第122話 準々決勝の組み合わせ
大会第11日目。
この日にベスト8進出校の全てと、その対戦相手が決まる。
第一試合は、未完の大器、大滝志津馬を擁する花巻平高校と、桐野高校の対戦である。
花巻平は大滝が一年で150kmを出した時から注目されてはいたが、小さな故障で勝ち進むことが出来ず、チームもその調子に呼応するように、なかなか甲子園には来れなかった。
しかしその最終学年の夏、ようやくバランスの取れるようになった大滝を中心に、チームは結束して、この甲子園の舞台に立った。
一回戦も二回戦も、相手を寄せ付けず圧勝。
佐藤直史との本格派と技巧派の勝負を見たいと思うファンは多いし、それが実現すれば白石大介との対戦も同時に実現する。
チーム自体も名門ではあるが、個と個の戦いと考えた場合、この大会で最も期待されている勝負かもしれない。
対する桐野高校は、大会前はそれほど高い評価を得ていなかった。
150kmを投げる留学生投手ブライアンの前橋実業を破っての出場であったが、フロックとまでは言わないが、有力校とは思われていなかったのだ。
しかしここまでの二戦を勝っているのは、さすがに実力であろう。
特に高速機動野球の上田学院に勝ったのは、チーム全体の対応力が高いと思わせるものであった。
だがここでの対戦は、相性が悪かったと言うべきか。
ブライアンは150kmを投げるが、それはあくまでMAXスピードで、一試合に数球記録されるかどうかだ。
それに対して大滝は、普通に150kmオーバーを投げてくる。
ピンチになったらえいやと力を込めて、155kmぐらいは簡単に出すのだ。
それでも高校野球であるなら、一度ぐらいは桐野にもチャンスがあっておかしくはない。
大滝もコントロール抜群のピッチャーというわけではないので、フォアボールでランナーは出るのだ。
そこで強攻なり、犠打なりでランナーを進めることを桐野は狙う。
だがそこから大滝はさらに力を込めて、MAX158kmのストレートで封じてくるのだ。
桐野の最大の弱点とはつまり、策略をどう巡らせようが、圧倒的な力の前には屈服する他ないという、どうしようもない現実であった。
結果は4-0というスコアで花巻平が勝利した。
第二試合は明倫館対早大付属。
センバツ初出場ながら準優勝した新進気鋭の秀才軍団に、超名門の野球の素材どもが襲い掛かるという絵面が考えられる。
だが実際のところ、現在の早大付属は、三年生が一年生の時に勃発した内紛により、核となるバッテリーを失っていた。
再度力を合わせて、秋の大会からはその潜在能力を発揮していたが、それでも三年前に描いていた絵面に比べると、完全な状態ではない。
チームとしての戦力を見れば、エース対決では高杉と近藤、頭脳対決では村田に土方と、それなりに拮抗しているように見える。
また監督の力量で言えば、ここ最近の成績は落としていたものの、早大付属の片森は、全国制覇の経験だってある。
それだけを見ればほぼ互角のように思えるが、実際は違う。
チームの結束力が、明倫館の方が高いのだ。
明倫館はそもそも、地元のシニアチームからの卒業生を、ごっそりと入れた野球部改革校。
通常二年半の高校野球生活であるが、明倫館の今年の三年に限って言えば、中学のシニア時代からの仲間が多い。
そこに最後のピースとして、村田が入ったのだ。
明倫館というチームは、この年に限って言うなら、サッカーのユースチームに似ている。
ジュニアから持ち上がりで上に行くように、高校だけでなくそれ以前から、チームの戦略が徹底されているし、お互いのプレイもアイコンタクトで分かる。
村田は異物であるが、同時にこれまでなかった視点でチームを俯瞰視する。
高杉というイケイケのピッチャーに久坂などが知恵を出し、攻めすぎていると思えば村田の助言で桂が引き締める。
つまるところ明倫館と言うのは、チームとしての完成度が高い野球をするのだ。
センバツを経験している両者、しかしチームとしての経験値は明倫館の方が高い。
監督としては片森の方が圧倒的に経験を積んでいるが、弱点もある。
それは片森が現在の三年が一年、そして二年の時に、チーム内の統率を締め上げることが出来なかったことだ。
純粋に指導や戦術については、片森の手腕は間違いない。
だが心の奥底にある、わずかな不信感。
それが試合の結果に出たのかもしれない。
スコア2-1で明倫館の勝利であった。
第三試合は東名大相模原対蝦夷農産。
野球エリート対、試される大地の民の戦いである。
そもそも北海道や東北地方の野球が弱いのは、常識であるとまで言われた時代があった。
冬場には雪でグラウンドが使えなくなったりと、確かに豪雪地帯が不利な時期はあり、その是正のために対外試合禁止期間が設けられたとも言われている。
だが現在では北海道でも屋内練習場を備え、東北よりも一足先に全国制覇を果たしてしまったりもした。
しかし蝦夷農産は、そういった恵まれたチームではない。
違う意味で恵まれたチームではある。
「グラウンドが雪さ積もって使えねか? ならどかしちゃる」
そう言って重機を使える人間が、グラウンドの除雪をしてくれるのだ。
細かいところの除雪は部員が行い、練習前のいいウォームアップとなる。
「そんだらあっこの林切り倒して、新しいグラウンド作ればいいべ」
重機無双で環境を自ら整える。
これが蝦夷農産。
これが農民である。
日常的に農作業や畜産などの肉体労働で、基礎的な身体能力がきわめて高い。
そして難しいところは重機を使う合理性。
彼らは知っている。いくら白石大介にパワーがあると言っても、馬の蹴りや牛の衝突に比べれば可愛いものだと。
なにしろ馬や牛は、リアルで体重で人を殺せる。
東京や神奈川や大阪の連中は、練習中に森の奥から熊が出てきて、練習が中止になるなどといった経験をしているはずがない。
そんな、チェスト民でさえちょっと「うわぁ……」と思ってしまうのが、試される大地の民の野球部なのだ。(嘘です
東名大相模原も、実城と玉縄の両輪が揃っていた時代は、神奈川湘南に勝てなかった。
しかしあの二人に加え、主力の多くが卒業した今は、神奈川は東名大相模原と、横浜学一の二大勢力の争いになっている。
いくらパワーがあろうと、変化球をそのまま打つ技術はあるまい。
そんな甘く見た雰囲気は、確かに試合前からあった。
神奈川を制する者は甲子園を制す。一時期はそんなことも言われていた。
実際に今でも超強豪の多い激戦区であることは間違いない。
実際に野球の上手さという点では、相模原の方が上であったろう。
「お、準々決勝の抽選か」
試合の途中であるが、準々決勝の抽選が行われる。
日程によって少しでも不利がないように、昨日勝ち残った四チーム同士、今日勝ち残った四チーム同士で、準々決勝の対戦相手は決まる。
このためにジンは高峰と共に出ているわけだが、監督の秦野は思いっきり観戦をしている。
生中継でないと分からない、リアルタイムでないと感じない、己の直感を研ぎ澄ますために。
最初に引くのがジンで、第一試合のAと決まった。
そして次に城東の石田が引く。
これが第一試合のBなら、もう後の二校は引く意味はない。
だが、第二試合のAである。城東とは当たらなかった。
ならば帝都一か、春日山か。
甲子園初対決か、昨年の夏の再来か。
上杉の引いたのは、第一試合。
準々決勝の相手は、春日山に決定した。
リベンジだ。
その後、他の試合も決まっていく。
第二試合は当然ながら、帝都一と城東の対決。
そして第三試合は花巻平と、現在行われている東名大相模原と蝦夷農産の勝者。
当たり前だが第四試合は明倫館と、大阪光陰と岡山奨学館の勝者の戦いとなる。
夏の再戦が、最後の夏に。
特に燃えているのは、三年生だろう。
甲子園で戦う相手は一期一会。シードのないトーナメント戦では、二度と戦う機会がない方がほとんどだ。
白富東はこれで甲子園は四回目の出場だが、そのうち同じ相手と戦うのは今回が二度目である。
一度目は大阪光陰で、初対決の時の借りを返した。
てっきり瑞雲戦も再戦かと思っていたのだが。金原は壊れたが、意地を見せたのだ。
今度こそはと気合を入れる選手たちの中、秦野は敗北を実際に経験していないだけに、冷静に考える。
(三つの中から一番難しいところを引いてきやがったな)
それが素直な感想である。
春日山というチームのデータはここ数年、夏に限っただけでも五連続の出場なので、監督のデータも充分に揃っている。
考えてみればセンバツも合わせれば九期連続の出場なので、上杉勝也入学以降、いかに新潟県が春日山に蹂躙されてきたかが分かる。
今年は去年より戦力が落ちていると言われていたが、それでもセンバツも夏も、ベスト8までは勝ち残っている。
去年の優勝校と、今年のセンバツの優勝校の戦い。
見る側ならば、素晴らしく楽しみな一戦なのだろう。
秦野は味方を観察する。
春日山との試合が決まって、良くも悪くも浮ついていない者。
(ナオと……タケもか。それに一年生)
大介は素直に、パワーアップしたであろう上杉との対決に燃えている。
平常心で戦えないと、それは力みにつながる。
戦力的には上回っていても、メンタルが安定していなければ、そのポテンシャルは発揮出来ない。
秦野が悩んでいる間に、テレビで放映される試合が動いていた。
3-0で東名大相模原が勝っていたのに、今では4-3と逆転している。
「げ、何があった?」
「見てなかったんすか。代打逆転満塁ホームランですよ」
「んなアホな……」
絶句する秦野であった。
九回の表、ぎりぎりで逆転した蝦夷農産。
しかしピッチャーに代打を送っていたため、リリーフが必要となる。
なんだかんだ140km台を出し、しかも多い球数でも平気だったエースは、ここまでずっと投げ抜いてきた道産子だ。
そしてリリーフとして出てきたのは、背番号18のキャプテン八田であった。
県大会を通じて、ここまで登板したことは一度もない。
「秘密兵器……か?」
「球おっそ!」
「アンダースローなら遅くてもいいってもんじゃねえぞ」
「つーかキャプテン、一塁コーチャーでしか出たことなかっただろ」
キャプテンには、皆を引っ張るタイプ、調整能力に優れたタイプ、説得力のあるタイプ、実力があるタイプなど、いくつものタイプがある。
たとえばジンは調整能力に優れ、説得力があり、試合においても指示が的確だ。
上杉などは実力があり、それが樋口を認めているため、頭脳と気迫が役割分担をしている。
なお兄の上杉勝也は、二年の時からキャプテンをしたりしていた。
三里の星などは皆を引っ張るタイプで、さらに放っておけないという気分にさせるタイプのキャプテンだ。
背番号18のキャプテン、しかも一度も試合に出ていないというのは、間違いなく実力で黙らせるタイプではない。
九回の裏、一点差のリードで、この下手くそなアンダースローを使う理由。
まさか思い出登板ということもなかろうに。
東名大相模原は、準備していた代打を一度引っ込めた。
七番打者に、球筋を見させたのだ。二球見たが、速い方で108kmのストライク。
追い詰められてしまった。
ここでどうこう策を弄するにも、ピッチャーの情報が少なすぎる。
「でも、サインはピッチャーが出してるよな」
秦野が指摘する。これが、このピッチャーの出てきた理由なのか。
三球目の緩いストレートを、打ち損なってサードゴロ。試合終了まであと二人。
「んん!? 変化したか!?」
「したかも」
「したかな?」
「でも抜けててもおかしくない当たりだったぞ!?」
アンダースローにはナチュラルに変化がかかっている場合がある。
しかしこのボールは、そんなものとは思えなかったのだが。
代打の打者が一球見逃して、ストライク。
「フォームが固まってない。あえてそうしているとしたら、かなり作為的だぞ」
直史の言葉に、首を傾げる一同。
「フォームが固まってないって、そんなことありえるのか? アンダースローで?」
「普通ならありえないんだが……」
直史も淳に確認する。この中で通用するアンダースローを投げられるのは二人だけだ。
「なんとかストライクだけは入るようにしてあるというか」
そしてスリーストライク目の球は、沈んだ。
空振り三振だ。
「シンカーか?」
「軌道からするとそれっぽいけど、なんかピッチャー首傾げてるぞ」
「キャッチャーも前に落としたしな」
だがとにかく、これであと一人である。
最後のバッターは振りも鋭く、謎のボールをお構いなしにひっぱたく。
そのボールは左中間に高く上がったが、フェンスギリギリでグラブに収まる。
試合終了だ。超名門東名大相模原、ベスト16にて敗退。
意外と言ってはなんだが、それでも意外なチームが上がってきた。
桜島との打撃戦を制したのだから、もちろん打撃の強いチームだとは分かっていたのだが、まさか一発で試合をひっくり返すとは。それも東名大相模原という、過去に何度も甲子園を制しているチームを相手に。
やはり甲子園は、面白い。
「次の対戦相手が花巻平か。大滝のストレートでも、あのチームはそれなりに打ってくるかもな」
秦野としては、蝦夷農産は不確定要素が大きいチームだ。
さすがにここで負けて、もう少し分かりやすいチームと対戦したい。
その後の第四試合は、大阪光陰が隙なく勝ったのだが、誰もそれには注意を向けていなかった。
×××
明日は朝と夕、二度投下の予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます