昼前へ、進んだ……?
その間の記憶が、なぜかごっそりと消えてしまっている。
するとベンチから立ち上がり、離れて行く青年の背中が見えた。
……自分だった。
そう、重なっていた自分の一枚が剥がれて先へ行ってしまったかのような感覚。
しかし、いつも鏡で見る自分とは違う、違和感があった。
服装は誤魔化しが利くし、気になる差異ではない。
ただ、体格が僅かに違う。
面舵は今でも小柄な方だ。
だから成長期が急にきてもおかしくはないが……。
「あ、とにかく、追わないと……」
離れて行く自分の背中をそのまま見送っては、取り返しのつかない事になるのではないかと危惧し、ベンチから立った。
だが、追いかける、という行為をする必要はなかった。
気づけば離れて行ったもう一人の自分の後ろに、突然追いついていたのだから。
つかず離れず、自分を背中から見ている。
まるで奥行きのあるアクションゲームをプレイしているようだ。
「それよりはアトラクションと思ってください。こっちがなにもしなくても視点は面舵さんを……目の前にいる、もう一人の面舵さんを追いかけますから」
「説明は、あるんだろうな? なんだよ、これ、なにが起きてるんだよ!?」
「もちろんしますよ。ほら、話題には困らないでしょ?」
すると、彼が立ち止まった。
見上げた視界に映っていたのは、ビルの巨大モニターだ。
普段は様々な広告映像が流れていたり、天気予報が流れたりしているが、さっきまでブラックアウトしていたモニターが、急にこれまでなかった新たな映像を流し始めたのだ。
誰もがモニターに注目していた。
そこには。
大仰な椅子に座っている、帆中千海の姿があった。
彼女の周りには、三人の男たちが立っている。
面舵も彼らの正体は知っていた。
「帆中、と、……
「ええ、そうですよ。ちなみに誰が何位かは分かってます?」
それは分からない。
ただ、面舵のような普通の魔法使いではない、特殊な魔法使いというのは知っている。
特殊魔法使い――略して、特魔と呼ばれているのだ。
中でも日本政府が実力を認めた特魔に順位付けをし、様々な支援をする事で、彼らから多大な協力を得ている。
彼らが持つ『固有魔法』は、強力であるがゆえに危険でもあるが、重要なのは使いようだ。
人を簡単に殺害できる道具は人間の力では動かせない物も破壊する。
彼らにとって得たい支援がじゅうぶんであれば、わざわざリスクを負って世界を敵に回す事はしないだろう。
だが、やろうと思えば反逆できるという事でもある。
多分、今回のこれは、そういう事なのだろう。
『えーっと、わたし、ここに座ってればいいの?』
『はい、帆中様は堂々としていてください』
画面の中で、帆中はよく分からない様子で周囲をきょろきょろと見回していた。
三人の中で仕切っているのは、赤髪で高身長の男だった。
どうやらこれから話すのも同じく彼の役目らしい。
『皆様、急で申し訳ありません。重要なお知らせがありますので、少しのお時間を取らせて頂きます』
次に、彼はとんでもない事を言い放った。
『日本政府は今日限りで崩壊します。穏便に済ませましたが、反対者は地下の牢獄へ幽閉しておきました。もちろん、命に別状はありません。して――今後は我々特魔の三人と、新たな王となる帆中千海様によって世界は滞りなく回っていくでしょう』
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