第124話 絶対的ストレート

 白富東が守備力重視のメンバーで戦っているとは言え、想像以上の投手戦になってきた。

 三回の表はラストバッターの武史にこそ内野ゴロで前に飛ばされたが、二打席目のアレクを三振に取って三者凡退。

 その裏には春日山の下位打線が回ってきたのだが、バントの構えにも全く動じず、実際にバントを仕掛けても失敗で、ここまで九者連続三振である。

 夏の大会の連続三振記録は上杉勝也が上位を独占しているが、それでもこの奪三振は異常である。


 才能と言うよりは、素材の差だ。

 それに本来甲子園では、ここまでの奪三振率はあまりよくない。

 もう少し打たせて取るピッチングをして、一桁の球数で済ませるイニングを作らないといけない。

 もちろん秦野もジンも承知の上で、このピッチングはさせている。


 ホームランが打者の華であるなら、ピッチャーの華は奪三振であろう。

 直史も取れる時には投球術を駆使してそれなりの三振が取れるが、全てを三振に取ろうなどという無茶は考えない。

「三回で39球か」

「多いですよね」

 秦野の呟きに返すのは、ジンではなく投げている武史だ。


 球数を減らすのは、投手として継戦能力を保つ上では重要なことだ。

 しかし抜いて投げて打たせて取るのは、武史には難しい。

 小さな変化球を向こうが打ちに来てくれたら、それでも減らせるはずなのだが、春日山はしっかりと見てくる。

 もっともそれで球数が増えるのは承知の上だし、白富東にはピッチャーの枚数は揃っている。

「次の樋口の打席あたりから、無敵状態に入るでしょうね」

 ジンは楽しそうに笑う。


 ここまで白富東も、春日山のバッテリーにほぼ抑えられていると言っていい。

 それは上杉が凄いのも確かであるが、樋口が冷静なリードをしているからだ。

 武史よりも球数は少なく、そしてこの回のワンナウトから、二打席目の大介。

 ファールでカウントを稼いだものの、一二塁間を破られる当たりを打たれたが、単打で抑えている。


 直史と同じ考えだ。

 大介にホームランだけは打たせず、ヒットを打たれても得点させない状況で勝負する。

 いくら大介でも、上杉と樋口クラスのバッテリーが、ホームランだけは打たれないように投げてくるなら、それをホームランにしてしまうのは難しい。

 鬼塚が引っ掛けて、ゲッツーになりそうになるがぎりぎりで一塁はセーフ。

 倉田が三振し、この回も得点はなし。




 四回の裏、先頭打者の河田がセカンドゴロに倒れ、ついに連続三振記録は途切れた。

 しかしこの回も一つの三振を奪い、毎回奪三振で早くも10個。

 どこまでこれが続くのかと、観客は期待する。

 昨年の夏、直史が達成した参考記録パーフェクト。

 全くタイプの違うピッチャーである弟が、それを今度こそ正式に達成するかもしれない。

 そんな期待が、観客の中に漂い始める。


 攻撃は最大の防御という言葉がある。

 野球のように攻撃と守備が明確に分かれている競技では、これは当てはまらないと考える者もいるだろう。

 だが違う。野球における守備とは、守備と名前がついているのに、その主導権は守備側が握っているのだ。

 投手が投げるところから、全てのプレイが始まる。

 主審がプレイと言って一番最初に行われるのが、ピッチャーによる投球なのだ。


 つまりピッチングを含めた守備というのは、守備でありながら守備側に主導権がある。

 サッカーなど多くの球技は、ボールを保持している方に得点機会があることを考えると、野球はやはり特殊な競技だと言えるかもしれない。

 この主導権をどう扱うかが、野球というスポーツの面白いところである。

 守備側でありながら、全く相手に主導権を取らせないピッチングが出来る。

 つまり攻撃する側が全く得点機会を得られず、得点のための方法を考えていかなくてはいけない。

 この時点で既に、相手は守備で主導権を取るのが難しくなっている。


 春日山の場合、守備の要は樋口である。

 樋口の頭脳が、相手の攻撃を封じている。上杉というプレイヤーを使って。

 それでもヒットを許してしまうような相手であるのに、さらにここからどうにか得点することまで考えなくてはいけない。

 これが、相手に攻撃の意識を植え付けることによって、守備への意識を奪うということである。

 言うなれば、防御が攻撃のきっかけとなるのだ。




 白富東には大介がいる。

 一人で得点を奪える、攻撃側としては最も確実な戦力だ。

 それに対して春日山は、武史相手にここまでノーヒット。

 四球を与えることもない相手のピッチングに、どうにか対処するしかない。


 白富東のベンチで、秦野は冷徹に考える。

 おそらくそろそろ、さすがの樋口もなんらかの打開策を考えなくてはと思うだろう。

 本来ならそれを考えるのは指揮官である監督で、守備の要のキャッチャーにまでそれを任せるのは酷だ。

 だが宇佐美監督は教育者ではあっても、監督としての資質が特に優れているわけではない。

 特に指揮官としての資質は。

 上杉勝也がいたのだから、なんとしてでも一点さえ取れれば、そこで試合は勝てたはずなのだ。


(まあ公立校の限界って言うか)

 スーパースターが一人いて、その力で甲子園にまで進むというのは、確かにない話ではない。

 だが最後まで勝つには、監督が必要だったのだ。

 樋口が入るまで、春日山は全国制覇が出来なかった。

 そして上杉勝也が卒業後、樋口が最後に打って全国制覇を果たした。

(頑張りすぎなんだよな、お前さんは)

 結局のところ、戦力が不足していたのだ。

 目に見える戦力ではなく、作戦を考える頭脳という戦力が。


 五回の表は白富東は下位打線であったが、思ったよりも球数を多く使わせることに成功した。

 そして五回の裏は、ここまでパーフェクトに抑えられていた春日山も、四番の樋口からの打線である。

 サウスポーの150kmオーバーというのは、樋口もさすがに簡単に攻略出来るはずもない。

 しかし思い出すのは、上杉勝也が軽く投げた155kmは、マシーンの160kmよりはるかに打ちにくかったということだ。

 糸を引くようなストレートが、まるで重力の頚木を離れたように、大地と並行にミットに収まる。

(こいつは……)

 153kmと表示が出ているが、もっと速く感じる、

 いや、それも少し違う。


 二球目、インハイを空振り。球速は152km。

(このボール、ストレート、何かおかしいぞ)

 単に速いだけなら、ワールドカップには160km投手がいたのだ。


 三球目と四球目は、内角のかすかに曲がる変化球。

 そして五球目は、地面に潜るような軌道から、球がホップしてくる。

(そんなはずは――)

 ないはずなのに、アウトローに厳しく決まるストライクであった。

 表示された球速は155km。

 本日最速で、自己最速のストレートであった。




 すれ違い様に、上杉に囁く。

「攻略法考えるから、球数と時間かけてくれ」

「分かった」

 ベンチに戻った樋口は、プロテクターを着けてから考え込む。

(なんだあれは?)

 武史のボールは、春の合宿で受けたことがある。練習試合の組み合わせでも組んだ。

 そして今日の一打席目は、確かにあの時から少しだけ進歩したものだった。

(同じ人間なのか?)

 だが今日の二打席目のあれは、いったいなんなのか。


 確かに速い。それは認める。155kmなどというのは上杉正也のMAXと同じである。

 それが軌道の珍しいサウスポーから投げられるのだから、速く感じるのも無理はないのだが。

(いや、違う。なんだ? 速いし伸びるしキレもあるが……)

 一般的にストレートと一言で言っても、ピッチャーの数だけそれは違う。

 たとえば上杉勝也のストレートは、機械で同じ速度を再現しても、迫力が違うと言われたものだ。


 一打席目と二打席目のピッチングを、頭の中で比較する。

 変化球はあまり変わらない。だがストレートが違うのだ。

(浮くように見えたが、それは絶対にありえない。だが錯覚したことは確かなんだ)

 三振でベンチに戻ってきた上杉に聞いてみる。

「ストレートの伸びが違うな。肩が温まってきたってことかな」

 肩が温まるにもほどがあるだろう。


 ベンチから乗り出して見るが、さすがにここからでははっきりと分からない。

 変化球でショートゴロを打たされ、この回も三者凡退。

 五回が終わって、三振は既に12となっている。




 六回の表、白富東の攻撃は、ラストバッターの武史から。

 ピッチャーであるが油断できないバッターであるのは、バッテリーはよく分かっている。

 慎重に攻めてピッチャーフライ。だが球数は多くなってくる。

(次はこいつか……)

 先頭に戻って、三打席目のアレク。

 内角に最初は厳しい球がほしいと思ったが、それがやや甘く入る。

 球威があるので外野の頭は越えなかったが、センター前へのクリーンヒットとなった。


 やや甘い球が来たが、まだ球数は限界にまでは達していない。

 二番のシーナは最初から送りバントの姿勢。アウトをもらうべく素直にやらせて、ツーアウト二塁となる。

 そしてここでバッターは三打席目の大介だ。


 ツーアウトでランナー二塁。バッターが白石大介となれば、選択肢は一つしかない。

 ベンチに向けてサインを出し、申告敬遠をしてもらう。

 スタンドからは溜め息が漏れたが、ここでは勝負出来ない。

(問題は鬼塚をしっかりと切ること)

(ここは慎重に)

 また球数をかけさせられたものの、鬼塚をセンターフライにしスリーアウトを取れた。




 六回の裏は春日山は七番からの下位打線である。

 ここでまた二つ三進を奪われ、残りの一人もファーストフライで三者凡退。

 じっくりとベンチから見ていたが、武史は明らかに下位打線には抜いて投げていた。

(それでも140km台の後半は軽く出るか)

 上杉もまだそれぐらいは維持しているが、白富東は当てるだけなら下位打線でも簡単に当ててくるのだ。


 あちらのピッチャーの攻略法が分からないのに、こちらのエースは消耗していく。

 そう考えていた樋口のリードは、やや甘いものであったのか。

 この回先頭の倉田が、左中間を抜くツーベースヒットを打った。

(先頭を出したか!)

 単打までならともかく、ノーアウトで二塁にまで進まれた。

(……攻撃のことに頭を使いすぎてた。くそっ!)

 樋口の処理能力を超えたデータの入力。

 秦野が期待していたことが起こった。


 ここで秦野は動く。

 二塁ランナーを倉田に代わって代走奥田。

 バッターはそのまま沢口で、確実に送っておこうと既にバントの構え。

(沢口のデータは、犠打は確実に決めている。足の速いランナーを使ったということは、次も代打を出して、外野フライか内野ゴロで帰す)

 代打として呼ばれているらしいのは、一年の青木哲平。

(赤尾じゃないのか)

 外野まで持っていく長打力なら、赤尾の方が確実だと思ったのだが。


 そしてそれとは全く別の現象。

 佐藤直史が、キャッチボールを開始する。


 ここまでパーフェクトに抑えている弟に対して、兄がマウンドに登る準備をする。

 心理的な影響がどう働くかは分からないが、パーフェクトが途切れればすぐに直史を投入するのか。

(容赦ないな、秦野監督)

 こちらは今のピッチャーの攻略法を見つけるのに必死なのに、その後のことまで見せ付けてくる。


 一点取られれば負ける。

 だからここは、一点を防ぐ。

「内野!」

 ファーストとサードを前に出して、送りバントを殺す。

「もっと!」

 上杉のボールなら、そう簡単にバントをさせることはない。


 だが樋口は想像していない。

 これだけの打撃陣の中、打席に入った時着実にバントを決めるため、沢口がどれだけの練習をしているか。

 シニア時代から少ないチャンスを確実に決めるため、バントの練習はしっかりとしてきたのだ。


 初球はバットを引き、ファーストとサードの反応を見る。

(サード側か)

 見極めた。わずかだかダッシュが甘い。

 そして投じられた二球目、インローの難しい球を、沢口はサードの横に確実に転がした。

 奥田が三塁に滑り込むのを見ながら、樋口は一塁を指示する。

 これはアウトになったが、ワンナウト三塁。


 三振以外なら驚くほど多くの方法で、一点が取れる場面。

 代打に入るのは哲平。つまり、転がしてくる可能性が高い。

(内野安打が打てる足に、セーフティも決めてたか。それに普通に速球にも強いらしいし……)

 変化球投手にはやや弱いらしいが、ここでワンポイントを投げられるようなピッチャーは春日山にはいない。

 内野がマウンドに集まる。

「間に合わないと思っても、まずはホームへ」

「一点取られてさらにランナーが残るかもしれないぞ。あいつ足もあるだろ」

「スクイズの場合はどうする?」

「あとゴロゴーとか」

「全部含めて、ホームだ。一点を防ぐ」

「分かった」


 樋口の意見に上杉が頷き、内野陣も覚悟を決める。

「間に合わないタイミングでも、足を絡ませて転ぶとか、そういう可能性もあるからな」

 そんな低い可能性なのかとは思うが、この状況で一点を取られるのは確かに致命的だ。

 パーフェクトピッチングをやられている上に、リリーフで出てきそうなのがパーフェクト達成投手。

 たいがいバグったピッチャー陣の性能だ。だがそれを恨んでもどうにもならない。


 ホームで刺す。

 一点もやらない。


×××


 本日第一部に、この試合ばっかの最終章の裏の話を投下しています。

 けっこう重要な話で、ほぼ同じ時系列の話です。

「Ex14 白富東高校野球部・裏の軌跡 最後の応援1」となります。

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