第131話 意地っ張り
負けず嫌いと意地っ張りの違いはなんであろうか。
そう問われた時、直史はこう答えるようにしている。
「とにかく試合に勝てばいいのが負けず嫌い。試合の勝ち方にこだわるのが意地っ張り」
そしてピッチャーは全員が負けず嫌いではあるが、意地っ張りは大成しにくい。
もしくは意地を通せるだけの才能など、そうそうはいない。
だが圧倒的な才能があるのならば、むしろ意地っ張りであることが大成には必要かもしれない。
大滝は意地っ張りで、それを監督も許しているのだな、と直史は考える。
まあ160kmを投げられるようなピッチャーなのだ。下手に小さくまとまって勝つよりも、意地を張って負ける方がいいのだろう。
大介と勝負する限り、花巻平が勝つ可能性は低い。
だがそれでも勝負させるのは、大滝の大成のためか。
(練習試合でボロクソに負けてるんだから、もうあれでいいと思うんだけどな)
二打席目の大介は、また一本狙っている。
大滝はいい投手だ。はっきり言ってしまえば怪物だ。
同世代にそれ以上の怪物のバッターと、怪物をしとめるハンターのようなピッチャーがいたことが不幸だ。
だがその不幸はあくまで高校野球までの話で、プロに行けば怪物ど言われる選手はいくらでもいる。
それでも高校レベルならば普通は無双だ。白富東でも、アレクでさえまともには打てないピッチャーに成長した。
だから大介は、一発を狙うわけだが。
(ホームラン予告でもすれば、正面から勝負してくれるかな)
観客の反応が怖いのでやらないが。
まだ現在の大滝の球威では、他のバッターが打つのは難しいと思っている。
ワンナウトから塁に出ても、鬼塚と倉田では返せないだろう。バットに当てるぐらいが精一杯だ。
(長打以外はいらない)
インローに変化してきたスライダーを打てば、ライト側のファールフライが軽く最上段まで飛んで行く。
際どいところのストレートもカットする。チェンジアップもぐっと我慢してファールにする。
ツーナッシングまでは追い詰めた花巻平のバッテリーであるが、そこから決める球がない。
スライダーとアウトコースのストレートで誘ったが、大きく外れたボール球には手を出さない。
大介は高めであればボール二つ外れていてもホームランに出来る。しかし高めにはさすがに投げてこない。
(さてここまで投げれば、MAXのストレートを投げるしかないんじゃないか?)
大介はそう誘導するが、さすがに花巻平のバッテリーもそれは分かっている。
投じられた七球目は、ゾーンぎりぎりのチェンジアップ。
(くっそ)
スタンドまで持っていくにはタメが足りない。
振り切ったバットはボールを、外野の頭を越えるところまで運んでいった。
ツーベース。だがおそらくここからでは、点は入らない。
またも投手戦になった。
だが違うのは、大介を塁に出してどうにか攻められた準々決勝と違い、大滝は他のバッターでは全く歯が立たないということだ。
二塁に大介を置いた時、鬼塚に投げたストレートが159kmを叩き出した。
次に、それに備えていた倉田はチェンジアップを引っ掛けた。
全力ストレートは捨てていくという方針のはずだが、明らかにゾーンであれば振ってしまう。
そしてコースが甘くても打たれないのが、大滝のストレートだ。
武史のストレートも魔球に近いが、大滝のストレートもそれに劣るものではない。
岩崎と違ってそれなりに球数を投げさせているが、まだまだ燃料タンクの中は空には遠い。
(細かい故障で投げられない期間があった分、足腰とスタミナはしっかり鍛えてきたわけか)
秦野としても、まさかここまで打てないとは思わなかった。
蝦夷農産はよく三点も取ったものだと思うが、得点していたのはリードされていた場面ばかりだから、やや抜けた球だったのだろう。
七回の表、ここまでヒット一本と四球二つに抑えていた岩崎は、先頭打者に大滝を迎える。
大滝は地方大会で三本、甲子園でも一本のホームランを打っていて、打者としてもかなりの注意が必要だ。
(でもピッチャーだから走らせないし、割と大味なんだよね)
追い込んでからカットボールでゴロを打たせたが、打球が速くて倉田とシーナの間の一二塁間を抜けていった。
ノーアウトからのランナーが出た。
スコアでは1-0とリードされているので、ここはランナーを大事にしたいだろう。
(ここはたぶん送って、代打を出してくるかな)
ジンはベンチを見る。秦野の指示は、バッターでアウトを取ること。
おそらくランナーを進めて、次かその次で代打を出してくる。
今日の岩崎の調子を考えれば、この先チャンスが回ってくるのはおそらく一回。
ここで同点にしておかなければ、最後のチャンスで二点を取る必要が出てくる。
花巻平から見れば白富東は、後ろに控えるピッチャーがいくらでもいるのだ。
読み通りに花巻平のベンチ前では、背番号の大きなバッターがバットを振っている。
ここはやらせて、ワンナウト。
大滝が二塁にまで進んだ。
どちらに代打を出してくるかと思ったが、六番はそのままに入る。
「まあショートだから代打は出しにくいか」
直史としてはそう読んだが、菱本は他のデータも持っている。
「六番は流し打ちがものすごく多いんだ。つまり最低でも進塁打にはなる」
その通りで三球目を一二塁間を狙われ、シーナがキャッチして一塁で送ってアウト。
ツーアウトで代打が出る。
「地方大会では三打数三安打の三打点」
「歩かせるって手もあるけど、次は風間か」
キャッチャーの風間は打率はそこそこなのだが、出塁率が高い。
甲子園への決勝点を上げたのも風間なのだ。
「風間まで歩かせたら?」
「ワンヒットで二点になるだろ。それならここで勝負の方が得点の期待値は低い」
ベンチでは控えが色々と話しているが、秦野としては指示はない。
そしてジンとしても、ここは勝負である。
七回の裏、先頭バッターは大介だ。
最悪ここで同点にされても、大介はホームランを打ってくれる。
そもそも大介以外は全く手も足も出ていないのが、練習試合とは違うところだが。
七回は試合の動きやすい回と言われるが、それは一定のピッチャーの疲労が溜まり、集中力が途切れがちになるからだ。
だが岩崎としては完投をするつもりで投げてはいない。
いけるところまでは0行進で、スタミナが切れたら直史に交代だ。
大滝を相手に投げるということは、それだけ後のことを考えずに投げるしかない。
代打の切り札相手に初球スライダー。
アウトローのこれを読まれていたか、打球はセカンドの頭を越えた。
クリーンヒットで大滝が帰り、1-1の同点となる。
花巻平側の応援は大騒ぎだが、打たれた岩崎は冷静だ。
出会い頭だ。こういうことはある。
ストライクから入るべきではなかったかとも思うが、それもあくまで結果論だ。
後続を切って、この表は同点までに抑えた。
そして七回の裏は、大介からの打順である。
ここまで白富東は、大介以外は完全に封じられている。
そして花巻平は、大介を全く封じられていない。
せっかく追いついたその回の裏に、大介の打席が回る。
これをどう捉えるかで、この試合の趨勢は決するだろう。
(ホームランを打てればうちの勝ち。三振に取れればあちらの有利)
秦野はそう考えている。
白富東も全く打てないなりに、球数は放らせるように粘っていた。
もっとも一番粘ったのがシーナなのはご愛嬌である。
女子だからと思ってか、抜いて投げて危うくヒットになるところであった。
大滝の球速に衰えは感じられないが、打線の目は少しずつ慣れてきている。
そして三打席目の大介は、大滝とどう対決するか。
インハイのボール球。まず仰け反らせてきた。
これだって打てなくはないが、スタンドに放り込むのは難しい。
次にスライダー。これはボール球でもおかしくなかったが、判定はストライク。
そして三球目、アウトローのストレートは、微妙であったがストライク判定。
(なんか審判、俺に辛くないか)
ツーストライクと追い込まれはしたが、大介の思考はクリーンなままである。
あとボール球が二つ投げられる。
(大滝、じっくり行け)
監督笹井はしっかりと見つめる。
大介を三振に取ることは、単にワンナウトを取ることとは違う。
他の打者を三人、力任せに三振させるよりも、はるかに重要なことだ。
白富東側も、この場面の重要さは分かる。
(早めに追い込まれたのは、むしろいいかもしれないな)
秦野は考える。これで大滝は、勝負球を投げてこざるをえないと。
ここまで二打席、大滝は大介との勝負にきている。
しかし一打席目は真っ向勝負であったが、二打席目は明らかに打たせて取るピッチングだった。
ゾーンにストレートを投げるのは、かなり勇気がいる。しかしあのストレート以外で、大介を三振に取れると考えているか。
本当ならばここは、ホームランまで狙うのは贅沢すぎる。
鬼塚と倉田も、ファールを打つぐらいは出来ているのだ。ここでランナーをしっかり出し、そこから采配で一点を取りたい。
だが、そんな采配が許される場面ではない。
大滝と大介。傑出した投打の才能が、甲子園の舞台で勝負している。
ここでは力勝負以外は何も望まれない。
外角にボール球のチェンジアップを投じて、並行カウントにする。
遅い球を見せた。あとはどれだけのストレートを投げられるか。
ここでストレートで勝負しないなら、それはそれでもう、大滝は恐れるに足りない。
その雄大な体躯から、投じられるストレート。
地を這うような真っ直ぐは、アウトロー一杯。
普通ならレフトに流し打つのが限界であろうこのボールを、大介は全力で叩いた。
ピッチャーの真上。打球は伸びる。
ほう、と大介が息を吐いた時、160kmを表示したバックスクリーンに直撃した。
勝ち越しソロホームラン。
白石大介、11打数11安打六ホームランで、10割を維持す。
呆然としていた大滝を、伝令の声がマウンドに引き戻す。
「志津馬、エースの仕事だぞ」
はっとしてベンチを見れば、笹井監督と目が合う。
試合前に言われていた。白石大介とは勝負しろと。
「白石から逃げて勝っても、お前は一番にはなれん」
それだけ笹井は、大滝には期待していた。
大滝の身長は上杉勝也を上回る194cmであり、その素質は上杉と違ってまだ発展途上である。
プロに行けば、今度は前人未踏の170kmを目指せ。それぐらいの気持ちを大滝には持ってほしかった。
単純に優勝を、全国制覇を東北に持って帰るだけなら、大介は敬遠すれば良かったのだ。
現にここまで、他の打者には一切打たれていない。ゾーンで勝負するだけで、三振が取れていたのだ。
だが大滝という才能を覚醒させるためには、勝負して勝ってもらわないといけなかった。
それが、これだけの才能をチームとして獲得してしまった、監督の役割だと思っていたのだ。
内野陣が散り、そして試合が再開する。
バッターには四番の鬼塚。ここまで三振と内野ゴロで、完全に抑えられている。
だが、ストライクが入らなくなった。
この試合初めてのフォアボールで、ノーアウトランナー一塁。
崩れたか、崩せたか、と両チームの監督が判断しようとする。
マウンド上の大滝はロージンを使って、ルーティンで集中力を高めようとする。
バッターボックスには五番の倉田t。
(ここで追加点が入れば、試合は決まる)
秦野は得点の内容を考えるが、この二点はつまるところ大介の個人技で無理矢理取ったものだ。
冷静に考えると、大介を敬遠していたら、今は1-0で負けていた。
だがここで大介以外の要素で点が取れるなら、花巻平の士気も落ちるだろう。
(ジンに代打を送るのは難しいから、椎名か沢口だが、倉田が打ってくれるか)
初球、置きにきたボールを、それでも倉田は振り遅れた。
だが振り遅れた打球が面白いところに飛ぶのが野球である。
打球はライト線沿いだが、回り込んだライトが捕球する。コーチャーが手を回して鬼塚は二塁を回る。
三塁へのスライディング。ボールは間に合わず、ノーアウト一三塁。
バッターは六番、ミートに関しては上位並のシーナである。
ノーアウト一三塁から一点が入るパターンは、数え切れないほどある。
内野ゴロでゲッツーを取られても、その間に三塁ランナーはホームへ帰れる。幸い鬼塚はかなりの俊足だ。
(椎名では外野フライは無理だから、代打で赤尾を使うのもいい。だけどまだ150km台前半を出してる大滝から、代打でいきなり結果を出せるか?)
前の打席、シーナはかなりファールで粘ることが出来た。
それに倉田に対して甘いコースに入ったように、大滝はコントロールを乱している。
小柄なシーナが打席に入った方が、良い結果になるのではないか。
(内野ゴロ、ゲッツーでいい。その間に一点もらって、そのまま勝つ)
(三振を取れ。それ以外のアウトはいらない)
(意地でも転がす)
秦野、笹井、シーナ、三者三様の考え。
浅めの前進守備。初球、速い球でストライクを取ろうというその考えは傲慢。
シーナはバットを寝かせた。バントだ。だが三塁ランナーはスタートしていない。
甘く内角に入ったストレートを、シーナは転がした。勢いはあまり殺さず、ファーストの横、一二塁間を狙う。
ゴロと同じだ。鬼塚はスタートする。キャッチャーの判断は、ホームは間に合わない。
「二つ!」
セカンドは二塁へ入ったショートに送球。そこから一塁ベースカバーに入った大滝に送球。
ゲッツー成立だが、貴重な追加点は入った。
3-1だ。これでおそらく、勝負は決まった。
「しょぼいけど最低限」
安堵した顔で、シーナもベンチに戻ってきた。
×××
次話「最後の意地」
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