第121話 実戦を練習にしていくスタイル
とりあえず来年と再来年も、与えられた戦力で戦わなければいけないのが秦野の辛いところである。
一年目のこのチームが一番強いのは間違いない。そこから低下していく戦力で、どれだけの成果を残せるか。
どこかの名門私立のコーチなり監督なりで、日本、特に関東圏に残りたい。
珠美も大学生になれば一箇所にとどまるため一人暮らしする可能性は高く、いいかげに嫁と一緒に暮らしたい。
というか、一人で生きていく生活力が秦野にはない。
そんな打算もあって、一年を鍛えるべく、トニーを先発にした。
一回の表の相手の攻撃は、三者凡退で封じられた。
無理に三振を狙わなくても、トニーの球威ならば相手にまともなバッティングをさせないことは簡単だ。
そして一回の裏の攻撃、相手投手はここまで全く出番のなかった背番号10である。
先頭打者として見ていく、というのが中根の役割である。
全くデータがないというのは、あの女子相手に戦って敗北した試合と同じであるが、権藤明日美のような変則的な本格派は、日本には他にいないだろう。
(球速は130km弱。球種はスライダーに、あとカーブか。チェンジアップあたり持ってたら手こずるだろうけど、それがあるなら県大会で投げてるか)
ツースリーまでゆったりと追い込まれてから、中根はレフト前にスコンと弾き返した。
二番のシーナも、ボールをしっかりと見ていく。
はっきり言ってシニアのトップレベルの方が、この投手よりは上だ。
(これで二番手って、三番手の投手とかいるのかな)
内角を素直に引っ張って、ライト前へのクリーンヒット。
ノーアウトランナー一二塁で、三番の大介に回ってきたのだった。
ノーアウトでランナーが三塁にまで到達するが、ここは敬遠しかない。
観客もいくら大介のホームランが見たいからといって、それが弱いものいじめでは意味がないのだ。
は~と溜め息はつかれるが、敬遠は許された。
これで初回からノーアウト満塁だが、満塁はむしろフォースプレイでタッチの必要がないため、やや点が入りにくい。
(う~ん)
四番の鬼塚は考える。
見た目からは想像出来ないが、チームの勝利を優先するプレイ。
ここはまず一点か、いきなり長打で大量点か、どちらを狙うべきか。監督からの指示はない。
中根の足ならば、とりあえず外野フライを打てば一点は取れる。
(ある程度深く、力まずに確実にセンターフライを)
そう考えて打ったボールは、レフトの深いところの外野フライ。
タッチアップでまずは一点先制である。
「遅いから思ったより飛ばしにくいわ」
最低限の仕事をして倉田に伝達し、鬼塚はベンチに戻ってきた。
「打ちやすそうだからこそ、コツコツと打っていった方がいいかもしれませんね」
「まあ遅いボールは飛ばしにくいからなあ」
秦野はそう言ったが、その目の前で倉田が左中間を抜く長打を放っていた。
走者一掃のツーベースヒットであった。
「倉田の場合はパワーだけで持っていけるからな」
フォローが悲しい鬼塚である。
はっきり言ってしまえば、金原のいない石垣工業は、甲子園に出場出来るレベルではない。
21世紀枠でたまたま選ばれて、一回戦で負ける程度のチームだ。
諦めたらそこで試合終了などと言われるが、この戦力差で諦める以外の選択はあっただろうか。
それでも石垣工業は、六回までにトニーから二点を取った。
貧打の相手に二点を取られているのだから、トニーはやはり球速はあっても、相手を封じるのは難しいピッチャーなのだ。今の段階では。
七回からは、直史ではなく武史がマウンドに登った。
ヒット一本と四球が一つあったが、それまで平均で140km台前半のトニーの後に、平均で140km台後半の、しかも左の武史である。
金原とほぼ同格のピッチャー相手には、全く歯が立たない。それはチームメイトだけによく分かっていた。
完封され、点を取ることは出来なかった。
最終的には18-2というスコアになり、白富東の完勝であった。
石垣工業の守備は鍛えられていたし、バッターに合わせたシフトも敷かれていたが、それは全て金原がピッチャーであることが前提。
今の白富東には、そのシフトを食い破るだけの打力があったのだ。
二番手ピッチャーも途中でKOされて、あとはピッチャー経験のある者が順番に投げていくという、哀れな姿がそこにはあった。
それでも戦い抜いた選手たちに、観客たちは惜しみない拍手を捧げるのである。
「あのさ」
大会屈指の左腕と対決出来なかった残念さはあるが、大介はぽつりと呟く。
「甲子園の客って、勝った方に文句つけることはあっても、ボロ負けした方に野次飛ばすことって少ないよな?」
「どうだろな。まあ石垣工業の場合は理由が理由だしな」
ジンとしても、最後まで諦めなかったチームに対しては、変な野次は飛ぶことは少なかったような気がする。
ともあれ、白富東はほとんど消耗もなく勝利した。
ここまでに投げたピッチャーは、淳、岩崎、トニー、武史の四人である。
数字的に、成績的に見て、最も恐ろしいピッチャーが投げていない。
それでもこの二試合は楽勝だったのだ。
試合後のインタビューも、今日は盛り上がることはなかった。
絶対的なエースの抜けたチームを相手に、王者が普通に戦って勝ったというだけだ。
一回戦はまだ良かったが、二回戦は楽勝すぎた。
「去年と少し似てるかな」
ジンは帰りのバスの中でふと呟く。
「何が?」
シーナは自然と問いかけるが、去年と比べたら確かにそうだ。
「去年は桜島、名徳と当たった後、伊勢水産だったろ? はっきり言って一二回戦の方がしんどかった」
「確かに」
その後の対戦相手が福岡城山で、少し気が抜けていたのは確かだ。
順番的にあそこで大阪光陰と当たっていたら、負けはしないでも試合展開は変わっていたとは思う。
とりあえず白富東は準々決勝への切符を最初に手に入れたチームとなった。
第二試合は帝都一が熊本商工を相手に、押し気味で試合を進めているらしい。
準々決勝は再抽選で試合の組み合わせは決まるが、ベスト16の試合の一日目の今日の勝者は、第一試合か第二試合に行われることが決まっている。
つまり明日試合を行う明倫館や大阪光陰とは、準々決勝でも当たらないのだ。
今日のこれからの三試合の勝者が、準々決勝の対戦相手だ。
「どこと当たるかな~」
「春日山が勝ち上がってきたらリベンジだな」
宿舎で着替えている間に、帝都一の勝利は決まっていた。
今日の練習は試合後ということもあって、夕方に軽く調整するだけである。
対戦する可能性のあるチームの試合を、リアルタイムで観戦する。
第三試合、春日山の上杉と、弘道館の江藤。
どちらも大会屈指の右腕であり、上杉は前年の甲子園優勝投手である。
事前の情報では、チーム力はほぼ互角。
ロースコアでの決着が予想されていたが、その想像通りに試合は展開していく。
どちらのピッチャーも、六回まではノーヒットピッチングと快調。
「少し春日山が有利かな」
直史は呟いたが、他の者にはその差は分からない。
「首を振る数だ」
ああ、とバッテリー組は了解する。
ピッチャーとキャッチャーの間でサイン交換がされて球種やコースが決まるわけだが、その回数に差がある。
上杉はほとんど首を振らない。樋口との信頼関係がある。
対する江藤はそこそこ首を振っている。二年生キャッチャーとの間の意思疎通が微妙なのか。
これぐらいピッチャーの力が拮抗している試合だと、そんなわずかなストレスが、試合の結果につながってくる。
七回、春日山はツーアウトながら初めてのヒットにフォアボールで、ランナー一二塁で、打席には四番の樋口。
県大会から打撃は好調で、一回戦でも打点を上げている。
もし敬遠しても、五番は上杉だ。打率などから考えると、どちらであってもそう変わりはない。
江藤の持ち球の落ちる球を考えると、後逸などでの失点を考えると、ここで勝負しておきたい。
キャッチャーも座った。
樋口の得点圏打率は高いと分かっていても、ここで勝負をしておきたいと思うのは自然だ。
ボール球から入った、そのリード。
際どいところをカットさせて、バッテリーは追い込む。
江藤が首を振った。
「あ」
直史の声と共に、投じられる江藤のボールはスライダー。
降り抜いたバットがボールを、左中間のフェンス直撃の長打とした。
点が入った。一度に二点も。
これで試合の趨勢は、かなり春日山よりになった。
だがここですんなりと決まらないのが高校野球、甲子園である。
弘道館の打線を考えれば、まだここで追いつき、逆転するチャンスはある。
上杉も球威は落ちてきているし、万一延長に入れば、二番手ピッチャーの能力は弘道館の方が上である。
もっとも上杉のことであるから、延長も自分一人で投げきるだろうが。
だから問題は、ツーアウトながらまだ樋口が二塁にいた、上杉への投球だった。
こちらは右中間を抜ける当たりで、さらに一点を追加。
これは致命的な追加点を、致命的な形で取られたものであった。
決まった。
結果的に、弘道館は九回の裏に一点を返したが、その一点の間に着実にアウトを取られた。
ツーアウトからランナーなしになっては、もうこのバッテリーから点を取ることは難しい。
最後は空振り三振で、春日山も準々決勝に進出を決めた。
第四試合、春日部光栄と城東との対戦。
立ち上がり一点を失った城東であったが、その後は島のピッチングにリズムが出てくる。
弱点らしい弱点のない春日部光栄は、安定してきた島を攻略しようと、あれこれと小技を駆使する。
しかしそのほとんどはキャッチャーの石田に見破られ、追加点を防ぐ。
そしてまた城東の方も、セーフティバントやバスターなど、ピッチャーがやられて嫌な戦法を多用してくる。
ここまでは割りと先制した試合が多かったので、こういった初見殺しだったり、ピッチャーを削るような戦法は、出来るだけ避けてきたのだろう。
なにしろ同じ手を相手に使われては、疲弊するのは城東の方が早い。
城東のピッチャーは一応二番手はいるのだが、この状況では島に代えることは無理だ。
春日部光栄は、先制点を別にしても、もっとピッチャーをしつこく攻めるべきであった。
一応は先制してリードしたのが、やや攻撃が淡白になっている理由かもしれない。
「これは、城東はわざとリードされた状態を維持してるのか?」
秦野の言葉に、確かにそう見えなくはないが、いくらなんでもそれは難しいだろうと思うジン。
しかし結果的には、思惑はどうであれ、城東が終盤に一気に逆転することとなった。
野球は一度に複数の点数が入るゲームである。
他にも複数の点数が入るスポーツは色々とあるが、ロースコアで決まるわりに一気に最大で四点が入るスポーツは、それほどないのではないだろうか。
逆転してからの島はもう一段階ギアを上げ、終盤に来てから150km台のストレートを連発。
これに春日部光栄が対応出来ないまま、2-1で城東が勝利した。
準々決勝、白富東の対戦相手は、帝都一、春日山、城東のどれかである。
意外と言ってはなんであるが、関東大会や練習試合ではけっこう対戦している帝都一とは、甲子園では対戦したことがない。
「この仲で一番やりやすいのは、帝都一かな」
ジンはそう判断する。お互いのデータはかなり共有している。
しかし向こうの一年生レギュラー陣に関しては、中学時代のデータが主なものである。
確かにジンの言う通り、一番やりやすいのは帝都一だろう。
総合力は一番高いチームであるが、上杉や島に比べると、水野は半ランクほど落ちる。
逆に一番やりにくいと言うか、直史限定で一番やりにくいチームも決まっている。
「春日山に決まったら、俺は投げない方がいいかもしれないな」
白富東に入学以来、直史が投げたキャッチャーは、合同練習を除けば春日山の樋口だけである。
樋口が曲者で、同時に実力者であることは分かっている。
今の高校生の中で、総合的に一番のキャッチャーが誰かと問われれば、樋口という答えが返って来るだろう。
上杉とのバッテリーは、確かに高校ナンバーワンと言ってもいいかもしれない。
もっともそれでも、大介なら打ってくれるという気はする。
そもそも春日山には、白富東は練習試合も含めて二戦二敗なのである。
一年時の練習試合はともかくとして、去年の夏の決勝は、最後の最後で樋口にひっくり返された。
シニア時代にまで遡れば、鷺北シニアの三年は、上杉を打てずにベスト8で敗退した。
最後の夏でリベンジするには、確かに相応しい相手なのかもしれない。
城東に関しては、金原が壊れなかった石垣工業に、もう少しだけチーム力が加わったものと言えるだろう。
秦野もそれなりにデータを分析してきたが、エース一枚のチームというのは、崩れる時はあっさり崩れるので、ここまで進出してきたのは意外である。
しかも城東は、この中では唯一一回戦も経験しているのだ。島に疲労が蓄積している可能性は高い。
どちらにしろ、明日だ。
明日の第三試合の最中に、対戦相手は決定する。
×××
本日第一部に外伝エピソードを投下しています。
第一部でカクヨムコンに応募していますので、もしあちらでも評価を入れていない方がおられたら、応援していただけると嬉しいです。
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